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東向きで宿屋さんの一番上の階の広い畳の部屋。
大きな窓からは下を流れる川や村の様子が見えて。
「こんなにピッタリの部屋があるなんて思わなかったなぁ~」
「ねぇ。このお菓子、食べていい?」
「はい、どうぞ。わたしの分も、食べればいいよ」
「いらないのか?」
「うん。お腹、いっぱいだから」
「じゃあ、いただきま~す」
置いてあったのは餡子を焼いたお菓子。
甘いんだけど、焦げてるところがちょっと苦くて。
「美味しいんだぞ。光も食べなよ」
「うん、ありがと。でも、いいよ」
「光…具合が悪いのか…?」
「あ、ううん。ホントに、お腹が、いっぱいなだけだから。大丈夫だよ」
「ホントに…?」
「うん。だから、ね?ルウェが、食べて」
「うん…」
望も大丈夫だって言って、大丈夫じゃなかったから…。
でも、光はニッコリと笑って頭を撫でてくれた。
「あ、そういえば、この前の声って響お姉ちゃんたちだったの?」
「声?」
「あー、美希お姉ちゃんが後ろの様子を見に行ったときじゃない?」
「あのとき?でも、美希お姉ちゃんは、妹に会ってくるって…」
「様子見だったんでしょ。同じ方向に向かってるってのが分かって、そのまま帰ってきた」
「そうなのかな…」
「そうだよ。美希お姉ちゃん、照れ屋さんだし」
「うん。それは、そうだね」
じゃあ、望が嬉しそうにしてたのは、美希お姉ちゃんと会えるから?
そうだとしたら…。
「あっ!そうだ!温泉に行こうよ!」
「そうだね。それなら、準備しないと。ルウェ、リュウ。下着の替えはある?」
「わたしはあるの」
「自分のは…。あっ…もうないんだぞ…」
「んー…困ったな…。響、持ってないの?」
「自分の分はあるけど。ルウェに合うかどうかは分からないよ」
「ルウェ、華奢だからね…」
「宿に置いてるんじゃない?聞いてくるよ」
「うん。お願い」
そして、響は部屋を出ていった。
光はそれを見送ると、次はこっちを向いて。
「じゃあ、ルウェ。下着を、出して。洗濯しないと、いけないから」
「う、うん…」
「リュウもね。あ、汚れた服とかも、あったら、出してね。一緒に、洗うから」
「はぁい」
袋をひっくり返して、中身を出してみる。
服や下着と一緒に、額当てとかお金も出てきた。
「わぁ~。いろいろ、入ってるね」
「うん。これはヤゥトの自警団の装備、これはセトに貰った銀貨、これはユールオの隊長さんから貰ったお金。これは望に買ってもらった鏡、これがお兄ちゃんに貰った櫛。これは悠奈から貰ったチギリノショウニン、こっちは祐輔に貰った"風"。もう袋がいっぱいいっぱいなんだぞ」
「あはは、そうだね。でも、それだけ、たくさんの、思い出が、あるってことだよ。ううん。どんな袋にも、入り切らない、たくさんの、思い出が」
「…うん」
「わたしはね、遙お姉ちゃんに預かってもらってるの。だから、ここにはないけど、わたしもいっぱい思い出があるの」
「ふふ、そうだね。わたしも、あるよ。みんなみんな、たくさん、思い出を、持ってる。全部、大切な、思い出だよ」
「ルウェ~。あったよ~。でも、真っ赤な褌しかなくて」
「ふふふ」
「ん?どうしたの、光?」
「響も、わたしの、大切な、思い出だよ」
「そう…?」
光はギュッと響を抱き締める。
何がなんだか分からない響は、フンドシを持ったまま頭の後ろを掻いていた。
温泉には誰もいなくて、自分たちだけの貸し切りだった。
「響。泳がないの」
「いいじゃない。誰もいないんだし~」
「誰もいなくてもダメ」
「ちぇ~」
「あ、ルウェ。髪の毛が、温泉に、浸かってるよ。ほら。傷むと、いけないから」
「うん。ありがと」
「光お姉ちゃん、みんなのお姉ちゃんみたいなの」
「そりゃね~。光が一番面倒見がいいから」
「そ、そんなこと、ないよ」
「んー。それより、ルウェが女の子だったってのはびっくりしたかな。ずっと、髪の毛を伸ばしてる可愛い男の子だと思ってたから」
「よく言われるんだぞ」
「ごめんね、ルウェ」
「光が謝ることないでしょ。光は見破ってたんだからさぁ」
「裸になるまで、分からなかった、響がおかしいんだよ」
「あっ、酷いなぁ」
「だって、どこからどう見たって、女の子でしょ?」
「そうかな?」
「もう!響!」
「あはは。冗談だよ~」
響は翼をバタバタさせて、光に水を飛ばす。
水を掛けられた光はムッとした顔をして、手で水鉄砲を作って響に仕返し。
「うわっ!コホッ、飲んじゃった!」
「ふん」
「もう…。そんなに怒らなくてもいいじゃない…」
「響は、いつもそう。冗談冗談って言って。その冗談で、傷付いてる人も、いるんだよ!」
「えっ、誰が?」
「具体的に、言わないと、分からないの!?」
「あっ、いや…ごめんなさい…」
「わたしに言っても、仕方ないでしょ!」
「うぅ…。ごめんね、ルウェ…」
「ううん。気にしてないんだぞ」
「そ、そう…?」
「うん。だから、光も落ち着いて」
「光お姉ちゃん、すごく怖い顔してるの…」
「あっ…。ごめんなさい…」
「うん。もう怒らないで」
「そう…だね。うん。ごめんね」
光は自分とリュウの頭を撫でてくれて。
手拭い越しだけど、柔らかい光の手の温かさが伝わってきた。