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お粥には梅干しがいくつも入っていて、梅干しの色が移っていた。
「酸っぱそうなの…」
「酸っぱいの、嫌い?」
「そうじゃないけど…」
「じゃあ、食べよ?」
「うん…」
リュウは眉の間に皺を寄せて一口食べる。
やっぱり酸っぱかったみたいで、ギュッと目を瞑って。
「そんなに、酸っぱい?」
「うん…」
「じゃあ、こうやって、小さく千切って、お粥と一緒に、食べるといいよ」
「早く言ってほしかったの…」
「光は、いつでも一歩遅れるからね~」
「そんなこと、ないもん」
「それよりさ、お粥以外に何かないの?これじゃ、夕飯まで間に合わないよ」
「望が病気なんだ。贅沢言うんじゃねぇよ」
「でも、足りないよね」
「言うから余計に足りないように感じるんだ」
「えぇ~…」
響は器を置いて鍋の中を見にいったけど、すぐに戻ってきた。
何も入ってなかったみたい。
ため息をついている。
「その辺の、野草を摘んで、食べればいいと思うよ」
「草はお腹に溜まらないでしょ。もっと、お腹が膨れるものが欲しいの」
「この前の、飴が、まだ残ってたじゃない。それを、食べたら?」
「んー…」
「あ、そうだ。望お姉ちゃんにも、持っていってあげようよ」
「やめとけやめとけ。お粥を食べるのもままならないくらいだったからな。それに、部屋へも入るなって言われてるじゃねぇか」
「でも…」
と、そのとき、廊下の方でバタバタと足音がして、扉が勢いよく開いた。
「望!医者を連れてきたぞ!」
「望は母屋の方だ」
「じゃあ、ここはどこだ!」
「お前は一旦落ち着け」
「落ち着いてられるか!」
「美希お姉ちゃん、急いては事をし損じるんだよ?」
「急いては事をし損じる…。で、でも…!」
「美希お姉ちゃんらしくないよ。一度落ち着いて。お医者さんもついてきてないよ」
「え…?」
後ろを振り返る美希お姉ちゃん。
…うん。
連れてきたって言ってたのに、最初からずっといなかったから、不思議に思ってたんだぞ。
「急いて事をし損じたな」
「ああ…」
「振り出しに戻る、だ。一旦、望の部屋に行ってこい」
「そうだな…」
そして、美希お姉ちゃんは肩を落として厨房を出ていった。
…望が心配なのは分かるけど、失敗しちゃ意味がないんだぞ。
「でも、なんで望の部屋からなの?お医者さんを探さなくていいのか?」
「医者も目的地は聞かされているはずだ。迷走する美希のあとについていくのは得策ではないと判断して、真っ直ぐ望の部屋へ行ってる可能性の方が高いだろ」
「ふぅん」
「まあ、そんなことはどうでもいい。それより、今日は他に客がいないから、好きに部屋を使ってもいいって、宿の人から言われてるんだ。それを食べたら、部屋を選びに行こう」
「望の部屋は…」
「ダメだ。あと、隣も美希たちが使うから無理だぞ」
「むぅ…」
「美希お姉ちゃんと一緒はダメなの?」
「それもダメだ。伝染病だった場合、看病をしているあいつらも病気を持ってるかもしれない。あいつらは大人だから、もしかしたら免疫を持ってて発病しないってこともあるだろうが、お前らはまだ子供だ。同一の病気だったとして、望とヤーリェが発症してるんだから、お前らが発症する可能性はかなり高い」
「じゃあ、離れてた方がいいの?」
「そうだな。出来るだけ階層を変えた方がいい。そのときでも真上は避ける。それが無理で同じ階層になる場合は、少なくとも二部屋は開けた方がいいだろうな。まあ、自由に部屋を選べるんだ。そんな心配はいらないだろうが…」
「わたし、一番てっぺんの部屋がいいの!」
「わたしは、畳のお部屋が、いいな」
「んー。じゃあ、東向きの部屋がいい」
「自分は、窓がおっきな部屋がいいんだぞ!」
「…もう好きにしろ」
「広い部屋がいいよね」
「響にリュウ、ルウェ、わたしだから、四人部屋以上だね」
「お布団はどんなのかな。フカフカかな」
「あ。今日は毛布じゃないの。お布団で寝られるの!」
「久しぶりだなぁ。美希お姉ちゃん、全然宿を取ってくんないもんね」
「お金がないんだから、仕方ないよ。食料で、ほとんど、なくなっちゃうから…」
「そうだけどさぁ。薬草の行商とかやればいいのに」
「じゃあ、響が、やればいいじゃない」
「わたしは薬草とか分かんないもん。光が一番知ってるでしょ?」
「そうだけど…」
薬草…。
そういえば、望も薬草を売ってるって言ってた。
薬草を売ったら、銀貨も貰えるかな。
「それより、部屋なの」
「あ、そうだね」
「そういえば、ここの温泉は結構有名らしいよ」
「温泉があるのか?」
「うん。美人の湯なんだって~。お肌ツルツルだよ」
「ふぅん」
「あれは、皮膚の表面が、溶けてるんだよ」
「えっ、溶けてるの?」
「もう…光。不安にさせるようなことを言わないの」
「ご、ごめんなさい…」
「溶けるって言っても、本当に表面の表面にある古くなった皮膚が溶けて、下の新しい皮膚が出てきてるだけだから大丈夫だよ」
「よかったの…」
「うん…」
「あはは。温泉は身体に良いものばっかりだから、心配しなくても大丈夫だよ」
「うん」「分かった」
前にも入った温泉。
すごく気持ち良かった。
だから、ここの温泉も楽しみなんだぞ。
溶けるのは怖いけど…。