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「望、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
「それで、何してるの?早く戻ろうよ」
「あ…いやぁ…。あはは…」
草むらの向こうで気まずそうに笑う望。
何なのかな…。
「…あのね、お兄ちゃんを呼んできてくれない?」
「なんで?」
「手を洗いたいんだけど、川の場所が分からないんだ…」
「うん。分かった」
「でも、なんで明日香に言わなかったの?」
「えっ、明日香、いたの?」
「ワゥ」
「なんだ…。いるなら早く言ってよ…」
「ワゥ」
「今言っても仕方ないでしょ…」
「じゃあ、わたし、行ってくるの」
「あ、うん。お願いね」
リュウは翼を広げると少し助走をつけて、木々の隙間を上手く抜けて飛んでいった。
自分は…どうしようかな…。
「はぅ…。いたた…」
「望、大丈夫なのか?」
「えっ、あ、ルウェ?ま、まだいたの?」
「うん。リュウが飛んでいっちゃったから」
「そ、そう…」
「ねぇ、望。ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫…」
「ホントにホント?」
「うん…。ごめんね」
「大丈夫ならいいけど…。無理しちゃダメなんだぞ」
「うん。ありがとね」
でも、痛さを我慢してるような声だった。
聞こえてくる息遣いも荒くて。
「ねぇ、望…」
明日香は目を閉じてジッと伏せていた。
その明日香の前を通って、望がいる草むらに入ってみる。
「ル、ルウェ…」
そこには、真っ青な顔をしてお腹を押さえている望がいた。
「望!」
「大丈夫だから…。心配しないで…」
「そんなの、無理なんだぞ!全然大丈夫じゃない!」
「ごめんね…」
ヤーリェを思い出した。
ヤーリェも、こんなかんじだった…。
望…ヤーリェ…。
木の隙間からカイトの姿が見えた。
自分たちよりずっと先を飛んでいて、火の粉がキラキラと落ちていくのが見えた。
「上ばっかり見てると落ちるぞ」
「うん」
「ちっ…。やっぱり空路の方が速いか…」
「競争じゃないから、別にいいと思うの」
「ワゥ」
「そうだけどよ…」
明日香にリュウ、大和に自分が乗って、ベラニクへ向けて森の中を駆け抜けていく。
望とお兄ちゃんはカイトに乗って。
「そら、あのてっぺんからベラニクが見えるぞ」
「うん」
返事をしている間に山のてっぺんは越えてしまい、もう下り坂になっていた。
「むぅ…。見えなかった…」
「今もまだ前に見えてるだろ…」
「あ。家があるの」
「ホントだ~」
「あっちはもうそろそろだな。俺たちも飛ばしていくぞ」
「わわっ!?」
急に大和が速度を上げたから、転げ落ちてしまいそうになった。
ちゃんとしっかり足で挟んでてよかったんだぞ…。
「ウゥ…」
「ご、ごめんって…」
「ワゥ!」
「そ、そうだな…。大丈夫か、ルウェ?」
「うん。なんとか」
「ふぅ…」
追いついてきた明日香に怒られて、大和はシュンとしている。
…ホントに危なかったんだから、自業自得なんだぞ。
「はぁ…」
「大和、速度が落ちてるんだぞ」
「気分が落ち込んでるんだ…。速度も上げられねぇよ…」
「カイトに追いつけないよ?」
「どうせベラニクで会うんだ。急ぐ必要もない…」
「明日香にも置いてかれてるよ?」
「気持ちの整理が必要だ…。しばらく一人にしてくれ…」
一人にって…。
大和に乗ってる限り、それは無理だと思うんだぞ…。
「明日香に怒られた…。また女の子に嫌われた…。はぁ…」
でも、今、大和に話しかけても気付かないんだろうな…。
ベラニクで追いつくから…仕方ないのかな…。
大和はついに立ち止まって、木の根元に座り込んでいじけている。
「大和。もうみんな着いたんじゃないのか?」
「そうだな…」
「ねぇ、行かないの?」
「はぁ…」
「ため息をつきたいのはこっちなんだぞ…」
大和がいなかったら、あれだけの道を歩くのにどれだけ掛かるのかな…。
望、心配なのに…。
と、そのとき、影が大和の上に降り立った
「大和。まだこんなところにいたのか。他の全員、ベラニクに着いてるぞ」
「く、苦しい…」
「ふん。今のお前にはぴったりだ」
カイトの大きな足で踏みつけられる大和。
バタバタと足を動かしているけど、効果はないみたいだった。
「ルウェ。私の背中に乗るんだ。一気に行くぞ」
「うん」
言われた通り背中に乗る。
カイトの背中は、触ると火の粉が散るのに熱くなかった。
フカフカの羽毛が温かくて気持ちよくて。
「よし。しっかり掴まっているのだぞ」
「うん」
カイトが一度大きく羽ばたいたと思ったら、もう空高く舞い上がっていた。
「気持ちいいね」
「ああ」
大和が立ち止まってくれて、もしかしたらよかったのかもしれない。
こうやって、空を飛んでいる。
後ろを振り返ると、ヤマトが見えた。
ヤーリェと狼の姉さまがあそこにいるんだな。
柚香も真お姉ちゃんも。
空から見たら、こんなに近いんだ。
でも、不思議な気分。
何なのかな。
不思議な気持ち…。