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目が覚めた。
でも、まだ真っ暗で。
…じゃあ、もう一眠り。
「ルウェ。起きなさい」
「むぅ…。まだ眠たい…」
「うん。でも、なるだけ早くに出ないといけないから」
「んぅ…」
「…仕方ないね。明日香」
「………」
グイグイと、布団の中から寒い外へと引きずり出される。
「よっ…と」
そして、明日香の背に乗せられて。
…フカフカの毛とは言っても、寒いものは寒かった。
「うぅ…」
「はい。毛布。ちょっとあれだけど、我慢してね」
そう言って、毛布を掛けてくれて。
そして、ユラユラと揺れる感触。
"ちょっとあれ"ってどういう意味かは分からないけど。
良い気持ち…。
また目が覚めた。
顔を上げて周りを見てみると、やっぱりまだ真っ暗で。
「ルウェ、起きた?」
「うん…」
「ここ、どこだと思う?」
「……?」
ジッと目を凝らして、改めて周りを見てみる。
「あっ!」
「シーッ」
「ルウェ…」
「葛葉、葛葉…!」
目の前には、包帯をグルグル巻きにした葛葉が寝ていて。
慌てすぎて、明日香から転げ落ちてしまった。
「静かに。泥棒同然に入ってきたんだから…」
「大丈夫…。お母さんもセトも気付いてるから…」
「まあ、そうだよね」
「でも、村の人に見付からなくてよかった…。まだ疑ってる人もいるから…」
「………」
「葛葉…!良かった…良かった…!」
「ルウェ、痛いよ…」
「あ…ごめん…」
「ふふふ…。それより、泣かなかった…?」
「うん」
「良い子だったんだね…」
「うん。葛葉がいなくても、自分、泣かなかったんだぞ」
「ルウェ…。こっちに来て…」
「うん」
葛葉のすぐ横まですり寄っていく。
そして、葛葉は包帯の巻かれた手を頭に乗せて、ゆっくりと撫でてくれた。
「良い子良い子…」
「うん…」
「これからも、その調子でね…」
「葛葉…葛葉ぁ…」
もう泣かない。
…でも、泣きたいときには泣く。
溢れる雫を、葛葉は優しく受け止めてくれた。
葛葉の匂い…。
甘い、獣の匂い。
でも今は、微かに血の匂いも混じってるみたい。
「すっきりした…?」
「…うん」
「ルウェ…」
「どうしたの?」
「もう一度、顔をよく見せて…」
「うん」
葛葉は頬にそっと手を触れ、潤む目で見詰めて。
「私の大切な家族の旅路に…幸多からんことを…」
「葛葉?」
「また必ず逢おうね…。今度は、私も元気になってるから…」
「え…?」
「もうすぐ夜が明ける…。早く村を出ないと…」
「嫌…嫌だよ…。なんで…なんで村を出なくちゃいけないの?自分、悪い子だったから?自分…よそ者だから…?」
「ルウェ…!」
「……!」
葛葉の瞳が、一瞬金色に変わった…気がした。
でも、やっぱりいつもの赤色で。
「誰しも役目というものがあるの…。私にもあるし、もちろんルウェにも…。私は私で役目を果たすから、ルウェも役目を果たして…」
「でも…」
「じゃあ、約束…。いつになるかは分からないけど、ルウェがちゃんと役目を果たしていたら、私は必ず逢いにいく…。だから、そのときまで、ルウェも私も頑張る…」
「………」
「約束…してくれる…?」「うん…約束…。葛葉との約束…」
自分の役目を果たす。
葛葉との約束。
「私とも約束してくれる?」
「姉さま…」
「必ず無事に帰ってきてね。待ってるから」
「うん…。約束…」
必ず無事に帰る。
姉さまとの約束。
「ルウェ。"光"と"闇"は表と裏の関係だ」
「セト?」
「"光"が強ければ、出来る"闇"も大きくなる。"光"は"闇"を消し去ろうとするし、"闇"は"光"を呑み込もうとする。でも、本来は、互いは相反するものではなく、支え合って存在するものなんだ」
「え?分かんないよ…」
「いつか分かるときが来るから。そのときまで、ちゃんと心にしまっておいてくれ」
「うん…」
なんだかよく分からないけど、"光"と"闇"は互いに支え合うもの。
それを心に留めて。
「さあ、行ってらっしゃい。ルウェ、望、明日香」
「え?」
「うん。お姉ちゃんも、気を付けて。葛葉、早く良くなるように祈ってるから」
「うん…」
「…僕には?」
「セトは心配するまでもないでしょ」
「それもそうか」
「ねぇ、どういうこと…?」
「それはまたあとで。じゃあ、改めて。…行ってきます」
「い、行ってきます…」
「行ってらっしゃい」
そして、何かモヤモヤしたまま、村をあとにした。
モヤモヤはつまり、初めて会ったはずの姉さまが、望と明日香の名前を知っていたこと。
それと、望がみんなと仲良さそうに話していたこと。
「簡単な話だよ。私とみんなが親しい間柄だったってこと」
「でも、自分は望のこと、知らなかったんだぞ」
「私もルウェのことは知らなかったよ。正確に言うと、ルウェと葛葉だけど。私がお姉ちゃんのことを知ったのは、前にやった自警団の短期採用のとき。そのときはユールオに泊まってたし、内容も夜間警備の強化だったから、ルウェと会わなかったとしても不思議じゃない」
「ふぅん…」
分かったような、分からないような…。
「まあ、細かいことは気にしないってのが、長生きする秘訣だって言ってたよ」
「誰が?」
「旅の途中で会った、長生き夫婦が」
「へぇ~」
自分も、そんな人たちと会えるのかな。
「そういえば、これからどこに行くんだ?」
「さあて、どこかな~」
風の吹くまま。
気の向くまま。
次はどこへ流れ着く?
再び登場しました。
望は風華とセトのこと、知ってたんですね。
昨日の時点で気付いてたのかな。