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「あー、お腹痛い…」
「出すもん出して、スッキリしたらどうや。五月蝿くてかなわん」
「もう…。ホントに下品だよね…」
「下品で結構。ほれ、はよ行ってこい」
「い、いいよ、別に…」
「何を今更恥ずかしがってんねん。行かんねやったら、腹痛いゆうなよ」
「うぅ…。分かったよ…」
望はこっちをチラチラ見ながら、お腹を押さえて草むらの中に入っていった。
大丈夫かな…。
「はぁ…。ホンマ、手間の掛かるやっちゃ」
「望、大丈夫なのか?」
「んなもん心配せんでええ。それより大和。ヤーリェはどうなんや?」
「ん?良好みたいだぞ。もう明日か明後日くらいには全快してるだろう」
「良かったの」
「せやな」
「追いつけるかな?」
「さあな。でも、明日や明後日には俺たちもベラニクに着いてるだろ。それまでのところで追いつくのは難しいと思うぞ」
「じゃあ、ベラニクで待っててあげるの」
「んー…。リュウは旅団天照に帰らなあかんしなぁ」
「じゃあ、遙お姉ちゃんに言って待ってもらうの」
「仕事があるからな。難しいんとちゃうか?」
「うぅ…。でも…」
「まあ、ベラニクで追いつけるとも限らんしな。もしかしたら、その先まで行かんとあかんかもしれんし」
「じゃあ、そのときは…」
「ヤーリェを待ってもええかもな」
「やった!遙お姉ちゃん、お願いだからベラニクから早く出発してね…」
「おいおい…」
リュウは両手を擦り合わせて、ベラニクの方に向かって拝んでいる。
…ヤーリェに会いたいのは分かるけど、そんなことをお願いするのもどうかと思うんだぞ。
でも、自分もリュウともっと旅がしたい。
だから、少しだけ。
「ま、なんでもいいけど。あいつ、遅くねぇか?」
「そうか?腹下したんやったら、それなりに掛かるやろ」
「んー、そんなものか?」
「心配やったら見に行ったらええやん」
「な、なんで俺が…」
「ワゥ」
「あ、ああ。そうしてくれ…」
明日香は少し頷くと、望と同じところをたどっていった。
望…ホントに大丈夫なのかな…。
「ところで、悠奈と七宝はどうしてるん?」
「なんで?」
「いや、暇やし聞いただけなんやけど」
「二人とも、まだ寝てるよ」
「なんや、寝坊助やなぁ…」
「寝坊助ってわけじゃない。人間みたいに眠りが深くないから、それだけたくさんの睡眠時間が必要なんだ。その代わり、緊急時とかにはすぐ目を覚ますことが出来る」
「ほぅ。それは初めて聞いたな」
「睡眠のことなんて、誰も聞かねぇからな。昼間に何をしてるのかは聞いても。あと、あいつらはまだ子供だから。寝る子は育つを実践してるんだろ」
「じゃあ、悠奈も七宝も、これからもっと大きくなるのか?」
「そうだな。もっともっと大きくなるぞ」
「へぇ~」
大きくなった悠奈と七宝…。
どんなのかな。
すごく楽しみなんだぞ。
「せや。リュウって契約してるんか?適性は高いみたいやけど」
「ケイヤク…?あ、遙お姉ちゃんがお客さまとやってたの」
「いや、まあ、それも契約やけど…」
「……?」
「こいつが言ってるのは、俺みたいな聖獣との契約についてだ」
「うーん…。分かんないの」
「ほんだら、やってへんのかな」
「たぶんな。リュウからは聖獣の気配も感じられないし」
「ヤタムタとかクルクスやったら分からんけどな」
「あいつらは、リュウの属性とは合わない…こともないのか。ルウェと同じ複属性持ちなんだな。それにしても、火と水とはまた変わった組み合わせだな…」
「フクゾクセイ…?」
「ふたつ以上の属性を持ってるやつのことなんだが…細かいところの説明は面倒くさい。カイトにでも聞いてくれ」
「別に、ふたつ以上の属性を持ってるってだけでええんとちゃうんか?」
「あ…。まあ、そうだが…」
「んー…」
「難しいか?」
「うん…」
「まあ、それやったら考える必要はない。論理を理解したところでどうなるわけでもないし」
「……?」
「それでだ、リュウ。銀色の龍を見たことはないか?翼が四枚あるんだが」
「んー…」
「自分はあるんだぞ」
「ほぅ。どこで?」
「一緒に住んでた」
「ふぅん…って、はぁ!?聖獣と一緒に暮らしてたんか!?」
「聖獣かどうかは知らないけど、セトは銀色で翼が四枚ある龍なんだぞ」
「セト?セト…」
「大和、知ってるの?」
「いや、思い出せないな。もしかしたら、聖獣じゃなくて普通の龍なのかもしれないな…」
「ふぅん」
「いや、でも、ただ単に俺が知らないだけかもしれない」
「あ」
「なんだ?」
「わたし、龍に会ったことがあるの」
「銀色の、か?」
「ううん。赤色」
「赤色の龍…ってことは、リュウだな…」
「…リュウとかリュウとか龍とかややこしいな」
「ん?今のはどっちだ」
「一番最初が"紅蓮の瞳"で…って、こんなんゆうても不毛すぎるやろ」
「それはそうだが。しかし、仮にそのとき契約してたとして、火の属性に気が付かないわけがねぇし…。それに、カイトは絶対に気付いてるはずだから…」
「そういえば、望お姉ちゃんはどうなったの?」
「あぁ、せやな。どないしたんやろ」
「見にいってこいよ」
「せやな」
と、草むらに入っていこうとするお兄ちゃんを大和が止める。
「なんやねん」
「お前なぁ…。ちったぁ配慮してやれよ。望だって、いちおう女なんだぞ?」
「それが?」
「はぁ…。ルウェ、リュウ。俺はこいつにみっちりといろいろ教えねぇといけないみたいだから、望と明日香の様子を見に行ってくれねぇか?そこの草むらから入って、草が倒れてるところを通ればいいから」
「分かった」「はぁい」
なんでお兄ちゃんじゃダメなのかは分からないけど。
望の荷物の傍に自分たちの荷物も置いて。
草むらの中に入っていく。
本当にお腹を下しただけなんでしょうか。
心配です。