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朝、目が覚めたときにはもうお姉ちゃんもクノお兄ちゃんも如月もいなかった。
でも、また会えるから。
そう約束したから、寂しくない。
それより…
「おい、はよ起きんかい。置いてくぞ」
「うーん…」
「はぁ…。なんか調子でも悪いんか?」
「うーん…」
「唸ってるだけでは分からんぞ」
「うーん…」
「ええ加減にせんか!」
「あたっ」
お兄ちゃんは、唸り続ける望の頭を殴る。
でも、余計に唸るだけだった。
「もう知らんぞ。なんも言わんかったら置いてくしかないし」
「………。お腹痛い…」
「はぁ…。なんでさっさと言わんねん」
「大丈夫?」
「うん…大丈夫…。ごめんね、リュウ…」
「大丈夫やねんやったら行くぞ。予定より大幅に遅れてるし」
「あっ、いや…大丈夫じゃない…」
「大丈夫じゃないのか?」
「あぁ、えっと…」
「ホンマなんやねん…。原因は?毒草でも食ったんか。腹出して寝てたんか。月のものか」
「月のものって?」
「ん?ルウェはまだなんか?結構遅いな…。まあ、そのうち分かる」
「ふぅん…?」
何なんだろ…。
自分にもそのうち分かるって…。
「ほんで?どれや」
「えっと…二番目…」
「はぁ…。ただの腹下しでいちいち大袈裟やねん!これでも飲んどけ、このアホ!」
「いてっ」
背負い袋から黒くて丸い薬が入った瓶を取り出して、望に投げつける。
それがちょうど望の額に当たって。
「心配して損したわ!あー、アホらし!」
「何よ…。そんなに言わなくてもいいじゃない…。お腹が痛いのは本当なんだし…」
「大袈裟やゆうてんねん!腹出して寝てたんやったら自業自得やろ!」
「むぅ…」
望、お腹を出して寝てたのか?
それは確かにお腹が痛くなるんだぞ。
「はぁ…。収まった…」
「ほぅか。即効性はないけどな」
「あ…。またお腹が…」
「アホか。はよ準備せぇ」
「…そういえば、大和は?」
「ワゥ」
「ふぅん。それで、私の荷物は?」
「自分の荷物くらい自分で管理せぇよ。…ほれ」
「ありがと」
望は荷物を受け取ると、中から櫛を取り出して。
尻尾のお手入れを始める。
「はぁ…。あんな、手入れすんねやったら、はよ起きろ。ゆっくり起きんねやったら、手入れはするな。分かるか?」
「良いじゃない。身嗜みはきちんとしとかないとね」
「安心しろ。誰も小汚ない小娘のことなんか見やんから」
「何よ。自分は手入れなんてしなくてもいいだろうけどさ、私だって女の子なんだよ」
「女の子ってガラかよ」
「ねぇ。それって失礼じゃない?」
「失礼も何もあるか。…手入れすんねやったら、さっさとしろ。みんな待ってるんや」
「はぁい」
散々言われてたのに、なんだか嬉しそうだった。
なんでだろ。
…望が竹で出来た櫛を慎重に尻尾に通すと、綺麗な黒い毛が整えられていく。
「あ、そうだ。櫛、ルウェも持ってたよね。わたしが鋤いてあげるよ」
「うん。ありがと、なんだぞ」
「良かったな、ルウェ」
「うん!」
荷物から七宝の櫛を取り出して、リュウに渡す。
それを受け取ると、後ろに座って、まず手櫛で整え始めた。
「ルウェの髪、綺麗だね」
「そ、そうかな…」
「あ。蒼い髪が混じってるの。わたしと似てるね」
「え?」
「わたしは短いから分かりにくいけど、紅い髪が混じってるの」
「ほぅ。どれどれ」
お兄ちゃんがリュウの髪に触って確かめてみる。
すると、本当に紅い髪が混じっていて。
「ホンマや。短いのもあるし、色も黒に近いから見にくいな。…しっかし、リュウは剛毛やなぁ。見てみ、この太さ。散髪とか大変やろ」
「お兄ちゃん。そういうことは思ってても口に出さないの」
「なんでや。それくらいゆうてもええやん。な、リュウ」
「えっとね、散髪は遙お姉ちゃんがしてくれるの」
「うん。まあ、そんなことは聞いてへんけどな」
「でも、他の人なら十回くらいで研ぎなおすんだけど、わたしは毎回研ぎなおさないといけないって言ってたの」
「ハサミの話な。てことは、リュウの髪は他のんより十倍硬いってことか」
「へぇ~。すごいね」
「ほんで、ルウェの髪は…だいぶ細いな。まあ、髪は切ったことないみたいやけど」
「うん。姉さまが、伸ばした方が可愛いって」
「ほぅ。姉さまがねぇ」
「うん」
「まあ、姉さまが誰かは知らんねんけど。よし、望はどうや」
「ひゃっ!?」
望は櫛を放り出して、お兄ちゃんと距離を取った。
おかしな方向に飛んでいった櫛を、お兄ちゃんは上手く掴んで。
「なんや。流れからして望の番やろ」
「許可を取ってからにしてよ!」
「リュウもルウェも許可なんかいらんかったし。なぁ?」
「うん」
「二人はいらなくても、私はいるの!」
「なんでや。ケチやな。なぁ?」
「うん」
「いちいち二人に意見を求めないの!」
「まあ、あれや。望は太くも細くもない、ちょうど中間くらいやな」
「えぇ…」
「いらんのか?」
「ルウェくらい細かったら良かったなって思って」
「ほぅか。でもまあ、みんな個性があってええと思うけどな」
「そ、そうかな…」
「ああ」
お兄ちゃんは櫛を望に返して、ついでに頭を撫でて。
なんとなく、望の顔が赤くなってるようなかんじがしたけど。
「さあ。望もルウェも、早めに済ませてくれよ」
「あ、うん」「はぁい」
望は尻尾の手入れを再開して。
リュウも髪鋤きを始める。
お兄ちゃんは、荷物の再点検。
明日香は大欠伸をしていた。