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(うえぇ…)
「もう…。ちょっとはぐれたくらいで泣かないの」
(だって、怖かったもん…)
「ねぇ、クノお兄ちゃんたちはどこにいたの?」
「ちょっと待ってくださいね…。今、出来ますから…」
クノお兄ちゃんは手元にあった食器を引き寄せると、そこに鍋の中身を注ぐ。
美味しそうな匂いが広がる。
「はい、出来ました。特製の南瓜の煮付けですよ」
「美味しそうねぇ」
「タルニアさん、ありがとうございます。こんな、いろいろご馳走になってしまって…」
「いいのよぉ。それより、クノだけじゃなくて如月の帰りも遅いから心配したのよぉ」
「す、すみませぬ…。動くに動けぬ状態だったので…」
「分かってるわ。まあ、仕方ないわねぇ」
(ごめんなさい…)
「あら、七宝ちゃんが謝ることはないわぁ」
「そうそう。七宝は寝てただけだもんね」
(でも…)
「そんなことより、早く夕飯にしましょう。クノの話も聞かないといけないしねぇ」
「せやな。オレも腹減ったわ」
「夕飯!」
クノお兄ちゃんに差し出された器を取って、早速食べ始める。
南瓜の煮付けは、セトが作ってくれたのは何回も食べたけど、クノお兄ちゃんのは初めて。
どうかな…。
「……!」
「どうですか、ルウェさま?」
「すごく美味しいんだぞ!セトのより、ずっと!」
(ルィムナさまのと同じくらい美味しい!)
(カゥユさまは、あんまりごはんを作ってくれないの…)
「ふふ、高評価ねぇ」
「ありがとうございます」
「わっ、ホントだ。すごく美味しい」
「ふぅん…。まあ、オレでもこれくらいやったら作れるかな」
「負け惜しみ言っちゃって」
「負け惜しみなんかやないて!」
「ふふふ。リュウちゃんはどうかしらぁ?」
「遙お姉ちゃんの方が美味しいかな」
「旅団天照、影の団長ねぇ。たしかに、あの子の料理は逸品だわねぇ」
「ふむ。今度、修行に出てみましょうか…」
「そうねぇ。料理が美味しくなるなら嬉しいわぁ」
「なるほど、頑張らなあかんなぁ。な、クノ」
「…はっ。あ、そ、そうですね」
「…なんや、タルニアに見とれてたんかいな」
「は、はぁ!?な、なんでそんなこと…!」
「動揺しすぎや。敬語が取れとる」
「ふふふ」
顔を真っ赤にさせてそっぽを向くクノお兄ちゃんを、イタズラっぽく見つめるお姉ちゃん。
えっと、クノお兄ちゃんはお姉ちゃんのことが好きで、お姉ちゃんもクノお兄ちゃんのことが好きで、でも二人はそのことを表に出さなくて…。
うーん…。
なんだかややこしいんだぞ…。
「ほんでや。クノはどこに行っとったんや?」
「もうちょっと間を考えようよ…」
「マもミもあるかい。今、その話を聞きにタルニアも来とるんやろ」
「そうだけどさ…」
「いえ、望さま。いいです。話します」
「そ、そうですか…。すみません…」
「ふふふ。望ちゃんが謝ることはないでしょう?」
「いえ。兄の不徳は妹の責任でもあるので」
「しっかりしてるのねぇ。お兄ちゃんも、これくらいしっかりしてほしいわぁ」
「ふん、誰のことやろな」
「誰でしょうねぇ」
「…ねぇ、話さないの?待ちくたびれちゃうの」
「ふふ、ごめんなさいねぇ。クノ、小さなお客さまがお待ちよぉ」
「はい。では…」
クノお兄ちゃんは一度咳払いをすると、きちんと座り直して話し始める。
「結論から申しますと、千早のわがままに付き合っておりました」
「千早ちゃんのわがまま?」
「はい」
「俺からも説明するよ。俺と明日香は途中から合流したんだけど、千早のわがままというのは、千早の故郷を探してほしいってものだったんだ」
「千早の故郷?千早って聖獣やろ?なんで故郷がこっちにあんねん」
「面倒だし長くなるから、その辺はカイトに聞いてくれ。話を戻して、千早はこの辺で故郷の気配を感じ取ったらしい。それで、もしかしたらってことでな」
「それはいいけど、なんで誰にも何も言わずに探し回ってたのかしら?」
「はい。千早が、少し用があると言って森の中へ飛び去っていったのです。何の用か言わなかったので、いちおう聞いておこうと思って追い掛けました。少しということで、すぐに合流出来るかと思い、また、私用でみなさまの足を止めてしまうのは申し訳ないので、そっと離れたのです」
「それで?なんで一旦戻ろうとは思わなかったの?望ちゃんたちが心配してるってことは分かっていたのでしょう?」
「はい…。それが、お恥ずかしながら帰る道が分からなくなりまして…」
「はぁ!?迷子かいな!」
「はい…」
「森の中は、慣れたやつでも簡単に迷うからな。ここから半里ほど先の川のほとりで、二人して途方に暮れていた」
「半里!よくそんなに歩きましたね!」
「はい…。道に迷っても無闇に歩いてはいけないことを学びました…」
「ふふ、良い経験をしたじゃない」
「まあ…そうですが…」
「明日香がクノの匂いに気付かなかったら、一生助けが来なかったかもな」
「それはないと思うよ」
「む?なぜだ」
「遅かれ早かれ、明日香はクノさんの匂いに気付いてた。それに、あのとき走っていったのもクノさんを探すためなんでしょ?」
「ワゥ」
「ホンマかなぁ…」
「ホントなんだぞ」
「うん。だって、明日香だからなの!」
「ワゥ!」
明日香は、その場で飛び上がって宙返りをしてみせてくれた。
そして誇らしく胸を張る姿は、とても立派で勇ましかった。
遠くの方でフクロウが鳴いてる。
揺れる焚火の炎は、静かに如月と七宝の寝顔を照らしていた。
「今日は本当にすみませんでした」
「あはは。いいんですよ。それに、クノさんたちには本当にお世話になってますから」
「いえ。この埋め合わせは、いつか必ず…」
「そんなんええて。またどうせ世話になるやろしな」
「しかし…」
「クノ。二人がこう言ってくれてるんだから」
「………」
「ふふ、ごめんなさいねぇ。クノはホントに頭が固いから」
「はい、知ってます」
「あ…はぁ…」
「ふふふ。やっぱり、望ちゃんって面白いわぁ」
「そ、そうですか?」
「ええ」
「ふぁ…」
「ルウェさま、お休みですか?」
「うん…」
「では、風邪など引かれないように…」
クノお兄ちゃんは、そっと毛布を掛けてくれた。
そして、ゆっくりと背中を叩いてくれて。
「あ、すみません。私が…」
「いえ、これくらいさせてください。せめてもの償いです」
「ふふふ。償いになるのかしらぁ?」
「え?どういうことですか?」
「クノは、誰かのお世話をするのが大好きだから。特に、小さい子供のお世話はね」
「タ、タルニアさま!」
「シーッ。起きちゃうでしょ?」
そんな会話を聞きながら。
ゆっくりと、意識が遠のいていった。