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「明日香と大和はいいの?」
「ええんとちゃうか。あいつらも狼なんやし。匂いで追い掛けてこれるやろ」
「そうそう。大和はともかく、明日香は大丈夫だよ」
「ふぅん」
(今日のお昼ごはんね、カゥユさまのところに遊びにきたクノさまが作ってくれたんだよ)
「クノさまって…あぁ、そっちのクノかいな。そういや、あいつはどこ行った?」
「えっ、何も聞いてないの?」
「はぁ?オレは知らんぞ」
「カイトは?」
「私も聞いていないな」
「えぇっ!じゃあ、どこに行ったのよ!」
「いや、知らんし」
昼ごはんの間、そういえばクノお兄ちゃんを見なかったんだぞ。
どこに行ったのかな…。
と、急に目の前で強い光が破裂した。
「閃光弾!?」
「いえ、転移です」
(んー…)
「お前は…七宝、といったか」
(え?あ、如月…?)
「如月?」
「ええ。クノさまを連れ戻しに参りました」
「はぁ…。やっと戻ってきた…。お前な、連れ戻しに来るんはええけど、転移先の迷惑も考えんかい。眩しいやろが」
「私は鷹丸の報告を聞き、あなた方の少し先を予想して転移してきたのです。しかし、予想をだいぶ上回るくらいに進んでおられた、ということです」
「なんやねん、それは…」
「いいじゃない、そんなこと。それより如月、クノさんがいなくなったの!」
「そうですか」
「…え?そんな反応?」
「ふむ。どういう反応をしろと仰られるのですか?」
「えっと…」
「慌てて見つかるなら、私も慌てます。しかし、慌てたところで見つからない。今すべきは、原因を調査し解決策を早急に練り上げることです」
「はぁ…。年寄り連中は、こんな面倒くさいやつらばっかりなんか?」
「ふむ?私はともかく、如月は年寄りの部類には入らないぞ」
「尻尾が九本ってことは、八百歳越えてるってことやろ?十で割ったら八十やし、充分年寄りやん」
「十で割って人間の年齢に換算するというのが通じるのは、せいぜい五十から百までだ。それを過ぎると正確な計算は難しくなる。そんな実年齢をあてにするよりも、精神年齢をその者の人間としての年齢とする方が間違いがない」
「じゃあ、如月は何歳くらいになるの?」
「そうだな…。十五から二十といったところか」
「えぇっ!私と同じくらい!?」
「望なんかよりよっぽど大人びとるな」
「ホントだよ!」
「…望は、自分が子供っぽいと認めるのだな」
「え?何が?」
「いや、なんでもない」
「……?」
「それより、クノお兄ちゃんはどうするんだ?」
「あ。忘れてた」
「はぁ…。お前なぁ…」
「何よ。お兄ちゃんも忘れてたくせに」
「私はクノさまの行方よりも、この子の方が気になります」
「わたし?」
「はい」
如月はリュウの方に向いて座ると、首を少し傾げる。
九本の尻尾は、ユラユラとゆっくり動いていて。
すっごく興味があるってかんじなんだぞ。
「わたしはね、リュウって名前なの」
「リュウさま、ですか。それで、その紋章は…」
「うん。旅団天照だよ」
「ふむ。ということは、桐華さまが孤児の保護を始めたというのは本当だったんですね」
「そうみたいやな」
「知っていたのですか?」
「まあな。ちょっと小耳に挟んだんや」
「小耳に挟んだって…。直接リュウに聞いたんじゃない…」
「たまにはええカッコさせてくれよ…」
「全然格好良くないし…」
「リュウさまのことは、だいたい分かりました。次は七宝に聞きたいことがあります」
「えっ…」
「クノさんのことじゃないんだ…」
「いいではないか。もしかしたら、聞いているうちに帰ってくるやもしれんだろ?」
「そうかもしれないけどさぁ…」
ため息をつく望。
如月は、今度は七宝の方に向いて。
キッとした厳しい目で七宝を見つめていた。
七宝はすっかり怯えて、カイトの後ろに隠れている。
「その後、どうなのだ。ルウェさまに迷惑など掛けたりしているのではないだろうな?」
(あ…えっと…)
「七宝は、とっても良い子にしてるんだぞ」
「すみませぬ、ルウェさま。私は七宝に聞いているのです。七宝に報告させてください」
(………)
「ダメだよ、如月」
「む?どういうことでしょうか」
「七宝、怖がってる。そんなんじゃ、本当の答えなんて聞き出せないよ」
「これは、この者に対する躾でもあります。毅然とした態度で臨むのは当然のことでしょう」
「葛葉が言ってた。他人を威圧して得たり与えたり出来ることは何もない。本当にその人のことを想うなら、厳しさの中に優しさを入れて。…今の如月、ただ七宝を怖がらせてるだけなんだぞ」
「………」
「歳下の者に諭されるとはな、如月。今回は身を引くべきではないか?ルウェが言っていることは、的を射ている。それに、七宝についてもルウェの言う通りだ。クーアの先輩として気負うところもあるのかもしれないが、少し肩の力を抜いたらどうなんだ」
「…すみませぬ」
「私に謝るのではないだろう?」
「………」
如月はもう一度七宝を見ると、頭と尻尾を下げる。
「すまぬ、七宝。私の高圧的な態度で不快な思いをしただろう」
(…怖かった。でもね、クーも悪いから…。クーも、悪い子だったから…)
「しかし、今は違うのだろう?」
(うん)
「…それなら良い。すまなかったな」
(うん)
七宝は如月の足下まで歩いていって、甘えるようにお腹の下に潜り込む。
そして如月は、優しく七宝の顔を舐めて。