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陽葉を送って、おばちゃんの家に着いたときには、もう暗くなっていた。
おばちゃんは、夕飯を用意してくれていて。
「何か買ってもらったの?」
「うん!金平糖とお饅頭と、あと、ヤツカ」
「お菓子ばっかりだったのね…」
「あとね、衛士長から、この笛も貰ったんだ!」
「へぇ~。そうやって首から下げてると、本物の衛士さんみたいね」
「えへへ」
衛士さんみたい、か。
自分も、衛士長みたいな格好いい衛士になりたいな。
それから、ヤゥトの自警団に入って…。
「あっ!明日香!私の、盗らないでよ!」
「………」
「…いいよ、もう。涎でベトベトだし」
「………」
「相変わらずなのね」
「え?あ、はい」
「おばさんが話し掛けても全然なのよ」
「そんなことないと思いますよ。明日香は無愛想だから、返事してないだけかも」
「ホント?明日香ちゃん?」
「………」
明日香は返事の代わりに、尻尾をユラリと一回だけ揺らした。
「あ、そうだ。旅費は足りてるの?」
「はい。最近、ちょっと行商みたいなことを始めたんで」
「へぇ~。何を売ってるのかしら?」
「主に薬の原料ですね。薬草は割かし管理が簡単なのも多いですし、その辺にいっぱい生えてるし。乾燥させて初めて薬効が出るやつなんかは、手間が省けていいってことで、結構喜んでもらえるんですよ」
「へぇ~」
「本当に逼迫してるときは、やっぱり短期採用の仕事ですけどね」
「そう…」
「大丈夫ですよ。美希お姉ちゃんの言う通り、組合からの紹介だけにしてますから」
「それでも心配…。最近は、補助組合があることを知らない子もいるし…。そんな子が非承認の仕事をさせられて、大変なことになってて…」
「はい。よく聞きます。私も何人か会いましたし…」
「見つけたら、ちゃんとお世話してあげてね」
「もちろんですよ。…私は、早くに美希お姉ちゃんに会えて、幸運でした」
「そうね」
うーん…。
よく分からない話…。
でも、望とおばちゃんの様子から、大切な話だってことは分かった。
夕飯も終わって、そろそろ眠たくなってくる頃。
望と一緒に、夜の散歩。
「衛士長さんと何を話してたの?」
「いろいろだよ」
「ね、ちょっとだけでも教えてよ」
「うーん…」
ちょっとだけなら…良いよね。
「約束、したの」
「約束?」
「うん」
「どんな?」
「泣きたいときには泣く」
「ふぅん」
「あと、哀しい顔してるって言われた」
「………」
「自分、哀しい顔してるのかな…。望はどう思う?」
「そうね…」
望は立ち止まって、顔を見詰める。
望の瞳の奥には、静かな炎が燃えている…気がした。
「昨日、初めて会ったときに思った。ルウェは蒼色。広く深い海の色。海は、たくさんの生命を優しく包み込み、その生も死も見守っている。けど、だからこそ、自分の感情を抑えてしまう。海の蒼は哀しみの蒼。全てを内包してるが故に見せられない哀しみの色」
「何言ってるのか…分からないんだぞ…」
「それでも良い。だけど、聞いて。蒼は空の色でもあるの。広く高い空の色。空は、海と共にたくさんの生命を見守っている。けど、海の哀しみを知っているから。空の蒼は包容の蒼。全てを見てるが故に受け止められる包容の色」
「自分は…自分はどうしたらいいの…?」
「海の蒼、空の蒼。両方を持てば良いの。自分の哀しみを知ることで、他の哀しみも見えてくる。そして、その包容力でもって哀しみを優しく包み込んであげる。ルウェにはそれが出来る力があるから」
「…うん」
望の言ってることは難しくてよく分からなかったけど、大事なことは分かった。
望が、自分を必要としているってことが。
蒼は包容の色。
「ルウェ…」
「自分には、まだ海の蒼はない。でも、望の哀しみは分かる。自分には、まだ空の蒼はない。でも、こうやって望を抱き締めてあげられる。…望の哀しみを受け止めてあげる。衛士長との約束なんだぞ」
「うん…ありがと…」
とても哀しかった。
でも、とても温かかった。
…望の涙は。
月も高く昇ってきた頃。
「…ごめんね、ルウェ」
「え?」
「私が慰めてあげないといけないのに…」
「自分、慰められるようなことは何もないんだぞ」
「そうかもしれない。でも…」
「…でも?」
「ううん。やっぱり、なんでもない」
「……?」
望は、何か迷ってるみたいだった。
何を言いかけたんだろ。
月の影は、薄くぼんやりと伸びていて。
家に帰ると、おばちゃんはもう眠っていた。
明日香も、耳を動かしただけで目は瞑ったまま。
「ふぁ…あふぅ…」
「ごめんね。こんな遅くまで付き合わせて」
「むぅ…。望のためだもん…。別に良いんだぞ…」
「…ありがと」
「ふぁ…」
「ほら、こっちに来なさい」
「うん…」
布団に入ると、望が横に寝てくれて。
「お休み、ルウェ」
「おやすみ…」
背中のフワフワは明日香かな…。
望の胸に額を押し付けると、優しく頭を撫でてくれて…。
姉さま…。
望が言い淀んだこと。
何なんでしょうか。