66
山のてっぺんから、ヤマトが全部見えた。
周りがグルッと山で、その一番下にヤマトがある。
「盆地やな」
「ルクレィ三平野のひとつだね」
「平野?平野ゆうたら海に面してやなあかんやろ。ルクレィは内陸国やから、平野は一個もないぞ。ルクレィ三盆地やな」
「そんな細かい分類なんて知らないですよ…」
「海に面してるか面してないか、だけやろ。細かくないし」
「もう…。いいじゃない、そんなこと」
「そうだ。平野か盆地かなんて、些細な問題じゃねぇか」
「あ、誰か飛んでる」
「飛脚だな」
「あれは、鷹印の飛脚便なの」
「えっ、あんな遠くのものが見えるの?」
「うん。荷物に鷹の印が付いてる」
「へぇ~。よく見えるね」
「空を飛ぶ種族はだいたい目が良いからな。飛ぶ速度が速くなればなるほど、目も良くなると言われてる」
「ふぅん。じゃあ、白龍が一番目がいいのかな」
「さあな。俺は、白龍は見たことない」
「えっ、そうなの?」
「オレはあるで。まだ子供やったけどな。リュウのなんかよりよっぽど小さい翼で、ピューッて飛んでいきよる」
「小さいってどれくらい?」
「せやな…。背格好はリュウに近いかんじやったけど…こんくらいかな」
お兄ちゃんは、リュウの翼を広げて、手で示す。
それはホントに小さくて、リュウの翼の半分もなかった。
「ん?傷だらけやな、お前の翼は」
「龍の翼は飛ぶためのものではないと聞いたことがある」
「うん。飛ぶときは疾風の術式を使ってるの。翼は、方向転換とかにしか使わないの」
「で?なんでこんな傷だらけなん?木に擦るんか」
「ううん。戦いで使うことがあるの」
「はぁ?戦闘訓練でも受けてるんか?」
「うん。大きくなったら旅団天照でお仕事して、桐華お姉ちゃんとか遙お姉ちゃんを助けてあげるの。だから、カルアお兄ちゃんにゴシンジュツを教えてもらってるの」
「護身術…」
「うん」
「まあ、頑張れよ…」
「えへへ。ありがと」
お兄ちゃんに撫でてもらって、リュウは嬉しそうに翼をパタパタさせる。
でも、お兄ちゃんは何か複雑な顔をしていて。
なんでだろ?
「まあ、気性の荒い龍ほど翼が大きくなるって言われてるからな。戦いで使うこともあるかもしれない。鱗があると大人しいとも聞くが…」
「えっと、こう…ね、相手の顎を狙って、下から打ち上げるといいって。あと、少し加速をつけて、首に当てるの。その訓練のとき、打ち込んでいた丸太が折れて、それで怪我しちゃったの」
「…そういえば、龍の翼に付く筋肉の量は、足に付く筋肉と同等以上だと聞いたことがある」
「えぇ…。怖いこと言うなよ…」
「え?何が怖いの?」
「足ってのは、毎日重たい身体を上に乗せて移動しやなあかん。だから、筋肉も付きやすいし、強くなりやすいらしい。腕の筋肉をいくら鍛えても、足の筋肉には追い付けんってのも聞いたことあるな…」
「それ、ホントなの…?」
「さあな。聞いた話やし」
「えぇ…。でも、すごいよね。翼って、そんなに強いんだ~」
「えへへ。くすぐったいよ、望お姉ちゃん」
望は、リュウの翼を撫でたり広げたりしている。
…自分もちょっと触ってみたい。
翼に手を触れると、リュウはゆっくり広げてくれた。
骨がある上の太い部分は鱗で覆われていて、すごく硬かった。
その下の布みたいなところは、ところどころに傘の骨みたいのがあったけど、他は柔らかくて細かい毛が生えてて、触ると気持ち良かった。
「あ、ここ、鱗が割れてる」
「ここは剥がれてるな。どんな訓練しとるんや…」
「カルアお兄ちゃんも、遙お姉ちゃんに怒られてたの。でも、わたしがやりたいって言ったことなのに…」
「まあ、カルアってやつの監督責任の問題になってくるやろな。子供に厳しい訓練を受けさせて、しかも怪我までさせたら」
「うん…。遙お姉ちゃんも、そんなこと、言ってたの…」
リュウはなんだかしょんぼりして、翼にも元気がなくなって。
「ちょっと、お兄ちゃん…」
「んー…」
「えっと…あ、そうだ。ル、ルウェ。この前、組合に行ったとき、広場で遙さんとカルアさんに会ったよね」
「うん。会ったんだぞ」
「二人ともすごく仲が良さそうだったけど、もしかして結婚とかしてるのかな?」
「ううん…。遙お姉ちゃんとカルアお兄ちゃんはケッコンしてないよ…。でも、五年くらいツキアッテルって桐華お姉ちゃんが言ってた」
「へぇ…。五年…」
「うん。それでね、この前カルアお兄ちゃんの荷物を見たらね、二人の名前が彫ってある小さな刀があったの。桐華お姉ちゃんに見せたら、チギリノショウニンなんだって教えてくれたの」
「ほぅ。契りの証人か。そういえば、紅葉に渡すのを忘れていたな」
「おい…」
「まあ、聖獣の契りの証人なんか、荷物になるだけだからな」
「いや、ちゃんと効果あるやろ!」
「ん?んー、あったような、なかったような…」
「はぁ…。こいつは…」
「ははは。でもまあ、忘れるくらいなんだ。大したことでもないんだろうよ」
「充分、大したことやと思うけどな」
大和が大笑いしてるのを見て、お兄ちゃんは呆れ顔。
…そういえば、チギリノショウニンって、何の役に立つんだったっけ?