65
「ヤマトに戻った方がええんとちゃうん?」
「そうだな…」
「いや、戻ったところで何が変わるわけでもない」
「何ゆうてんねん…。ヤーリェを寝かしとく環境が激変するやろ…」
「む?」
「オレが連れていくよ…。だから、みんなはベラニクに行ってくれ…」
「連れていくゆうても、背負ていくんか?そんなんしてたら夜になるぞ」
「いいんだ…。オレに出来るのはこれくらいしかないから…」
「何言ってるんですか。紅葉さんだけが、ヤーリェの心配をしてるんじゃないんですよ」
「………」
「だから、一人で行くなんて言わないでください」
「…ありがとう」
「明日香、いける?」
「ワゥ!」
「いや、それなら私が行こう。陸路を行くより空路の方が速いからな」
「でも、全員は無理でしょ?」
「そうだな。ヤーリェと紅葉の二人で限界だ」
「ほなら、しゃーないな。オレらは先に進むしかない」
「………」
「納得いかんか?」
「いくよ!いくけど…」
「ヤーリェが心配なのは、みんな同じなの」
「せやけどな…」
まだ目を覚まさないヤーリェのことが心配。
ルトは、もうだいぶ落ち着いたみたいだって言ってたけど…。
「紅葉」
「ああ。頼めるか」
「当たり前だろ」
「え?どうしたんですか?」
「聖獣と契約者ってのは一心同体だからな。例えば、紅葉が見たもの聞いたもの、あるいは、記憶なんかも俺が望めば手に入れることが出来るんだ。逆もまた然り」
「へぇ。じゃあ、私とカイトもお互いに見聞きしたものを共有出来るってこと?」
「そういうことになるな。まあ、あまり使える能力ではないが、こういうときには役立つ」
「伝達係か。…ってことは、お前、オレらに付いてくるんかい」
「そうだ。不満か?」
「いや…」
「ワゥ!」
「明日香がすごく嬉しそうなんだぞ」
「えっ、あ、うん…」
「良かったな。美人の白狼に気に入ってもらえて。いや、美狼か」
「う、五月蝿い!お、俺は別に嬉しくなんか…」
「誰も嬉しいかどうかなんて聞いていないだろうに」
「なっ…!」
「やはりまだまだ青いな、お前は」
「若さに対する僻みか」
「いや。羨ましい。その若さが。まあ、上手くやるんだぞ」
「ワゥ!」
「なんで明日香が返事するのよ…」
「ふふ、お前たちといると、本当に退屈しないな」
「あ、笑ったんだぞ」
「え?」
「いろはお姉ちゃん、ヤーリェが倒れてから笑ってなかったの。でも、今、笑ったの」
「そうか…。笑ってなかったか…」
「笑ってなかったのはみんなだけど、でも、狼の姉さまに一番笑ってほしかったんだぞ」
「そう…だな。一番近くにいる私が笑ってないと、ヤーリェも笑ってくれない。私は、ヤーリェのことを全く考えてなかったのかもしれない」
「ううん。いろはお姉ちゃんは、一所懸命にヤーリェのことを考えてたの。だから、笑ってなかったの。でも、今からは笑顔で待っててあげてほしいの」
「分かった。約束するよ」
そして、狼の姉さまはギュッと抱き締めてくれた。
狼の姉さまは、とても柔らかくて、とても温かくて。
「じゃあな。また会おう。ヤーリェの目が覚めたら、すぐに報せるから」
「報せるといっても、俺が確認を怠ると分からないままだけどな」
「…怠ける気なのか?」
「あ、いや、例えだろ。そんなに睨むなって…」
「ふん」
大和って強そうに見えるのに、明日香とか狼の姉さまには弱いんだぞ。
なんでだろ。
葛葉は、男の人は女の人に弱いものだって言ってたけど。
「話は済んだか?」
「ああ。大和とはな」
「………」
「狼の姉さま、ヤーリェ、ルト。行ってらっしゃい、なんだぞ」
「行ってらっしゃ~い」
「行ってきます」「ああ。また会おう」
「なんや一瞬やったけど、世話になったな」
「いや。こっちこそ世話になった」
「困ったときはお互いさま、ですよ」
「ふふ、そうだな。あと、次会うときには敬語が取れてると良いんだがな」
「うん。努力するよ」
「あ、せや。これ、返しといてくれんか?」
「ん?昨日の弁当箱か」
「ちょっと!お兄ちゃん!」
「いや、いいんだ。これくらいやらせてくれ」
「柚香って子の家やねんけど…。まあ、ヤマトの自警団で一番賑やかな"お姉さん"って聞いて、出てきた人に返してくれたらええわ。その人が柚香の母親やから」
「ふむ。"お姉さん"が重要なのか?」
「まあ…せやな。そう紹介しとかなオレの命が危ない」
「なるほど。そう言っていたということも伝えておこう」
「え?あ、おい!それはやめてくれよ!」
「じゃあな」
ヤーリェをルトの背中に乗せて、続いて狼の姉さまもしっかりとヤーリェを抱きかかえるようにして乗る。
ルトは何回な羽ばたいて地面を蹴り宙に浮かぶと、一瞬だけこっちを見て、そのままヤマトの方へ飛んでいった。
…なんだか、ニヤリと笑ってるようにも見えたんだけど。
「おい!絶対に言うなよ!」
「もう聞こえてないって」
「いや、もうホンマに母さんが怒ったとき知らんやろ!」
「知らないけど、五月蝿いよ」
「あぁもう!余計なこと言わんかったらよかった!」
「いつもそうじゃねぇか、お前は。一言どころか二言三言余計に言って」
「はぁ…。もう十年くらいは逃亡生活を送りたい…」
「何をバカなこと、言ってるのよ!ほら、行くよ!」
望はお兄ちゃんの頭を叩いて引っ張る。
お兄ちゃんはというと、望に引っ張られるまま、ズルズルと引きずられていって。
「ベラニクってどんなところかな?」
「きっと、お茶が美味しい街なの」
「お茶は特産品じゃないけどな。お茶に合うお菓子はたくさんあるはずだ」
「ホント!?」
「ああ」
「じゃあ、早く行くの!」
「あ、おい。転ぶぞ」
「あうっ!」
「はぁ…。言わんこっちゃない…」
「大丈夫?」
「いてて…」
リュウの手を引いて起こしてあげる。
うん、怪我はしてないんだぞ。
「えへへ。じゃあ、行こ!」
「うん!」「ワゥ!」「ああ」
望とお兄ちゃんのあとを追って。
ベラニク…。
楽しみなんだぞ!