6
「………」
「明日香、はやく。のぞみねぇが、いなくなっちゃうよ?」
「私はどこにも行かないから…」
「あっ!あれは?」
「あれがお城。あとで行こうと思ってたんだけど…行ってみる?」
「うん!」
お店の隙間から、大きな建物が見えた。
市場にも大きなお店はいくつかあったけど、比べ物にならないくらい大きな建物。
「ルウェ、ルウェ」
「ん?何?」
「おしろって、すっごくたのしいところなんだよ」
「へぇ。楽しみだな!」
「うん!」
昼ごはんを食べ終わったあと、陽葉もユールオを案内したいと買って出て。
涼姉さまは、ずっと望と自分の傍にいることを約束として、許してくれた。
「明日香、だいじょうぶ?」
「…ワゥ」
「えへへ。よかった」
陽葉の足じゃ望に追い付くのは大変だろうからと、陽葉は明日香に乗せてもらっている。
望が何か笛みたいなのを吹くと、明日香はすぐに来た。
すごく高い音のする不思議な笛だった。
「すみません。城内の見学をしたいんですが」
「はい。お名前と住所をいただけますか?」
「望、ルウェ、それと、狼の明日香。住所不定。あと、陽葉」
「あー、陽葉ちゃんの住所はいいです。はい、これ。入城許可証。名前を書いて持っててください。何回でも使えるんで。望さんと陽葉ちゃんは持ってますよね?」
「はい」「うん」
「はい。じゃあ、行ってらっしゃい。今日、王は不在ですが、衛士長はいますので」
「分かりました」
「お昼ごはんがまだでしたら、厨房で用意しますが…」
「残念。食べてきちゃいました」
「そうですか。まあ、陽葉ちゃんがいるなら、そうでしょうね」
「望、まだ?」
「あぁ、ごめんね」
「では、ごゆるりと」
お城!
どんなのかな?
医療室。
薬の匂いがする部屋。
厨房。
美味しいものがある部屋。
広間。
すごく広い部屋。
そして、衛士長の部屋。
「わぁ~、さすが衛士長ですね。相変わらず、すごく綺麗な部屋~」
「まあね」
「これ、なに?」
「緊急伝令用の笛よ。吹いてみなさい」
「うん」
陽葉は笛をくわえると、思いっきり吹いた。
「あれ?鳴らないよ?」
「え?」
「ふふふ。それはね、音が分からないと聴こえない笛なの。五日も練習したら、誰でも聴こえるようになるけどね」
「そうなのか?」
「うん。望ちゃんも持ってるよね」
「はい」
「陽葉。もう一回、吹いてみて」
「……?うん」
また思いっきり吹く陽葉。
「どうしたの?もしかして、聴こえるとか?」
「…うん」
明日香を呼んだ笛と同じ、甲高いけど優しい音。
温かい音だった。
「これは、望ちゃん並の逸材かもしれないね」
「わ、私はすぐに聴こえるようになったくらいですよ。逸材なんかじゃ…」
「ううん。そんなことないよ。短期採用じゃ勿体無いくらい、よく働いてくれたし」
「望は、ここで働いてたのか?」
「うん。旅費稼ぎのための、短い間だったけど」
「美希の紹介でね。伝令班に入ってもらったんだけど、うちのやつらより断然良い働きだったんだよ。ねぇ、衛士になれとは言わないから、あの時の追加報酬くらいは受け取ってよ」
「そうですね…。また考えておきます」
「じゃあ、もういいよ。ルウェにあげるから」
「え?自分は、何もしてないぞ?」
「ダ、ダメですって!」
「だって、望ちゃんが受け取ってくれないなら、ルウェか陽葉にあげるしかないじゃない」
「陽葉は、おかしがほしい~」
「そうね。厨房に行こっか。ルウェも一緒に」
「うん!」
「あ、え!?待ってくださいよ~!」
衛士長に手を引かれ、厨房へと向かう。
お城の中は入りくんでいて、望や衛士長がいなかったら一生出られないかと思うくらい。
「はい、これ。望に見つからないようにね」
「う、うん…」
角を曲がった瞬間、何かの布を渡される。
…これもお金?
布のお金なんて、初めて見た。
綺麗で複雑な模様が織ってあるのが五枚。
「ほら、早くしまって」
「うん…」
「…ありがとね」
「なんでお礼を言うの?」
「望ちゃんはね、寂しがり屋さんなの。その代わり、友達を作るのが上手いんだけど。でも、旅から旅の生活でしょ?せっかく友達が出来ても、会えるのは短い間だけ。だから、余計に寂しさが積もるの」
「…うん」
「約束してくれる?」
「何を?」
「望ちゃんの寂しさを和らげてあげて。望ちゃんの哀しみを受け止めてあげて。旅の道連れとして、友達として。家族として」
「…もちろんなんだぞ!自分がいれば、泣く子も笑うんだからな!」
「ふふ、そうなの?」
「陽葉も!やくそく、する!」
「そうね。ユールオの家族として。私と一緒にね」
「うん!」
望の寂しさを和らげてあげる。
望の哀しみを受け止めてあげる。
衛士長との約束。
「それと、もうひとつ」
「何?」
「泣きたいときには泣きなさい。どういう決心をしたのかは知らないけど、今のルウェの顔、とっても哀しい顔」
「え…う、嘘…」
「ルウェ、カルセ、ン、マゥ。ヤムル、アクツム、セタン」
「そう。自分に嘘をついちゃダメよ?」
「うん…」
「泣くときは望ちゃんを頼ってあげなさい。それが、さっきの約束を守ることにもなる」
「うん…」
泣きたいときには泣く。
そのときは、望を頼る。
衛士長との約束。
でも、自分、そんなに哀しい顔してたのかな…。
陽葉にも分かるくらい…。
じゃあ、望は…。
「よし、ちょうど到着」
「…どこ行ってたんですか!ていうか、なんで巻くんですか!」
「良いじゃない。この子たちと話がしたかったの」
「私がいちゃダメなんですか?」
「うーん…そうね」
「ダメなんだぞ」「ダメ~」「ワゥ」
「むぅ…。気になるなぁ…。あと、明日香は私と一緒にいたでしょ」
「ふふふ。あ、おやつお願い。陽葉が喜ぶような、とびきりのやつをね」
「はい、了解しました」
もう泣かない。
けど、泣きたいときには泣く。
…どうすれば良いんだ?
どっちの約束も守らないといけないのに…。
どうすれば良いのか分からないよ…。
どうするのでしょうか。
泣いてはいけないのに、泣きたいときには泣く。
答えは見つかるのでしょうか?