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もう一度、ヤマトの方に振り返る。
ずっと歩いてきたと思ったけど、まだすぐそこに見えた。
「大きいよね、ホント」
「うん」
「随分登ってきたと思たんやけどなぁ」
「登ってきたのは登ってきたよね」
「疲れた~」
「しんどくなったら、明日香に乗せてもらいなさいね」
「うん」
「ほんで、お前、名前は?」
「あ、そういえば聞いてなかった」
「リュウなの」
「リュウ…。紅龍とかの龍?」
「いや、"紅蓮の瞳"やろ?」
「うん」
「へぇ、リュウかぁ」
「ほんで、ここまで来ててなんやけど、どこまで付いてくるん?オレらはずっと旅してるんやけど。ヤマトには当分帰らんで。分かっとるんか?」
「うん」
「家の人は?心配するんじゃないの?」
「ベラニクで合流するの。だから、大丈夫なの」
「へ、へぇ…。なんかよく分からないけど…」
「まあええやん」
「ベラニクまで一緒なの?」
「うん」
「じゃあ、いっぱいお話し出来るんだぞ」
「えへへ。そうだね」
頭を撫でてもらって。
嬉しかったから、ギュッと抱き締めた。
「家族で旅してるの?」
「うん。いろんなところに行ってるの」
「ほんで、次はベラニクってわけか」
「うん。たぶん」
「…え?」
「ベラニクのことを言ってたから、ベラニクに行くんだと思うの」
「じゃあ、ベラニクに行っても誰もいない可能性もあるの…?」
「うん」
「えぇっ!は、早く探さないと!」
「いや、もう遅いんとちゃう?」
「なんで!」
「リュウの家族は、もうヤマトにはおらんねんやろ?」
「うん。朝起きたら、起きるのが遅いから放っていくって手紙が置いてあったの」
「な、何それ…。薄情だね…」
「いや、護衛やったら顧客に合わせやなあかんからな。それもありえるんとちゃう?」
「なんで護衛限定なの?それを言うなら、商人だって納期とかあるじゃない」
「これ、見てみいな…」
お兄ちゃんが指したのは、リュウが首から掛けていた名札。
そこには、自分の名札にもある紋章が彫ってあった。
「あっ。旅団天照…?」
「うん」
「じゃあ、家族っていうのも…」
「うん」
「しかし、旅団のことやったらクノに聞いたら一発やねんけどなぁ…」
「もう先に馬車で行っちゃったからね…。しかも、テヌカイ…」
「まあええわ。それより、誰を護衛してたとか分かるか?」
「うん。ルイカミナのトリシマリヤッカイのカイチョウさんだよ」
リュウがそう言うと、望とお兄ちゃんは顔を見合わせて。
「税務取締役会かな?」
「でも、ヤマトに来る理由が分からんやん」
「ユールオに行く途中とか?」
「じゃあ、真逆やぞ」
「あ、でも、国王がルイカミナに行ってるとか、おばさんが言ってたような…」
「すれ違いになって、慌てて戻ってるってことか?」
「さあ…?」
「いや、でも、なんでわざわざヤマトから遠回りしていくねん」
「知らないよ。ホントに何か用事があったのかもしれないし…」
「行けば分かるんじゃないのか?」
「………」
「まあ…ルウェのゆう通りやな」
「そうだね」
「そうとなれば、考えてるだけ無駄や。行こか」
「うん」
「出発進行~」
また山の上を目指して。
ゆっくりと登っていく。
不思議な模様が、胸のあたりで弾けた。
そして、ヨロイを着たお兄ちゃんはニッコリと笑って。
「ご協力、ありがとうございました」
「いえいえ」
「それにしても、狐が犯人だとは思いもしませんでした」
「そうですね」
何か、ギクリという音が聞こえた気がした。
「でも、盗品が戻ってきて良かったです」
「裏に流れてたら大変でしたよね」
「ええ。それに、ラズイン旅団も関係ないと分かって良かったです」
「ん?なんでや」
「いえ、実は私、昔にラズイン旅団に救われたんです」
「ほぅ」
「私、孤児でして、ある孤児院でお世話になってたんです。でも、その孤児院がまた貧乏で、その日その日の食事もままなりませんでした」
「えっ。国や街から援助があるんじゃないですか?」
「ルクレィではそうなんですが、タルカルでは全くないんです」
「タルカル…」
「見えない線を一本越えるだけで、こんなにも違う世界があるなんて、その頃は全く知らなかったんです。タルカルは、とにかく軍備軍備ですからね…」
「ヤゥトの自警団に叩かれてから、だいぶ大人しなったけどな」
「ええ。それで話を戻すと、孤児院の経営がいよいよ倒壊しかけたとき、不死鳥の紋章が描かれた寄付と魅力的な隣国への"招待状"が、置いてあったんです」
「"招待状"ねぇ」
「私にとって、ラズイン旅団は神様のような存在です。今回の泥棒がラズイン旅団じゃなくて、本当に良かった」
「でも、盗賊であることには変わりないんや。その辺、ちゃんと肝に命じとけよ」
「お、お兄ちゃん…!そんなこと…」
「いえ、いいんです。分かっています。助けてもらったからこそ分かります」
「…ああ。そうかもな」
お兄ちゃんは、どこか寂しげだった。
…なんでだろ?
なんだか、お兄ちゃんとヨロイを着たお兄ちゃんは、全然違うのに似ている気がした。
「昔話に付き合わせてすみませんでした」
「いえ。興味深いお話でしたよ」
「そう言っていただけるとありがたいです」
「ほなら、またな」
「ええ。またご縁があれば」
「ヨロイのお兄ちゃん、またね」
「はい。また今度」
手袋を外して頭を撫でてくれた。
ゴツゴツのゴワゴワだったけど、今はそれが気持ち良かった。