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「王手」
「ん?んー…」
「詰みだね」
「はぁ…。強いな、お前ら。全然勝てんわ」
「二人とも、面白い指し方をするんだね」
「おもろすぎて、オレには先が読めんわ」
「修行不足なんじゃないですか?」
「そうかもしれんな」
(クーも!クーもやりたい!)
「お前には無理とちゃうか?」
(むぅ…。そんなことないもん!)
「こんなプニプニの肉球では、指せるもんも指せんやろ」
「そっちですか…。それは代わりにやってあげればいいのではないでしょうか」
「ワゥ」
「え?」
「どないしたんや」
「明日香も指したいって」
「はぁ?ホンマにゆうとるんかいな」
「うん」
「じゃあ、七宝と明日香の対局ですね」
「せやな。どっちが強いかな」
「………」
「え?ホントに言ってるの?」
「なんやねん」
「七宝となら、六枚落ちでもいいって」
(六枚落ち?)
「飛車角金銀落ちのことやな。攻めの駒も守りの駒もない状態やな」
(ふぅん。じゃあ、やろうよ!)
「ナメられてるってことやぞ…。もっと悔しがったりしてみたらどないやねん…」
(なんで?)
「…もうええわ。ほなら、ホンマに六枚落ちでええんやな?」
「ワゥ」
「んじゃ、始めよか」
七宝と明日香の戦い。
六枚落ちで、ホントに勝てるのかな?
望が駒を動かす。
七宝は、ますます頭を抱えて。
(んー…。えっと…)
「もうあかんな」
(うぅ…)
「ワゥ」
(もう!強いよ、明日香は!)
「そこ、怒るとこかいな…」
(だって、駒、全部取っていくんだもん!)
「それは七宝の守りが穴だらけやからやろ」
(そんなの、分からないもん…)
「分からない、では逃げられんぞ。分からんなら分からんなりに、理解しようと努めることが大事やねんから」
(むぅ…)
「ワゥ」
「もっと手応えのある勝負をしたいんだって」
「それなら、ルウェさまかヤーリェさまでしょうね」
「私にも活躍の場を与えてほしいものだ」
「あ。カイトも将棋出来るの?」
「少なくとも、そこの若造よりはな」
「ワゥ」
「ふふふ。威勢だけは良いようだな」
「………」
「あ、うん。分かった」
「何?」
「カイトをコテンパンにするから、早く駒を並べてくれって」
「返り討ちにしてやろう」
「では、カイトの駒は私が動かすことにしましょう」
「む。すまないな」
「いえいえ」
そして、また準備が完了して。
先手は明日香だった。
「それにしても懐かしいな。昔は大和とよく将棋を打ったものだ」
「大和とねぇ」
「大和は強かった。いや、今も強いんだが。とにかく、大和に勝ったことはなかった」
「ほぅ。狼と不死鳥が将棋やってる絵って、なんやおもろいな」
「今この状況にそっくりだ。まあ、大和は白ではなく銀だが」
「ワゥ」
「む?あぁ、すまない。角道を開けてくれ」
「はい」
「あぁ、そっちではなくて左側だ」
「え?あ、はい」
「カイトも変わった打ち方をするんだね」
「常識に囚われないことも大切なことだ」
「まあ、そうだけどね」
「どうだ、柚香。面白いか?」
「うん」
「それは良かった」
「ワゥ」
「ここ?」
「………」
「うん。じゃあ、カイトの番だよ」
「ああ。ふむ、そうだな…」
駒をジッと見ながら考える。
二人とも、すごく真剣なんだぞ。
明日香の番になって、もう十分くらい経つのかな。
明日香は、石みたいにピクリとも動かない。
「どうした。指さないのか」
「………」
「ふむ」
「………」
(ふぁ…あふぅ)
「なんや、眠いんか?」
(だって、全然進まないもん…)
「明日香もたいがい負けず嫌いみたいやからな」
「諦めなよ。もう無理だって」
「………」
「はぁ…」
「気の済むまで考えればいい。時間制限を付けなかったからな」
「………」
「お兄ちゃん…」
「ん?起きたのか、千早」
「んー…」
「どうしたんだ?」
「夕飯…まだ…?」
「まだだ」
「むぅ…」
「まだだけど、昼寝もその辺にしておけ。夜に寝られなくなるぞ」
「でも眠い…」
「ダメだ。ほら、こっちに来いよ」
「うん…」
千早はクノお兄ちゃんの膝の上に座って。
クノお兄ちゃんが角を撫でると、気持ち良さそうに喉を鳴らしていた。
「…ワゥ」
「む。そうか」
「やっと認めたね」
「………」
「もう、不貞腐れないの」
「………」
そのまま、明日香は部屋の隅で丸まって眠ってしまった。
…相当悔しかったのかな。
「千早」
「……!な、何…?」
「そんなに驚くこともなかろう」
「だって…」
「少し聞きたいことがあるのだが。いいか?」
「う、うん…」
「その目はいつからなんだ」
「……?」
「いつから病が見えるようになったのだ?」
「いつからって…最初からだよ…」
「ふむ、なるほど。先天的なものなのか。親はどうだ。病が見える目を持っているのか?」
「うん…。お母さんがそうだって…」
「ほぅ。遺伝か」
「ねぇ、何なの…?」
「む?いや、個人的な興味だ」
「………」
「何か言いたげだな。遠慮せずに言うといい」
「…なんで、そんなに大きいの?」
「不死鳥の中では、私は小さい方なのだがな。それに、なんでと聞かれても、そういうものだからとしか答えられない。まあ、千早もすぐに大きくなる」
「ホント?」
「ああ。クノを乗せて飛び回れるくらいにはなるだろう」
「えっ。こんなちっちゃいのに、そんなに大きくなるの?」
「クルクスというのはそんなものだ。小さくても明日香くらいにはなる。しかも、その強靭な足は一日中走っても疲れないそうだ」
「へぇ~。千早が大人になったときが楽しみだなぁ」
「そうだな」
「手間が掛かるのは変わらないでしょうけどね」
「満更でもないんやろ?」
「ふふ、そうですね」
千早は、クノお兄ちゃんに頭を撫でて貰って、嬉しそうに翼をパタパタさせている。
このちっちゃな千早が、クノお兄ちゃんを乗せて飛び回れるくらいに大きくなるのかぁ。
それは確かに楽しみなんだぞ。