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馬車は、広場の奥側にあった建物の前で止まった。
その建物は、他のとは少し違ってて、なんだかお侍さんが住んでそうなお屋敷だった。
「あぁ、クーア旅団御一行さまですね。お待ちしておりました。さあ、こちらへどうぞ」
「やっと着いたぁ」
「わぁ、武家屋敷みたいだね」
「はい。この旅館は、ここに住んでいらしたお侍さまの屋敷を、村の発展のためにと賜り、改修したものですので。あ、どうぞ、お荷物はこちらの台車へ。お部屋は三つご用意させていただいております」
「何人部屋かしら」
「あ、すみません。三人部屋というのがありませんので、クーア旅団さまの方が二名さまと、他六名さまと伺っておりましたのですが、二人部屋をひとつと、四人部屋を二つ、ご用意させていただきました」
「じゃあ、二人部屋はタルニアさんとクノさんですね」
「あら、私たちはどこでもいいのよ」
「…そんなことより、今はやることがあるだろう」
「そうだったわね。お聞きしたいのだけど、伝書鷹はこっちに来てないかしら」
「はい。クーア旅団さまの紋章を付けた鷹が村に迷い込んでいましたので、保護いたしております。このあたりは、磁気が乱れていますから」
「そう。それと、別の鳥は来てないかしら」
「伝書鷹でしょうか」
「いえ、来てないのならいいのよ。じゃあ、部屋に案内してもらえるかしら」
「はい。では、こちらです」
荷物を乗せた台車を押して、旅館の人が先に行く。
馬車は、クノお兄ちゃんがどこかへ停めにいくみたいだった。
…でも、あの鳥は来てないのかな。
来てたら、騒ぎになっててもおかしくないんだけど…。
「雰囲気いいね、この旅館」
「うん。村の方も、いいかんじだったし」
「ありがとうございます。今回の村起こしで、もっと開放的になることを目指し、村人全員で道を整備したり、企画をしたりして。そのときに主導していただいたお侍さまが、この屋敷に住んでおられた方なのですが」
「今はどこにいるんですか?」
「はい。今は下町の方で、村人と共に暮らしておられます」
「へぇ、なんかすごい人だネ。芳佐とは違っテ」
「えぇ…。それはどうなのよ…」
「北上さまには感謝してもしきれません。この村の災厄まで断ち切っていただき…」
「災厄?何かあったんですか?」
「あっ、い、いえ、今は大丈夫ですので…」
「口走っておいて隠すのはよくないわ。そんなことをすれば、この村に対する印象を損ないかねない。今は大丈夫なら、話してくれてもいいのではなくて?」
「す、すみません…。ごもっともです…。この村は、北上さまが来られるまで、妖怪に脅かされていたのです…。田畑は荒らされ、飼っている動物や、人間にまで危害を加えられて…」
「えぇ…。どんな妖怪だったんですか?」
「鼬や貂のようだったという者もいますし、狐や狸のようだという者も、あるいは、人間の姿だったという者もいまして…」
「…姿を自在に変えられる妖怪か、多数の動物を配下に引き入れる妖怪だろうな。本当に妖怪なら、の話だが」
「えっ、すみません、もう一度お願い出来ますでしょうか」
「い、いえ、すみません。この子、独り言が多くて…」
「そ、そうですか」
「すみません、続きをお願いします」
「はい。耐えかねた私たちは、あるとき、村の猟師を集めて討伐隊を結成し、妖怪を討伐しに出たのです。どこからくるかは、だいたい分かっていましたから、巣穴もすぐに見付けられました。しかし、結果は空しく、猟犬も猟師も、無事な者は誰一人としていませんでした。それでも、成果はあったのです。妖怪の正体は、どうやら山猫が化け猫になったもののようだったと、猟師たちが言っていたのです」
「化け猫?」
「はい。そして、どうしようもなく、頭を抱えていたときに、北上さまがいらしたんです」
「なんでこんなところに来たの?」
「諸国漫遊の旅の途中で立ち寄った、とのことです。お侍さまなら、なんとかしてくれるのではと、藁にも縋る思いでお願いしましたところ、快諾していただきまして。この村にお留まりいただき、数回に渡る激戦の末、見事化け猫を討ち取ったと報告がありまして。それで、村は救われたのです」
「この武家屋敷は、いつ建てたの?」
「妖怪をご討伐していただいたあと、この村には悪い気が溜まっているから、ああいう妖怪が寄ってくるのだと仰って、村起こしを提案していただき、軌道に乗るまでは村に留まると仰っていただきましたので、ここを拠点にと、村人全員で造り上げた次第です」
「えぇ、武家屋敷なんて、簡単に建てられるものでもないでしょ…」
「この村には、代々大工をやっている家がありまして。掘っ立て小屋から寝殿造まで、なんでもござれということです」
「へぇ、すごい大工さんなんですね…」
「ありがとうございます。あっ、お部屋はこちらです。水仙、菖蒲、それから、向かいの蓮華となっております」
「あはは、蓮華だって」
「ナナヤ…」
「水仙と菖蒲が四人部屋、蓮華が二人部屋でございます。お荷物はいかがいたしましょうか」
「とりあえず、蓮華に入れておいてもらえるかしら。部屋割りを考えたいから」
「畏まりました。…では、ご用の際はいつでもお申し付けください。ごゆっくり、おくつろぎくださいませ」
「はい、ご苦労さま」
「失礼いたします」
旅館の人は、深々とお辞儀をすると、そのまま奥へと行ってしまって。
それを見送ってから、みんなで顔を見合わせて。
「私はルウェとサーニャの二人と同じ部屋ならいい。勝手に決めておいてくれ。少し気になることがあるから、調べてくる」
「えぇ?さっきの妖怪話?」
「…ああ。北上とかいう者が気になる」
「北上って苗字だよね。名前はなんて言うんだろ」
「ふん。…名前があればいいな」
「えっ、どういうこと?」
「それを調べにいくんだ」
「自分も一緒に行きたいんだぞ」
「わ、私も…」
「えぇー。まあ、じゃあ、澪とルウェとサーニャは同じ部屋ってことで、あとはどうする?」
「………」
澪がさっさと行っちゃうから、自分とサーニャも慌ててついていって。
なぜか、明日香もついてきたけど。
「ねぇ、気になるって、何が気になるの?」
「妖怪のこと、北上という者のこと。とりあえず、その二つだ」
「どう気になるの?」
「化け猫…猫又という妖怪は、基本的には下級から中級の妖怪で、変化の術もそこそこ得意だ。しかし、猟犬や猟師が対処出来ないというほど、強力な妖怪ではない。普通の猫が、歳を取って少し賢くなった程度だからな。しかし、稀に上級妖怪並か、それ以上の猫又が出てくることもある。そういう場合、普通の人間なんかではとても対処出来ない。出来るとすれば、妖怪並の妖力を持ち合わせた人間か、さらに高位の妖怪くらいのものだ」
「ふぅん…?じゃあ、北上っていう人は、人間じゃないかもってこと?」
「その可能性はある」
なんだかよく分からないけど、それでなんで澪が調べることがあるんだろ。
妖怪だとしても、村のために働いてくれてる、澪みたいな優しい妖怪なんじゃないのかな。
…あんまり、喧嘩とかはしてほしくないな。
いい人だといいんだけど…。




