535
「今度から、花札とか持ってきておかないとだねー」
「馬車ならともかく、徒歩のときは邪魔になるだけでしょ」
「花札くらい、別に邪魔じゃないと思うけど」
「だいたい、そういうのは、必要なものを買い揃えてからでしょ」
「必要なものがあるのかしら」
「あ、えっと、壊れた食器の補填と、護身用の武器を何かひとつくらいと思ってたんですが」
「護身用の武器は、何を買おうとしていたのかしら」
「警棒が、いちおう話には出てたんですが」
「警棒ねぇ。まあ、伸縮式なら邪魔にはならないでしょうけど。でも、相手の骨を砕くくらいの覚悟で殴れるかしら?」
「えっ?」
「護身用とはいえ、武器だから。警棒で相手を本気で殴れば、足の骨だって折れるのよ。でも、無慈悲に再起不能にするくらいの覚悟で攻撃しないと、こちらに危険が及ぶわ。天照の桐華って知ってると思うけど、あののほほんとした桐華でさえ、仕事のときに病院送りにした賊は数えきれないほどいるのよ」
「私も、前まで盗賊をやってたから分かるけど、こっちは相手を殺してでも略奪しようとしてるんだ。だから、相手もこっちを殺す気で反撃してくる。手加減なんてしようものなら、自分が大怪我したり、死んだりしちゃうんだよ」
「そうね。武器を持つ…あるいは、持たなくても、相手を傷付けるというのは、常にそういう覚悟が必要なの。だから、私は、あなたたちに武器は使ってほしくない。でも、襲われたら襲われっぱなしでいろとも言わないわ。今から中途半端な覚悟をするより、最初から覚悟をしてる強い味方がいるんだから、その味方に頼ればいいと思うの」
「味方…」
「そう。一番近くに、澪ちゃんと明日香ちゃんがいるでしょ?それに、聖獣たち。常にはいないかもしれないけれど、私たちクーア旅団を始め、天照やユンディナも、あなたたちを全力で守るわ。…だから、警棒なんて物騒なものは持ってほしくないのよ」
「でも…」
「私や明日香では不満か?」
「不満…じゃ、ないけど…」
「人を傷付けるための道具なんて、持たないのが一番なんだよ。今のこのご時世に甘いって言われるかもしれないけど、頼れる味方がいっぱいいるんだから。だから、甘えてもいいんじゃないかなって思うんだよ。私は、最初からそう言ってたはずだよ」
「………」
望は、複雑な顔をして俯いてしまった。
武器なんて、持たないのが一番いいことだっていうのは、望も分かってる。
でも、前に一回、怖い思いをしたから…。
ラズイン旅団と初めて会う少し前に。
ここにいる中では、明日香と自分と、あと、タルニアお姉ちゃん以外は知らないことだけど。
…だからなのかな。
「…タルニアさま、失礼いたします。イボクたちが、妙な気配を感じると言っています」
「妙な気配?具体的には?」
「この世界のものとも、聖獣とも、影ともつかない気配だ」
「澪ちゃんも気付いてたのかしら?」
「朝からずっとついてきてはいたが、危害を加えようとするようなものではなかったから、報告するほどでもないと判断した。しかし、今、急激に近付いてきているな」
「そういうのはすぐに報告するものよ。たとえ、危険がないにしても」
「そうか。次からはそうしよう」
「えぇ…。また厄介事?正直、早く宿に入りたいんだけど…」
「ナナヤお姉ちゃん、そんな暢気なこと、言ってる場合じゃないと思うの」
「どうしますか。速度を上げますか」
「速度を上げて振り切れるようなものでもない。しかし、今も殺気のようなものは感じないから、このまま普通に応対した方がいいだろうな」
「そう。じゃあ、クノ、そういうことだから、このまま走り続けてちょうだい」
「はい」
「心持ち、速くね」
「畏まりました」
「ナナヤお姉ちゃん…」
「ンー…。何か事件でもあったノ…?」
「これからあるのよ。でも、そんなに心配はないみたいだから、ゆっくりしててもいいわよ」
「フゥン。でも、なんだか面白そうだから起きてるヨ」
「到着が遅れるかもしれないから、全然面白くないよ…」
「来るぞ」
「へぇ、速いのね」
「前方に着地しました。止まります」
「えぇー…」
馬車はゆっくりと速度を落として、そのまま止まった。
前の小窓から見てみると、馬たちのさらに前に何かがいて。
…鳥みたいだった。
カイトと同じくらい大きな。
「どうしますか」
「迂回するわけにもいかないみたいだし、まあ、向こうがどう出るか、待ちましょう」
「えぇ…」
「そうじゃなければ、道が狭いから、正面突破するしかないわよ」
「それもイヤだなぁ…。だいたい、あれ、何なの?」
「鳥ね、見たところ。猛禽類かしら」
「きっと、普通の鳥じゃないんだよ…」
「そうねぇ」
「…私が見てこようか」
「お願い出来るかしら。何があるか分からないし」
「ああ」
「こっちは大丈夫よ。如月を呼んでおくから」
「そうか」
「気を付けて」
「分かっている」
澪は馬車を降りて、そのまま鳥の方に向かっていった。
よく分からないけど、何か事情がありそう。
前の小窓から、様子を見てみる。
「見たら呪われるかもしれないよ…」
「不穏なことを言わないでよ、ナナヤ…」
「大丈夫だと思うんだぞ、たぶん」
「私はやめとくよ…」
「でも、何なんだろね、あの鳥」
「鷹や鷲といったところね、見た目は。肉食なのかしら」
「ただならぬ雰囲気は感じます」
「あら、如月。早かったのね」
「タルニアさまのご用命とあらば」
「まあ、害はなさそうなのよねぇ。あの子、顔は怖いけど」
「どのような者が、どういう形で危害を及ぼすかは分かりませぬ。用心するに、越したことはないのですよ」
「それはそうだけど」
「タルニアさま。終わったようです」
「そう。澪ちゃん待ちね」
澪は、鳥のところから離れて、こっちに戻ってくる。
御者台に乗ると、小窓から話し掛けてきて。
「ご指名はサーニャだ。姫さまと呼んでいたが、心当たりはないか」
「姫さま…?」
「姫さまなんて、一度でいいから言われてみたいネ」
「ナディアじゃ無理なの」
「エェー」
「とりあえず、村で待つように言っておいた。先を急ごう」
「そうね。そういうことなら」
いつの間にか鳥はいなくなってて、道が開けていた。
澪がこっちに戻ってきてすぐに、馬車はまた動き始めて。
「少し飛ばしましょうか。みんなの体力は大丈夫?」
「…はい。大丈夫だそうです」
「やった!早く着くんだね!」
「いいえ。今ので少し時間を喰っちゃったから、予定通りといったところよ」
「なぁんだ…」
「でも、あまりグズグズもしてられないわ。村にも無断で、そう長い間、あの子を待たせてはおけないから」
「まあ、あんなのが来たら、普通ビックリしますもんね…」
「そういうこと」
あの鳥なら、すぐにでも村に着いちゃうんじゃないかな。
長く待たせると、あの鳥にも悪いし。
…サーニャを呼んでたってのも気になるけど。
それは、またあとで、なんだぞ。




