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「今度から、花札とか持ってきておかないとだねー」

「馬車ならともかく、徒歩のときは邪魔になるだけでしょ」

「花札くらい、別に邪魔じゃないと思うけど」

「だいたい、そういうのは、必要なものを買い揃えてからでしょ」

「必要なものがあるのかしら」

「あ、えっと、壊れた食器の補填と、護身用の武器を何かひとつくらいと思ってたんですが」

「護身用の武器は、何を買おうとしていたのかしら」

「警棒が、いちおう話には出てたんですが」

「警棒ねぇ。まあ、伸縮式なら邪魔にはならないでしょうけど。でも、相手の骨を砕くくらいの覚悟で殴れるかしら?」

「えっ?」

「護身用とはいえ、武器だから。警棒で相手を本気で殴れば、足の骨だって折れるのよ。でも、無慈悲に再起不能にするくらいの覚悟で攻撃しないと、こちらに危険が及ぶわ。天照の桐華って知ってると思うけど、あののほほんとした桐華でさえ、仕事のときに病院送りにした賊は数えきれないほどいるのよ」

「私も、前まで盗賊をやってたから分かるけど、こっちは相手を殺してでも略奪しようとしてるんだ。だから、相手もこっちを殺す気で反撃してくる。手加減なんてしようものなら、自分が大怪我したり、死んだりしちゃうんだよ」

「そうね。武器を持つ…あるいは、持たなくても、相手を傷付けるというのは、常にそういう覚悟が必要なの。だから、私は、あなたたちに武器は使ってほしくない。でも、襲われたら襲われっぱなしでいろとも言わないわ。今から中途半端な覚悟をするより、最初から覚悟をしてる強い味方がいるんだから、その味方に頼ればいいと思うの」

「味方…」

「そう。一番近くに、澪ちゃんと明日香ちゃんがいるでしょ?それに、聖獣たち。常にはいないかもしれないけれど、私たちクーア旅団を始め、天照やユンディナも、あなたたちを全力で守るわ。…だから、警棒なんて物騒なものは持ってほしくないのよ」

「でも…」

「私や明日香では不満か?」

「不満…じゃ、ないけど…」

「人を傷付けるための道具なんて、持たないのが一番なんだよ。今のこのご時世に甘いって言われるかもしれないけど、頼れる味方がいっぱいいるんだから。だから、甘えてもいいんじゃないかなって思うんだよ。私は、最初からそう言ってたはずだよ」

「………」


望は、複雑な顔をして俯いてしまった。

武器なんて、持たないのが一番いいことだっていうのは、望も分かってる。

でも、前に一回、怖い思いをしたから…。

ラズイン旅団と初めて会う少し前に。

ここにいる中では、明日香と自分と、あと、タルニアお姉ちゃん以外は知らないことだけど。

…だからなのかな。


「…タルニアさま、失礼いたします。イボクたちが、妙な気配を感じると言っています」

「妙な気配?具体的には?」

「この世界のものとも、聖獣とも、影ともつかない気配だ」

「澪ちゃんも気付いてたのかしら?」

「朝からずっとついてきてはいたが、危害を加えようとするようなものではなかったから、報告するほどでもないと判断した。しかし、今、急激に近付いてきているな」

「そういうのはすぐに報告するものよ。たとえ、危険がないにしても」

「そうか。次からはそうしよう」

「えぇ…。また厄介事?正直、早く宿に入りたいんだけど…」

「ナナヤお姉ちゃん、そんな暢気なこと、言ってる場合じゃないと思うの」

「どうしますか。速度を上げますか」

「速度を上げて振り切れるようなものでもない。しかし、今も殺気のようなものは感じないから、このまま普通に応対した方がいいだろうな」

「そう。じゃあ、クノ、そういうことだから、このまま走り続けてちょうだい」

「はい」

「心持ち、速くね」

「畏まりました」

「ナナヤお姉ちゃん…」

「ンー…。何か事件でもあったノ…?」

「これからあるのよ。でも、そんなに心配はないみたいだから、ゆっくりしててもいいわよ」

「フゥン。でも、なんだか面白そうだから起きてるヨ」

「到着が遅れるかもしれないから、全然面白くないよ…」

「来るぞ」

「へぇ、速いのね」

「前方に着地しました。止まります」

「えぇー…」


馬車はゆっくりと速度を落として、そのまま止まった。

前の小窓から見てみると、馬たちのさらに前に何かがいて。

…鳥みたいだった。

カイトと同じくらい大きな。


「どうしますか」

「迂回するわけにもいかないみたいだし、まあ、向こうがどう出るか、待ちましょう」

「えぇ…」

「そうじゃなければ、道が狭いから、正面突破するしかないわよ」

「それもイヤだなぁ…。だいたい、あれ、何なの?」

「鳥ね、見たところ。猛禽類かしら」

「きっと、普通の鳥じゃないんだよ…」

「そうねぇ」

「…私が見てこようか」

「お願い出来るかしら。何があるか分からないし」

「ああ」

「こっちは大丈夫よ。如月を呼んでおくから」

「そうか」

「気を付けて」

「分かっている」


澪は馬車を降りて、そのまま鳥の方に向かっていった。

よく分からないけど、何か事情がありそう。

前の小窓から、様子を見てみる。


「見たら呪われるかもしれないよ…」

「不穏なことを言わないでよ、ナナヤ…」

「大丈夫だと思うんだぞ、たぶん」

「私はやめとくよ…」

「でも、何なんだろね、あの鳥」

「鷹や鷲といったところね、見た目は。肉食なのかしら」

「ただならぬ雰囲気は感じます」

「あら、如月。早かったのね」

「タルニアさまのご用命とあらば」

「まあ、害はなさそうなのよねぇ。あの子、顔は怖いけど」

「どのような者が、どういう形で危害を及ぼすかは分かりませぬ。用心するに、越したことはないのですよ」

「それはそうだけど」

「タルニアさま。終わったようです」

「そう。澪ちゃん待ちね」


澪は、鳥のところから離れて、こっちに戻ってくる。

御者台に乗ると、小窓から話し掛けてきて。


「ご指名はサーニャだ。姫さまと呼んでいたが、心当たりはないか」

「姫さま…?」

「姫さまなんて、一度でいいから言われてみたいネ」

「ナディアじゃ無理なの」

「エェー」

「とりあえず、村で待つように言っておいた。先を急ごう」

「そうね。そういうことなら」


いつの間にか鳥はいなくなってて、道が開けていた。

澪がこっちに戻ってきてすぐに、馬車はまた動き始めて。


「少し飛ばしましょうか。みんなの体力は大丈夫?」

「…はい。大丈夫だそうです」

「やった!早く着くんだね!」

「いいえ。今ので少し時間を喰っちゃったから、予定通りといったところよ」

「なぁんだ…」

「でも、あまりグズグズもしてられないわ。村にも無断で、そう長い間、あの子を待たせてはおけないから」

「まあ、あんなのが来たら、普通ビックリしますもんね…」

「そういうこと」


あの鳥なら、すぐにでも村に着いちゃうんじゃないかな。

長く待たせると、あの鳥にも悪いし。

…サーニャを呼んでたってのも気になるけど。

それは、またあとで、なんだぞ。

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