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「この馬車って、夜走ってても大丈夫なんですか?」
「問題ないわよ」
「でも、昨日から走り通しじゃないですか」
「そうね。だけど、この子たちは普通の馬じゃないから」
「えっ?」
「みんな、聖獣よ。如月に紹介してもらったんだけど」
「そうなんですか。道理で」
「普通の馬よりも、馬力も体力も夜間走行能力もずっと高いから助かってるのよ。まあ、この馬車にしか入ってもらってないけど」
「誰かと契約してるんですか?誰かって、タルニアさんとクノさんしかいないですけど…」
「いいえ。でも、仮契約という形で働いてもらってるのよ。土の属性だから、クノに」
「へぇ。でも、そんな六人も契約出来るものなんですか?」
「仮契約は、言ってしまえば、表面にくっついてるだけの状態らしいわ。だから、さすがに限度はあるけど、契約よりもずっと制限も負担も軽いそうよ」
「そうなんですか」
「ええ。あの子たちは、こういう急ぎの用事のときにだけ入ってもらってるの」
「えっ、急ぎだったんですか?」
「まあね。前の仕事が長引いちゃって、今は向こうさんを待たせてる状態なの」
「ご多忙ですね」
「お陰さまでね。でも、遅れたお陰で、あの街の謎も解いちゃったんでしょ?」
「うん。チビを解放出来た」
「あの時祭りはすごかったよね。時蛍が川中に広がってさ」
「チビは時蛍が好きだから」
「時蛍って、出るときに見たあれかしら」
「うん」
「確かに綺麗だったわね。あの街も、あれでますます人気が出ると思うわ。再現性があるのかどうかは分からないけど」
「チビは、自分で時蛍を作ってたみたいなんだぞ」
「そうなの。じゃあ、今度、商談を持ち掛けてみようかしら」
「商売的にもいい場所なの?」
「もともと温泉街だしねぇ。それだけでも、充分価値はあるのだけれど。旅の経験性重視化の話をしたでしょ?ただの温泉っていうだけでは、これからは少し弱くなっちゃうのよ。特徴的なお祭りがあるとか、その地域独自の名産品があるとか、何かそういうものがないとダメになってきちゃうの。お客さんが旅に求めてるのは、いい温泉、快適な宿、美味しいごはん、そして、思い出とお土産なのよ」
「へぇ…。お土産…」
「遅くとも三日後には帰ってくる旅行なら、近所の人とか、職場の人とかにお土産を買って帰って、ご迷惑をお掛けしましたっていうのが一般的になりつつあるわね。一大決心して、家を売り払って旅に出るということもなくなったし」
「いや、そういう旅は、昔でも珍しいと思いますけど…」
「あら、そうかしら。とにかく、噂が噂を呼ぶようなものがなければ、なかなかお客さんを呼び込むのも難しいと思うわ」
「結構厳しいですね…」
「そうね。何の変哲もない近くの温泉より、何か魅力的なものがある遠くの温泉の方が人気も出るのよ。まあ、近くの温泉にも行くんだろうけど、銭湯気分でしょうね」
「へぇ…」
「ということで、時蛍みたいなものがあれば人気も出るだろうし、あそこはこれからね。手を付けるなら、早いうちでないと」
「これから行く村はどうなんですか?」
「たとえば、物珍しさに買ったお酒がとっても美味しくて気に入れば、そこの原産地が多少山奥にあったとしても、ちょっとした機会に旅行に行こうかってなると思わないかしら。山奥なら、普段の喧騒を忘れて、のんびり出来るかもしれないとも思うかもしれないし」
「なるほど…」
「辺鄙なところにある、というのは、これからは関係なくなってくるわ。馬車も通れない山の奥の奥にある、本物の秘村というなら別かもしれないけど」
「そんな秘村が、特産品の売り込みになんて来るんでしょうか…」
「まあ、よっぽど排他的でもなければ、多少は別の村とも交流があるはずだから、そういうところを経由してから来るということも考えられるわ」
「実際にはないんですか?」
「たまにあるのだけど、今時、ほとんど獣道みたいな場所を掻き分け掻き分け、なんて旅は流行らないわ。だから、そういう場所のは丁重にお断りしてるのだけれど」
「あ、意外と冷たいんだ」
「そうね。商売なんてそんなものよ。そういう村は、まずは道を付けるところから始めるの。最低でも、往来に困らない程度に」
「クーア旅団からの出資でですか?」
「私たちも商人だし。せっかく来てくれたお客さんを、手ぶらで帰すわけにもいかないから。ほんの少し、後押ししてあげるだけよ。本気で村起こしをしようっていう気概のあるところなら、それだけで自然と立派になっていくわ。やる気がないのなら、それはそれ。そこまでのお付き合いだったってこと」
「藁でも何でも掴んで、前へ進もうとしない限りは、クーア旅団も手を差し伸べないってことか。まあ、それくらいやらないと、キリがないだろうしねぇ」
「そうね。商売も、慈善事業じゃないんだから」
「どんなに魅力的なものがあっても、やる気がなければ切り捨てるんですか?」
「ええ。魅力的なだけでは、お金にはならないわ」
「なんか、話を聞いてなかったら、守銭奴と話してるみたいだね…」
「商人は、守銭奴くらいでなければ務まらないわ。それだけ厳しい世界なのよ」
「へぇ…」
「まあ、大きくなろうとしたら、の話だけど。小口の商売だけなら、その限りじゃないわ」
「そうなんですか?」
「ええ。でも、そのあたりの話は、また明日にしましょう。今日はもう遅いわ」
「まだ早いよー」
「ほら、サーニャちゃんやルウェちゃんも眠そうにしてるでしょ」
「うーん…」
「さ、あともう少ししたら消灯するから。準備なさい」
「はぁい…」
難しいお話は終わったみたい。
欠伸をすると、澪が頭を撫でてくれた。
…なんだかよく分からない話だったけど、たぶん、面白い話だったのかもしれない。
全然聞いてなかったけど…。
とにかく、今はすごく眠たかった…。




