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「あと何刻くらいで着くの?」

「十二刻は見ておいた方がいいかもしれないわね」

「十二刻って丸一日じゃん…」

「山奥の村だって言ったでしょ。どうしても、かなりの時間が掛かるのよ。向こうに着いたら歓迎を受けるはずだから、それくらい我慢なさいな」

「えぇ…」

「贅沢だよ、ナナヤ。馬車に乗せてもらって、宿にも泊めてもらえるのに」

「そんなこと言っても、退屈なんだもん…」

「大丈夫か、サーニャ、ルウェ。馬車酔いとかしてないか」

「うん」

「してないよ」

「…サーニャとルウェには優しいよね、澪って」

「………」

「ほら。私のことは無視だもん」

「酔っ払いが絡んでるみたいよ、ナナヤちゃん」

「だってぇ…」

「じゃあ、チョッコレイトはどうかしら」

「もういいよ…。そんな高いお菓子、怖くて食べられないよ…」

「あら、そう?サーニャちゃんとルウェちゃんはどうかしら」

「どうする、ルウェ?」

「白いの以外も食べてみたいんだぞ」

「ナディアは、白いのを食べたいナ」

「じゃあ、ルウェちゃんとサーニャちゃんは茶色、ナディアちゃんには白色のやつね」

「うん」

「よく食べるね、一粒二百円もするお菓子なんて…」

「値段なんて関係ないのよ。みんなに美味しいって言ってもらえるなら、これくらい、いくらでも出してあげるわ」

「えぇ…。なんで、ターニャはいろいろと私たちの世話を焼いてくれるの?」

「なんでかしらねぇ」

「他の人はどうなの?」

「どうだったかしら」

「なにそれ…」

「いいのよ、そんなことは。私が、あなたたちのことを大切に思ってるのは本当。それじゃ、不満かしら?」

「不満じゃないけどさぁ…」

「そう。よかった」

「ナナヤ。移動が長いからって、文句ばっかり言わないでよ」

「まあ、馬車に長く乗ってると、だんだん気が滅入ってくるのは分かるわ。窓がないから、外も見えないし」

「そういえば、なんで窓がないんですか?」

「この馬車は、もともとはただの荷馬車だったから。大量の荷物を、短い距離だけ運ぶためのね。倉庫から船に、とかの」

「へぇ…」

「そういう馬車に幌を掛けただけのものだから、こんな荒い作りになっちゃって。貨客馬車は、まだまだ始まったばかりのものだから、専用の馬車とかも少ないの。まあ、今、荷馬車として使ってるものの一部を作り変えるというのが、主流になってくると思うのだけど」

「そうなんですか」

「ええ。でも、それでも、生産が追い付いていない状態よ」

「なんで、お客さんを乗せようと思ったの?」

「そうねぇ。時代の流れは、常に先へ進んでいるわ。かつて上流階級でのみ嗜まれてした旅行は、今や誰にでも親しまれるようになっている。そして、これからは、多少お金を使ってでも、豊かな旅をしようと思う人が増えてくるのよ。そして、徒歩では軽々しく行けなかったような遠隔地へ、短期間で旅行するのが主流になってくる。それが、私の予想よ」

「徒歩での旅は減るんですか?」

「そうね。人々が求めるものは、道中から目的地へ変わるわ」

「えっ?どういうことですか?」

「たとえば、あなたたちの旅は、どこへ行くかは決めてないでしょ?もちろん、次の街、次の街、というのはそうだろうけど。行き先が大事なんじゃない。旅でどういう経験をするのかが大切なの。違う?」

「いえ、その通りだと思います」

「そうね。でも、これからの旅行は、どこへ行って、どういう体験をするかが重要になってくるの。テラシャに行って、そこで何をするのかが重要であって、テラシャまでの道のりなんていうのは、旅行には含まれていない。だから、馬車で行こうが徒歩で行こうが変わりはなく、だったら速いし安全な馬車で行こうということになるの」

「へぇ…。よく考えてますね…」

「でもさ、それじゃつまんなくない?やっぱり、自分の足で歩いて、自分で目的地に到達する方が楽しいよ」

「そういう考え方の人も多いわ。でも、仕事が忙しいのだけど、たまに休みを取ってのんびりしたいという人もいるのよ。時間はないけど、羽休めくらいはしたいという人が。そういう人が、忙しない日常から離れて、どこかへ一泊二日くらいで美味しいものを食べに行こうかとか、日帰りでいい景色を眺めに行こうかとか、いろいろ計画するの。そして、私たちは、その要求に答えていく」

「一泊二日とか日帰りとか、そんなの旅って言うのかな…。結局、時間に縛られてるのは変わらないんじゃないの?」

「そうかもしれないわね。でも、都会の人とかは、結構そういう人が多いのよ。都会と言っても、ユールオやヤマトは、まだまだのんびりしてるけどね。ルイカミナの大商業旅団事務所に勤務してる人なんて、だいたいそうよ。定刻に仕事に入って、あくせく働いて、夜になってやっと、疲れきって家に帰る。毎日それの繰り返し」

「えぇ…。イヤだな、そんな生活…」

「あ、もちろん、私たちクーア旅団の話じゃないわよ。そことは商売敵なのだけれど」

「クーア旅団がそんなだったら、私、絶対に逃げてるし」

「ふふふ。じゃあ、これからも、ナナヤちゃんに逃げられないようにしないとね」

「そうだね」

「ナナヤは別に、クーア旅団のために働いてないじゃない…」

「えぇ、そんなことないよ。ご意見番とか」

「いつ、ご意見番になったのよ」

「今」

「じゃあ、そういうことにしておくわね。またあとで、仕事を持ってくるから」

「あー、やっぱ、今のなしで」

「えぇ…。普通に無責任だからね…」

「私には、やっぱり無理だった」

「何もしてないじゃない…」

「まあ、あなたたちは、好きなようにやっててちょうだい。それが、あなたたちへ、クーア旅団からの仕事よ」

「はーい」

「こんなときだけ、いい返事して…」

「ふふふ」


ナナヤが仕事をしたくないってのは、よく分かったんだぞ。

でも、自分たちの好きなようにって、どういうかんじなんだろ。

よく分からないけど。

いつも通りでいいってことなのかな。

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