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昼になると、馬車は途中の広場に止まって。
そこで昼ごはんみたいだった。
「サーニャは、どうしてあんなところにいたんだ」
「えっと…。分からないです…」
「両親はどこにいるんだ」
「分からないです…」
「住んでいた村とか街は分からないのか?」
「………」
「…サーニャ。何か覚えていることはあるのか?」
「名前と…唄です…」
「えっ、他は?」
「私のお父さんとお母さんは、ウラルの国出身だということくらいかな…」
「そうなんだ…」
「やはりな。サーニャのような子供が、夜中に一人であんな場所にいること自体がおかしなことなんだ。私たちが通る前、サーニャはどこにいたんだ」
「分からないです…」
「えぇ?何の話?」
「ナナヤには関係のない話だ」
「そんなことないでしょ。ねぇ、教えてよ」
「もう、ナナヤ。何してるのよ。遊んでないで、こっちを手伝ってよ」
「遊んでるわけじゃないよ。なんか、三人でヒソヒソと話してるからさぁ。というか、私が駆り出されるなら澪もでしょ、普通」
「じゃあ、澪も手伝って。ナナヤが五月蝿いから」
「…分かった」
「ほら、ナナヤも早く」
「えぇ…」
「澪もって文句言ったのはナナヤでしょ。早く手伝ってよ」
「はいはい…」
澪とナナヤは、そのままお手伝いに行って。
サーニャと二人で取り残されてしまった。
「…どうして覚えてないんだろね」
「分からないけど…」
「そっか」
「でも、覚えてることは、まだもうちょっとあるんだ」
「えっ?」
「私の家。外は山で囲まれてて、冬には雪がいっぱい降るんだ。近くに川があって、夏には川で泳いだりするの」
「へぇ、そうなんだ」
「うん。…どこかにあるのかな」
「なんで?」
「だって、自分がどこの誰かも分からないのに、そんな家があるのかも怪しいし…」
「そんなことないよ。きっとあるよ」
「うん…」
サーニャは寂しそうに頷いて。
何か元気付けてあげたかったけど、上手く言えなかった。
「でも、唄は本当だよ。お母さんに教えてもらったんだ」
「そうなんだ」
「うん。私の一番大好きな唄」
「…あのね、澪が、あの唄を知ってたんだ。澪が作った唄だって」
「えっ、そうなの?」
「うん」
「でも、私はお母さんから教えてもらって、お母さんはおばあちゃんに教えてもらって…」
「澪は、今は人間の姿だけど、もとは龍なんだ。それで、ずっと何年も生きてて。だから、もしかしたら、サーニャのご先祖さまと会ったことがあるのかもしれない」
「そうなんだ…。でも、なんで教えてくれなかったんだろ…」
「澪って、あんまりそういうことは話さないから。ほら、もとから無口だし」
「そういえば、さっきも、名前しか言ってなかったね」
「うん。でも、サーニャのことは気になってたみたい。澪から話し掛けるのって、結構珍しいし。サーニャに話し掛けるのを見てて気付いたんだけど」
「そうなの?」
「うん」
「ふぅん…。性格なのかな」
「そうだと思うよ。いつも怒ってるみたいな顔してるし」
「へぇ…」
「だから、あんまり喋ってくれないからって、嫌いだとか、面倒くさいとか思ってるわけじゃないと思う。そう思ってたら、たぶん、口に出して言うし」
「なんだか、不思議な人だね」
「うん。自分もそう思う」
「そっか。だけど、ルウェとはいっぱい話してたよね」
「えっ?そうかな」
「他のみんなとよりも、いっぱい喋ってたよ。馬車でも、最初は隣同士だったし」
「そうだっけ?」
「うん。私が来てからは、間に入っちゃったけど…」
「それだけ、サーニャのことを気にしてるってことじゃないかな」
「そうかな…。なんか、ずっと、邪魔しちゃったような気がしてて…」
「そんなことないよ。澪も、そんなこと思ってないはずだし。自分は、言われるまで気付いてなかったし…」
「席順は決まってたんじゃないの?」
「決まってないよ。みんなで適当に乗っただけだし」
「そうなんだ」
「うん。だから、気にすることなんてないよ」
「そっか。…ありがと」
「いいんだぞ、そんなの」
澪、いつも自分の横にいてくれてる。
あんまり気にしたことはなかったけど、そう思うと、なんだか嬉しくなった。
「唄のこと、澪に聞いても大丈夫かな」
「大丈夫だと思うんだぞ。たぶん、澪も気になってるはずだし」
「そっか」
「そんな遠慮なんてしなくていいんだぞ。一緒に旅をしてる仲間なんだから」
「うん…。だけど、私は昨日来たばっかりなのに…」
「そんなこと、誰も気にしてないよ。むしろ、距離を取ろうとする方が気になるんじゃないかな。自分も気になるし」
「ごめんなさい…」
「そんな、謝らなくてもいいんだぞ。ね、一緒に旅をしようよ」
「…うん、分かった。一緒に旅を」
「うん」
「でも、うーん…。意識すると、なんか難しいなぁ…」
「意識なんてしなくていいんじゃないかな…」
「でも…」
「おーい、二人とも。もうそろそろごはんだよ。こっちに来なさい」
「はぁい。…普通にしてたらいいと思うんだぞ。そんな、特別に意識しなくても」
「頑張ってみるけど…」
「敬語を使わなくても、だいたい話せるようになったんだし、その調子でいけばいいと思う」
「そ、そうかな。じゃあ、頑張れるかも…」
「うん」
サーニャなら大丈夫だと思う。
それに、急がなくても、ゆっくり慣れていけばいいんだし。
…とりあえず、お昼ごはんなんだぞ。




