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今日は早めに帰って、出発する準備をする。

だいたい片付けてあったから、あとは服を纏めたりするだけで。


「あーあ、王者は澪かぁ」

「ふん。下らない」

「ルウェをどうする気なの?」

「忘れ物はないか、ルウェ」

「うん」

「あっ、無視」

「下らないことを言ってる暇があるなら、さっさと準備を済ませろ」

「えぇー、大切なことじゃん。ところで、次ってどこの街?」

「すぐに話題を逸らせるあたり、大切なことではないな」

「次の街は、もっと大切な話題だからだよ」

「次はどこって言ってたかな。またタルニアさんに聞かないと」

「テラシャって言ってたの」

「あ、そうそう。テラシャだ」

「テラシャ?聞いたことないけど…」

「山奥の村やからね。ここもたいがい山奥かもしれんけど」

「えぇ?そんなところに何かあるの?」

「クーア旅団に特産品の売り込みしたいねんて。クーア旅団と取引出来たら、すごい利益になるしな。山奥の村にとっては村起こしの切っ掛けにもなるし」

「ふぅん。何を売り込むんだろ」

「そこまでは聞いてへんなぁ」

「そっか。でも、どんな村なんだろ」

「うちも行ったことないから分からんなぁ。まあ、分かったら、手紙とかで教えてぇな」

「あっ、エルともお別れなんだっけ」

「せやな。ちょっと寂しいけど。でも、旅してたら、また会えるて」

「…そうだね」

「まあ、何はともあれ、お金もたくさん入ったし、パーッと使いたいんだけど」

「ダメだよ。大切な資金なんだから」

「えぇー。ちょっとくらい、いいじゃん」

「じゃあ、ナナヤだけ、これからは自給自足生活だよ」

「えぇ…。それは嫌だなぁ…」

「嫌なら文句言わないの」

「くっ…。私が財布の紐を握っていれば…」

「あっと言う間に旅が出来なくなるね。旅ってのは、出来るだけ質素に、慎ましやかに生きていかないといけないの」

「楽しみがあってもいいでしょ」

「旅が楽しくないならやめればいいじゃない」

「楽しくないことないけど…」

「ンー?みんな、何してんノ?」

「あ、ナディア」


いつの間にか、ナディアが帰ってきてた。

望とナナヤの顔を見比べて、首を傾げる。


「喧嘩?」

「違うよ。ナナヤが稼いだお金をパーッと使おうとか言うから」

「フゥン。まあ、どうでもいいけド」

「よくないでしょ」

「そんなことより、ターニャが、荷物はもう積んどいてって言ってたヨ」

「えっ、そうなの?」

「出るときに慌てないようにだってサ。ナディアはもう積んできたかラ」

「そうなんだ。じゃあ、みんな、行こっか」

「うん」


荷物がなくなった方が、忘れ物が見つかりやすいかもしれないし。

今日貰ってきた巫女服を鞄に詰め込んで。

持っていこうとすると、澪が代わりに持ってくれた。

…じゃあ、ちょっと楽させてもらおっかな。

ありがと、澪。



神社の拝殿前に戻ってくる。

夕日を斜めに浴びた広場は、いつもよりなんか寂しく見えて。


「あら、ルウェちゃん、澪ちゃん。お帰りなさい」

「ただいま、なんだぞ」

「…長い間、世話になった」

「いいのいいの、そんなの」

「ルウェ!澪!オレ、旅に出ることになったんだ!」

「うん、聞いたよ。よかったね」

「明日からね、フゥと一緒に準備するんだ!」

「そういえば、旅に必要なものって何があるのかしら?」

「いろいろだな。私たちは、携帯用の食器や調理器具も持っているが、まず優先するべきは、安全確実に水を運搬出来る水筒だろうな。食べ物は道中でどうにでもなることが多いし、着替えなんかも優先度は低いだろう。下着だけは四日分くらい持っていた方がいいだろうが」

「へぇ、やっぱり水なんだ」

「水なんて、井戸とか川から汲めばいいんじゃないの?」

「まず、道中に井戸はない。道の駅にならあるかもしれないが、そういう施設がある道はごく僅かだ。川も、どこにでもありそうで、そうそうないものだ。川を見つけたと思っても谷底を流れていたり、道から大きく外れていて危険な藪を掻き分けて進まないと辿り着かない場所にあったりと、飲用として使えるような水は、そうそう得られない。雨水も、おいそれと使えるものではないしな」

「へぇ…。勉強になるわ」

「なんで、雨は使えないの?」

「上空から地上に降り注ぐまでに、どれだけの距離を移動してるんだ。山より高い場所から、途中に浮かんでるゴミや雑菌を含んで落ちてくるんだぞ」

「えぇ…。なんか、そう聞くと、雨に濡れたくなくなるなぁ…」

「濡れるくらいならいいだろうな。洗えば落ちる。身体の中に入ってしまうと、洗うことも出来ない。万一、恐ろしい病原菌が混じってたとしても、どうしようもない」

「そういえば、雪でかき氷なんてやったら最悪だって言うしねぇ」

「雪は凍る際に芯を必要とする。芯となるのは、空気中に浮かんでいる塵なんかだ」

「うぇ…。雪食べたことある…」

「やめた方がいいだろうな」

「まあ、旅の準備に関しては、フゥがいろいろ調べてくれるらしいわ」

「そうか」


今まであんまり考えたことなかったけど、水ってそんなに大事だったんだ。

やっぱり、無駄にしちゃダメだよね。


「あっ、そうだ!それより、母ちゃんに貰ってた本、どんなだったんだ?母ちゃんが、澪に聞けって言うから…」

「冬の大地に帰ることを夢見てた、純粋な心を垣間見た気がしたわ。綺麗で、純真で、哀しかったってところかしら」

「えっ?なんか、よく分かんないんだけど…」

「そんなものよ、詩なんて。自分で読んで、感じてみないと。なかなか、人の感想を聞いてってのは、難しいと思うわ」

「そっか…」

「でも、そんなに量があるわけでもなかったし、すぐに読めると思うわ」

「今ここにないもん…」

「どうしても聞きたいなら、私が暗誦してやるが」

「えっ、覚えてるんだ。さすがね」

「聞かせて聞かせて!」

「はぁ…」


なぜかため息をついてるけど、ちょっと嬉しそうだった。

それから、ゆっくりと唄い始めて。

…この詩は、もともと唄だったのかな。

澪が作った唄?

どっちにしても、綺麗な歌声だった。


「唄だったの?」

「いや、私が付けた唄だ。天華もルウェも三回目だからな」

「ふぅん。こういう楽しみ方もあるのね。それに、澪ちゃん、作曲の才能があるのね」

「………」

「なんか、行ったことないのに、冬の大地が見えた気がした!」

「でしょ?澪ちゃんが好きになったってのも分かるわ」

「うん。素敵な詩だった」

「でも、もう一段階、楽しむ方法があるのよ。ね、澪ちゃん」

「まったく…」


またため息をついてる。

でも、やっぱり嬉しそう。

龍王にちゃんとサーニャのことを話してから、澪はもう一度唄ってくれた。

…うん。

何回聞いても、綺麗だって思える。

不思議なかんじがしたけど、やっぱりこれがこの詩なんだと思った。

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