521
「大丈夫だと思う?」
「今さら不安になってるのか?」
「そうじゃないけど…」
「まあいいじゃない。とりあえず、行ってらっしゃい」
「うん…。行ってきます…」
さっきまですごく元気だった龍王は、今はなんだかすっかり萎れてしまって。
天華さんの見送りにも、なんだか力のないかんじで返事してるし。
…やっぱり、ちゃんと認めてもらえるかどうか、不安だもんね。
シエラ、すごく心配してるみたいだし…。
「はぁ…。しかし、なぜ私もついていかなければならないんだ」
「いいじゃん。澪、暇だったんでしょ?」
「暇ではない。まだ仕事が残っているというのに…」
「自分は、澪と一緒に行けて嬉しいんだぞ」
「………」
「あっ、照れてる」
「照れていない」
「えぇ、照れてるよー」
「照れていない」
「ははは。お前たち、本当に仲がいいな」
「………」
「まあ、無愛想だけど、結構可愛げがあるしね」
「まあ、共に旅をする仲間だしな」
「シエラ…。オレが旅に出るのは、やっぱり不安かな…」
「そりゃ不安は不安だろうけど、だからって龍王も不安になることはないんだ。自信を持って行かないと、余計にシエラを不安にさせるだけだろ?」
「それは…そうかもしれないけど…」
「旅に出たいんだろ?」
「うん…」
「それなら、胸張って行け。大丈夫だ。きっと上手くいく」
「うん…」
龍王がこんなんじゃ、シエラも旅を認められないかもしれないよね。
でも、龍王の気持ちの問題だし…。
どうしたらいいのかな…。
「ルウェが心配することはない」
「でも…」
「あれだけはしゃいでいたんだ。そのときになれば、ちゃんとやれるだろう」
「そうかな…」
「ああ。龍王なら、大丈夫だ」
「なんだ?ルウェと秘め事か?」
「そういうものではない」
「ふぅん。そういえば、澪は、なんでルウェにそんなにベッタリなんだ?」
「ベッタリではない」
「ベッタリだろ」
「ベッタリだね。私から見ても」
「………」
「でも、どちらかと言えば、妹想いのお姉ちゃんみたいだな」
「男だよ、もともとは」
「いや、知ってるけど…」
「女の子の身体で何してるんだろねー。やらしいー」
「………」
「まあ、澪はあんまり興味なさそうだけどな、人間の女には」
「えぇ、じゃあ、ルウェは?」
「それは、ほら。妹みたいなかんじだって言っただろ」
「澪の肩持ってる?」
「いや、なんでそうなるんだよ…」
「だって、男同士じゃない」
「あのな…」
「フゥも、女の子に化けたいって思ってるんじゃないの?」
「思ってたら、そうしているよ…。性別くらい、簡単に変えられるし…」
「えぇー」
「お前は、俺たちに何を望んでるんだよ」
「別に。でも、男って、なんかやらしいじゃない」
「どんな偏見なんだよ…」
「澪は、毎日のように、ルウェをお風呂に連れ込んでるし!」
「一緒に風呂くらい入れさせてやれよ…」
「ルウェに貞操の危機が!」
「テイソー?」
「身の純潔のことだ。処女であることや、配偶者以外との性交渉を持たないこと」
「……?」
「明日香が余計なことを言うから、ルウェが変な言葉を覚えようとしてるぞ」
「うっ…。でも、ルウェの貞操が…」
「強情だな…。だいたい、澪も女の身体なのに、貞操の危機も何もないだろ」
「あるよ!百合とか!」
「お前、なんか余計なことばかり知ってるな…」
「余計なことじゃないもん…。澪だって男なんだから、女の子の身体に興味を持ってもおかしくないでしょ!」
「人の話を聞いてるのか、お前は…。澪は、人間の女に興味を持つようなやつじゃないって」
「むぅ…」
明日香が心配してくれてるのは嬉しいけど、なんかちょっと的外れかな。
そりゃ、身体のこととか、なんかいろいろ教えてもらってるけど…。
でも、澪なら大丈夫だから。
「確かに、人間の女の身体に興味はない。それに、ルウェは守るべき主…いや、トモダチだ。自らの手で穢すわけがないだろう」
「そんなの…。主従関係から始まる恋だってあるでしょ!」
「小説の読みすぎだ」
「うぅ…。でも、澪は、ルウェのことが好きなんでしょ?」
「ああ」
「ルウェに興味があるんでしょ?」
「ある」
「じゃあ、心配だよ…」
「意地を張るな。な、明日香。澪だって、そういう意味で言ってるんじゃないってことは、よく分かってるはずだ」
「………」
「お前も、ルウェのお姉ちゃんとして、ルウェを守ってやりたいと思ってるのはよく分かる。でもな、澪だって、同じ気持ちだ。お前は、それが分からないようなやつじゃないだろ?」
「分かるけど…」
「そういうことだ。旅の仲間同士、冗談でも歪み合ったり、疑うようなことはするな。特に、つまらない意地の張り合いなんてやめろ」
「はぁい…」
明日香も、ふざけることはあっても、そんなことはしないって分かってるけど。
でも、フゥは、ふざけてるって分かってても、やめた方がいいって言ってるんだよね。
…確かに、ほんの少しの取り違えで、本当の喧嘩になることだってあるし。
自分と葛葉も、そういうことで喧嘩したことがあるから、よく分かる。
「ふふふ」
「ん?」
「明日香と澪とルウェ、今、同じ顔してる」
「顔?」
「うん。みんな、真剣に何かを考えてる顔だった」
「そうかな…」
「そうだよ。一緒にいると、そういうところも似てくるんだね」
「えぇ…。やだなぁ…」
「オレとフゥも、みんなみたいになれるかな」
「なれると思うぞ。ただし、お前がちゃんと俺の言うことを聞いて、ちゃんと旅が出来ていたらの話だけどな」
「むぅ…。分かってるよ…。フゥのイジワル!」
「ははは。まあ、俺に似れば、お前も意地悪になるかもな」
「イヤだ!絶対に似ないもん!」
「そうか。楽しみにしてるよ」
「絶対に似ないからね!」
龍王、なんだか元気になったみたい。
澪と明日香のお陰かな。
七転び八起き?
転んでもタダでは起きない?
なんか違うような気もするけど…。
でも、これで、シエラを安心させてあげる準備は整ったと思うんだぞ。




