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「痛みますか?」
「ううん」
「では、ここは?」
「うっ…。ちょっと痛いんだぞ…」
「ふぅむ」
クノお兄ちゃんは、お腹を撫でながら考え込む。
クノお兄ちゃんの手は柔らかくて、気持ち良いんだぞ。
「私は医道の心得がないのでなんとも言い難いですが…」
「あっ」
「どうしました?」
「クノお兄ちゃんの後ろに何かいた」
「ん?あぁ、この子ですか」
クノお兄ちゃんの後ろにいたのは、真っ黒で小さな龍だった。
前へ押しやられると、慌てて陰へ戻ろうとするけど、クノお兄ちゃんは許さなくて。
「千早、ご挨拶は?」
「は、はじめまして!」
「僕に言っても仕方ないだろ」
「だ、だって…」
「すみません。この子、人見知りが激しくて、なかなか挨拶も出来ないんです…」
「千早は聖獣なの?」
「はい。クルクスだと聞いています」
「クルクス?」
「ええ。"遥かな大地"クノの使徒です」
「クノ?」
「私と同じ名前ですね」
「うん」
「お兄ちゃん…。お腹空いた…」
「え。あぁ、そういえば、千早のごはんを忘れてた。今作ってくるから、待ってなさい」
「えぇっ!お兄ちゃんと行くの!」
「料理の邪魔になるから、ここにいてくれないか」
「ヤだもん!」
「じゃあ、もう作らない」
「ヤだもん!お腹空いたもん!」
「どっちかひとつだけだ」
「うぅ…うえぇ…」
「泣いてもダメ」
「ねぇ、千早。一緒に待とうよ」
「うぅ…。でも…」
「自分のこと、嫌い?」
「ううん…」
「じゃあ、一緒にお話して待ってようよ」
「…うん」
「ふふふ。では、私は千早のごはんを作ってきますので。よろしくお願いしますね」
「うん」
そして、クノお兄ちゃんは千早の頭をそっと撫でて部屋を出ていった。
千早はちょっと寂しそうだったけど、こっちに向き直って。
「は、はじめまして!」
「はじめまして」
「ご機嫌麗しゅう!」
「え?」
「い、良いお天気ですね!」
「今日はちょっと曇ってるよ」
「お友達になってください!」
「うん。いいよ」
「お喋りしましょう!」
「もうしてるんだぞ」
「………」
「どうしたの?」
「もうこれ以上教わってない…」
「クノお兄ちゃんに教わったの?」
「うん…」
「千早は教わったことしか喋られないの?」
「そんなことないけど…」
「じゃあ、思ったように話せばいいんだぞ」
「思ったように…」
「うん」
「えっと…えっとね…」
「どうしたの?」
「お名前は…?」
「ルウェなんだぞ」
「ルウェ…」
「うん」
「なんで寝てるの?」
「怪我しちゃって、動くと痛いからなんだぞ」
「なんで怪我したの?」
「こう…闇がバァン!って弾けたの。それで、お腹がギシギシ痛くなって」
「……?」
「ここを触ると痛いの」
「ふぅん」
説明すると、千早はおそるおそる触ってみて。
千早の手は、何かこそばかった。
「痛い?」
「ギュッと押さえたりしなかったら、大丈夫なんだぞ」
「そうなの?」
「うん」
「じゃあ、これは?」
「それはちょっと痛い…」
「ふぅん」
千早はまたお腹を撫で始める。
撫でながら、何か考えてるみたいで。
「一度、裂けた痕がある…。強い衝撃で内臓が破裂したのかな…」
「え?」
「でも、ちゃんと処置がしてある…。それに、傷口も塞がってるし…」
「どうしたの?」
「ルウェは、誰かと契約してるの?」
「うん。悠奈と七宝なんだぞ。ルウェとクーアの」
「えっ。ふたつの属性?」
「……?何が?」
「だって、ルウェは光でクーアは金でしょ?」
「ルウェはいろんな色が混じってるから」
「……!」
「ん?なんや、そいつは」
「可愛いね」
「おかえり~」
「ただいま」
お兄ちゃんと望が、柚香を連れて帰ってきた。
真お姉ちゃんはお仕事かな…。
「ありゃ?クノは?」
「千早のごはんを作りに行ったんだぞ」
「へぇ~。千早っていうんだ」
「……!」
「なんや。ルウェの後ろに隠れて。人見知りか?」
「クノお兄ちゃんが、千早は人見知りが激しいって言ってた」
「ふぅん」
「黄色…。クノお兄ちゃんみたいな、綺麗な黄色だね」
「まあ、クルクスやしな」
「ふぅん」
「あっ…」
「どうしたの?」
「昼の月光病…。夜の月光病も…」
「ん?よう分かったな」
「見えるもん…」
「見える?」
「身体の悪いところが見えるの…」
「ほぅ。興味深いな」
「……!」
空気が膨らんで、カイトが現れた。
千早はびっくりして縮こまってしまって。
「驚くこともないだろう」
「いや、普通びっくりするから」
「昨日、ルトを呼んでやったではないか。あれで棒引きにしてくれ」
「あ、そういえば、ヤーリェはどこに行ったの?」
「厠に行ったんだぞ」
「ふぅん」
お腹が痛いのかな。
ちょっと長い気もするんだぞ。
「お待たせ、千早。って、何かちょっと狭いですね…」
「お兄ちゃん!」
「明日香、ごはんだよ~」
「あ、ヤーリェ。どこに行ってたの?」
「厠と台所だよ」
「台所?なんでなん?」
「良い匂いがしたから」
「さよか…」
「はい、明日香。どうぞ」
「ワゥ」
「千早も」
「わぁ~。いただきます!」
千早用の小さな皿に盛り付けられたごはんは、とても美味しそうで。
お腹の虫も鳴き出しそうだった。