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「いいですよ。続けてください」
「ちょっと恥ずかしいな…。昨日、適当に考えただけの話だよ?」
「何も考えず逃げてばかりで、作家と名乗っているくせに小説も書こうとしない人もいます。まだ始めたばかりとはいえ、これだけスラスラと出てくる方も珍しいですよ」
「今、適当に継ぎ足してるだけだよ…」
「それでもいいです。さあ、次の動きにいってみましょう」
「うぅ…」
ツクシは、昨日からずっとこんな調子みたい。
なんだか大変そうだけど、でも、ツクシ自身も楽しんでるようにに思うんだぞ。
…やってることはよく分からないけど。
大きく広げた地図に碁石を置いて、いろいろ動かしてる。
「日向。ツクシはどんな話を書いてるの?」
「聞いてない?空兵隊っていう空を飛ぶ兵隊さんが、謎の敵と戦うって話だよ」
「ふぅん…」
「骨組みと設定だけ見させてもらったけど、なかなか面白くなりそう」
「そうなんだ」
「うん」
「…そこは少し設定と違いますね」
「えっ、そうだっけ?」
「はい。六十七式自動機関砲の射程はもっと短いです。三十八式狙撃機関砲ならば、適正距離となりますが」
「じゃあ、ダメだ。ルーデは、チマチマ狙撃するような人じゃないから。数撃ちゃ当たるが信条だし。…他に矛盾しない人はいる?」
「この場面では、主人公かアナスタシア中尉が適切ですが」
「うーん…。アーニャか…。じゃあ、敵との距離を縮めることは?」
「ブリュンヒルデ少佐が速度狂であるということを利用すれば可能ですが、敵陣の真ん中で孤立することになりますので、今後の展開に大きな影響を与える可能性があります」
「あ、ちょうどいいじゃない。そっち路線で、変更してもらえる?」
「はい、了承いたしました」
「…ね、なんかサマになってるでしょ?」
「うん」
セカムといろいろ話し合いながら物語を作り上げていく様子は、本物の作家さんみたいで。
本物の作家さんなんて、見たことないけど…。
でも、すごく一所懸命なのは分かる。
「近付けました」
「その辺の敵の種類は?」
「射程距離内には目標も合わせて中型三機、射程距離外かつ隊員の援護不能距離に小型五機、中型四機、大型二機、援護可能距離なら小型三機です。どうしますか?」
「射程距離内の敵を素早く倒して、射程距離外で援護不能距離の敵を近い順から二機撃墜」
「小型一機、大型一機となりますが」
「いいよ。大型も撃墜しよう」
「はい」
「全部同じ碁石なのに、違いが分かるの?」
「ルウェさま。碁石に違いはありませんが、それぞれの設定は、ひとつひとつ違います。この碁石はブリュンヒルデ少佐、この碁石は夏月少尉、といった風に」
「これは?」
「それは、大型の敵です」
「うーん…」
「正直、よくやると思うよ。私なら絶対、ちゃんと書いておかないと忘れるもん」
「私には、碁石の上に、それぞれの人物が浮かび上がって見えています」
「便利な能力だね…」
「そうでしょうか」
「そうだよ…」
「とにかく、続きにしましょう」
「うん」
全然分かんないな…。
セカムは、それぞれの碁石…隊員が攻撃出来る範囲も分かってるんだよね?
しかも、今までの動きとか、どこにも書いたりしてないけど、全部覚えてるのかな。
なんか、すごいなぁ…。
まだ静かな温泉の街を歩いていく。
今日でいよいよ最後なんだなって思うと、なんだか少し寂しい気もした。
「あーあ、温泉も今日までかぁ」
「うん」
「…にしし、誰が一番なんだろうね。次の街までの王さまは?」
「下らないことはやめろ」
「えぇー、いいじゃん。もし万一、澪が一番だったら、ずっとルウェを抱き締めててもいいんだよ?王さまだから」
「そんな王はいない」
「よいではないか、よいではないか。あぁっ、お戯れを…」
「まったく…」
「澪が王さまだったら、何がしたい?」
「………」
「あれぇ?やりたいことがあるのかなぁ?」
「ない」
「じゃあ、寂しい王さまになっちゃうね。澪、可哀想」
「お前の頭の中よりはマシだろう」
「あっ、何気に酷いこと言うなぁ」
「事実だろう」
「私は別に、可哀想じゃないもん」
「自覚がないのは、ますます憐れだな」
「澪って、普通に酷いからイヤだ」
「澪、酷いこと言っちゃダメなんだぞ」
「む…」
「そうだそうだー」
「お前が言えた立場か」
「もちろん」
「やはり、憐れだな」
「むぅー。…あ、そういえば、ツクシの小説はどうなったの?」
「えっ?」
「話が直角に曲がっているぞ」
「曲がったあとは真っ直ぐでしょ?」
「そういう話をしているのではない」
「いいじゃん、気になったんだし」
「今、セカムと一緒に、いろいろ考えてるみたい」
「ふぅん。どんな話?」
「えっと、空を飛ぶ兵隊さんが、なんかよく分からない敵と戦う話だって」
「へぇ。魔法ものなのかな」
「うーん…。三十八とか、六十七とか…」
「型番かな。じゃあ、機関砲とか使うんじゃない?」
「なんか、そんなこと言ってた」
「そっか、機関砲かぁ。カッチョいいよねぇ」
「……?」
「でも、空を飛ぶ兵隊さんって?」
「なんか、足に飛行機械とかいうのを履いて、術式の力が…なんだっけ?」
「あぁ、そういう系ね。なるほどなるほど。完全な空想小説じゃなくて、実際にあるものと空想を織り交ぜながらってかんじなんだね」
「よく分かんないけど…」
「術式の力を変換して空を飛ぶ飛行機械かぁ。夢があるなぁ。でも、最初から、そんな難しそうな話を書くの?」
「うん。昨日一日掛けて、セカムと考えたんだって」
「へぇ…」
「面白そう?」
「んー、そういう話は、やっぱり、いろいろと話がしっかりしてないと面白くならないからねぇ。でも、ツクシなら大丈夫だと思うよ」
「うん。自分もそう思う」
「澪は?」
「…興味がない」
「じゃあ、大丈夫だね」
「えっ、どういうこと?」
「澪が変に興味を持ってたらおかしいけど、興味がないならいつも通りだから」
「ふぅん…」
「………」
それでなんで大丈夫なのかは分からないけど。
でも、ツクシはきっと、面白い話を書いてくれると思う。
今から楽しみなんだぞ。




