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「妾は好きであるぞ、そういうのは」

「チビさまも?」

「チビちゃんの同意を得られたからって、抜け出したのはよくないことなんだからね」

「うっ…。分かってるよ…」

「まあ、私も好きなんだけどねぇ」

「やっぱり、みんな好きなんだ!」

「だからと言って、規則は破ってるのだから、ちゃんと反省するのだぞ」

「はい…」

「ふむ。しかし、妾も一端を担ったのだ。謝るときは、一緒に行ってやろう」

「本当ですか?ありがとうございます!」

「うむ。礼には及ばぬ」

「一端を担ってたら、そりゃお礼なんて言ってもらえないもんねぇ」

「そうだな。まあ、龍王にとって初めての、村の外から来た友達であるからな」

「確かに、ずっと村の中じゃねぇ。冒険してみるのも大切よ」

「オレ、旅に出たいんだ。ルウェたちみたいに!」

「旅かぁ。いいわねぇ」

「うむ。若いうちに、いろいろな経験をしておくことも大切だ」

「でも、村長になっちゃったら、旅にも出られなくなる…」

「あぁ、村長さんねぇ。そりゃ、村長さんになったら、なかなか村からも出られないわよね」

「うん…。母ちゃんとシエラは、自分のなりたいものになりなさいって言うんだけど、そうもいかないだろ?村のみんなも、もうオレが村長になる気でいてるし…」

「昔と違って、世間的にも血の繋がりなんて重要視されなくなってきてるんだし、龍王ちゃんが村長になることもないんじゃないかな。龍王ちゃんに何か他にやりたいことがあるなら、村のみんなも納得してくれると思うよ」

「やりたいこと…」

「そ、やりたいこと。旅をしたいなら、そう言ってみればいいのよ。きっと、みんな、賛成してくれるわよ」

「そうかな…」

「やってみなくちゃ分からない。何事もね。でも、私はきっとそうだと思うわ」

「うーん…」

「よぅ、龍王。こんなところにいたのか」

「あっ!フゥ!」


空からフゥが降りてきて。

地面の手前でクルリと回ってから、静かに着地する。


「シエラが心配してたぞ」

「だって…」

「まあ、ルウェや明日香に会いに来たんだろうけど、黙って出てきたのはよくないな」

「フゥ。龍王をあまり叱ってやるな」

「叱ってなんかないさ。ただ、ちゃんと誰かに報せておかないと、みんな心配するだろ」

「誰かに言ったら、こっちに来れないじゃん…」

「まあ、こっちに来ちゃいけない約束だもんな」

「うぅ…」

「…でも、最近、日向やワリョウみたいな、外部から来たシェムが目撃されてしまってるし、村議会でも、近年、いつまでも隠れて暮らすこともないんじゃないかとも言われていた」

「えっ?じゃあ…」

「議会の決定次第では、今後、鎖国状態は解除されるかもしれないな」

「ホント?」

「嘘をついてどうするんだ。まあ、まだ決まったわけじゃないし、今までも保留にされてきたから、これからも保留されたままかもしれない」

「保留…」

「もう変わるべきなのかもしれぬな。村の規律も、村人自身も」

「ああ。いつまでも、過去に怯えていても仕方ない。自ら進んでいかないと」

「うむ」


過去に怯えるって、何の話なんだろ。

でも、殻に閉じ籠ったままじゃ、何も変わらないだろうってことは、自分にも分かる。

…シェムの集落は、今が変わるときなのかな。

変われば、龍王も…。


「フゥ。オレ、旅に出たいんだ」

「旅?」

「うん。ルウェとか明日香がやってるような旅。村を出て、どこか遠くに行きたい…」

「旅か。それもいいな。お前には、まだまだ経験が必要だ」

「フゥからも頼んでよ。このままじゃ、オレ、一生村から出られない…」

「いや、それはダメだ。旅に出たいなら、お前だけで了承を得るんだ。他人に与えられた権利に何の意味がある?勝利は、自分の手で勝ち取るものだ」

「勝利?」

「まあ、下準備も自分で出来ないようでは、旅なんて到底無理だということだ」

「それもそうだけど…。でも、一人旅なんて、絶対に認めてもらえない…。オレ、まだ子供だし、女だし…」

「子供で女だから旅が出来ないなら、ルウェだってそうだろう。それに、お前に一人旅をさせるつもりはない」

「えっ、どういうこと?」

「とにかく、まずは話してみることだな」

「う、うん…」

「えぇ、やるじゃない、フゥ。ヒューヒュー」

「なんだ。昼間っから酔っ払ってるのか?」

「そんなことないよ」

「まあ、素面でも酔ってるようなものだからな、お前の場合は」

「でもさ、フゥ、格好いいじゃない。可愛い姫君を守る武士みたいなかんじでさ」

「何を言ってるんだ、お前は」

「…ねぇ、フゥ」

「なんだ」

「オレが頼んでる間、傍に一緒にいてくれる?一人で言うのは、やっぱり怖い…」

「まあ…そのくらいならな。ただし、俺は一切手助けはしないからな」

「うん!えへへ、ありがと」

「………」

「あっ、照れちゃって。姫君にチューしてもらった気分?」

「お前な…。だいたい、姫君って何だよ」

「高貴な身分に生まれた女の子のことよ。知らない?」

「いや、言葉の意味を聞いてるんじゃなく…」

「姫君の護衛を言い渡された若い武士。最初は乗り気ではなかったが、次第に親子のような、兄妹のような、そんな愛情が生まれてくる。日に日に大きく、そして美しくなっていく姫君。ふとした折に、いつもありがとうと、頬に軽く口付けをされ、そのときに武士は気付く。姫君への恋心に。しかし、高貴な生まれの姫君に対し、自分は武士という卑しい身。許されざる恋の芽は、それでも大きくなっていき…」

「お前、小説家にでもなったらどうだ」

「ちょっと!これからがいいところなのに!」

「ドキドキ」

「ほら、龍王ちゃんもドキドキ言ってるじゃない」

「龍王。それは、口に出して言うものじゃないぞ。それに、続きはどうせこうだ。姫君が成人の日を迎え、どこかの貴族の男と結婚することが決まったある夜、武士は姫君に呼び出される。暗い部屋、月影の中、妖艶に浮かび上がっている姫君は、その頬に雫を流していた。武士を見るなり、姫君は必死に武士の胸にしがみつき、どこの誰とも分からない男と結ばれたくないということ、貴族の娘として一生飼い殺しにされるのは嫌だということ、そして、武士がずっと好きだったということを告白した」

「…終わり?」

「このあと、二人は一夜の契りを結んで、駆け落ちをする」

「へぇ、面白そう。フゥ、小説家になったら?」

「はぁ…。お前、絶対にわざとだろ」

「えぇ?何が?」

「まったく…」

「フゥ!早く続きを聞かせて!」

「お前も興味津々だな…」


なんだか、自分もちょっと先が気になるかも。

二人はどうなるのかな。

幸せに暮らせるのかな。

そうだったらいいのにな。


「なぁ!オレも、姫君みたいに、好きな人と駆け落ち出来るかな!」

「駆け落ちするには、いろいろと条件が揃わないとダメだからねぇ。まあ、やらないに越したことはないわよ。でも、龍王ちゃんの武士は誰なのかしら?」

「フゥ!」

「えっ、俺か?俺は妻子持ちだし…。だいたい、歳が離れすぎてるだろ」

「オレ、フゥのことが大好きだよ!」

「しかしだな…。お前は普通の龍で、俺は妖怪の龍だし…。いや、妻もそうだったけど…」

「女の子の気持ちを受け止めてあげられないなんて、男としてダメね」

「いや、だから…」


でも、さっきの話の武士も、最初は護衛も全然乗り気じゃなかったし、姫君のことも好きじゃなかったんだよね。

フゥと武士が、ピッタリ話に合ってるんだぞ。

…だからと言って、フゥと龍王が結婚するかどうかなんて分からないし、絶対に話通りにいくってわけでもないし。


「チューしたら、好きになってくれる?」

「いや、ならないから…」

「なんで?オレが子供だから?」

「だからだな…」

「こんな可愛い子を悩ませるなんて、罪作りな男ねぇ。武士の風上にも置けない」

「お前の勝手な妄想に、俺を巻き込むなよ…」


とりあえず、なんか面白いんだぞ。

言い寄る龍王、からかう天華さん、ため息をつくフゥ。

…でも、今の龍王の気持ちが、ちょっとでもフゥに届いたらなって思う。

姫君の想いが、武士に届いたみたいに。

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