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「ツクシが作家にねぇ」
「うん」
「で、セカムって何者なの?」
「それは知らないんだけど…」
「えぇー」
「日向なら知ってるんだろうけど、まだツクシのところにいるみたいだから」
「そうなんだ」
「でも、なんだか、聖獣ってかんじはしなかったかな。よく分からないんだけど」
「ふぅん。じゃあ、違うのかもしれないよ。影かもしれない」
「うーん…。影ってかんじでも…」
「じゃあ、妖怪とか?」
「分かんない」
「そっか。まあ、また日向に聞けばいい話だし」
「うん」
結局、セカムのことはほとんど分からなかった。
なんか、すごく偉い人ってことと、日向の知り合いってことくらい。
ツクシは、いろいろと質問されたりして大変そうだったけど、最後には、作家の素質があるって言われて、練習として物語をひとつ書いてみようってことになってた。
「作家かぁ。そりゃ、私もさ、面白い話を書いて、みんなに楽しんでもらえたらって思うことはあるんだけど、やっぱり、読むのと書くのとでは全然違うんだね」
「そうなのかな。セカムは、普段読んでるように書けばいいって言ってたけど」
「それが難しいんだよ。起承転結とか、言葉の吟味とか。作家さんがどれだけ苦労して本を書いてるか、一度書いてみれば分かるよ。…まあ、私は筆を持てないから、文章を考えてみただけなんだけどさ」
「そういう人は、とりあえず、普段話したりしてるみたいに書いてみるんだって。その会話が面白いかとか、ちゃんとした言葉を使ってるかとかは置いといて。一旦全部を書いてから、会話を整えたり、会話以外の部分を書いたりするんだって」
「セカムが言ってたの?」
「うん。ツクシが、報告書しか書いたことないから無理だって言ってたから」
「ふぅん…」
「きちんとした報告書を書けるなら、言葉の使い方には問題はないし、才能もあるから、あとは書き方だけだって」
「へぇ、そうなんだ…」
「他の人に紹介されて、そういうことを言う新人は多いんだけど、そのやり方から始めて、推理小説も書けるようになった人もいるって」
「えぇ…。会話主体の小説から推理小説に?そんなことあるのかな…」
「あるんだって」
「ふぅん…」
「日向の第三班は、子供から青年向けの小説を担当してるらしいんだけど、班員の中に、新人の頃にセカムに指導されて、推理小説も書くようになった人を担当してる人もいるんだって」
「子供から青年向けの推理小説?たとえば、どんなの?」
「その人は、怪盗セナっていう本を書いてるって」
「えっ、怪盗セナ?あれ、ズブのトーシロ上がりの人が書いてたの?」
「えっ?トーシロ…?」
「…完全な素人から上がってきた人が書いてたんだ」
「うん、そうなんだって」
「へぇ…。対象年齢は低いかもしれないけど、あれは結構本格的だよ。すごいなぁ…」
「誰でも、書きたいって気持ちさえあれば、どんな本でも書けるようになるんだって」
「ふぅん…」
「明日香もやってみる?」
「えっ?わ、私はいいよ、別に…」
「ツクシも、そう言ってたんだぞ」
「それとこれとは…」
でも、明日香、さっきは書いてみたいって言ってた。
全然何も考えてなかったツクシよりも、実際にセカムとか日向に言われてみれば、あっさり書き始めるかもしれないんだぞ。
「あっ!いた!」
「えっ?」
「ルウェ!明日香!」
「あ、龍王」
「探したんだから!」
突然、前の方の草むらから龍王が飛び出してきた。
ブルブルと身体を震わせて葉っぱを落とすと、こっちにやってきて。
「抜け出してくるの、大変だったんだから!」
「抜け出してって?」
「神社の方には出ちゃダメって言われてるんだけど、それじゃ、ルウェたちに会えないもん。だから、こっそり抜け出してきたんだ」
「えぇ…。そんなことしなくても、また会いに行ったのに…」
「そんなの待ってたら、ルウェも明日香も、また明日にはどこかに行っちゃうんでしょ?チビさまから聞いたよ!」
「それは…そうだけど…」
「友達になったばっかりなのに、もう会えないなんてイヤだよ…」
「龍王…」
「だから、ちょっとでもたくさん一緒にいられるように、オレから会いに行こうって思ったんだ!ね、話したいことも、昨日の夜、ずっと考えてたんだ!」
「まあ、抜け出してきちゃったのは、もう仕方ないけど…。あとで帰ったとき、すっごく怒られても知らないよ?」
「いいもん、そんなの。ルウェたちと一緒にいられる時間の方が大切だもん」
「そこまで言われると、強いことは言えないけど…。でも、あとでちゃんと謝っとくんだよ?こっそり抜け出してごめんなさいって」
「うん…」
「…まあ、でも、せっかくなんだし、ゆっくり話そうよ。今、ここの奥の祠に御供物を届けに行くところなんだけどさ」
「一緒に行っていいの?」
「じゃあ、何のために、村を抜け出してきたのよ」
「…うん、そうだね。一緒に行こ!」
龍王、嬉しそうなんだぞ。
約束を破って、村を勝手に出てきたのはダメなことだけど、そうまでして会いにきてくれたのは、自分もすごく嬉しい。
「昨日、ルウェたちと話してて、オレも旅に出てみたいなって思ってたんだ」
「旅はいいよ。楽しいよ」
「うん。でも、オレ、村を出るだけでもこんなに面倒くさいし、一生旅になんて出られないのかもしれない…」
「急ぐことなんてないんだよ。今のうちからしっかり準備をして…」
「オレは、そんなこと言ってたら、本当に一生旅に出られないと思う。いつか村長を継いだら、もう旅になんて出られないし…」
「村長になるの?」
「だって、村長の家の一人娘なんだもん」
「あぁ、そういえば…。でも、村長選挙とかしないの?」
「しないよ。村議会ってのがあって、村のことは全部そこで決まるから、村長なんて形だけのものだし、別に誰がなってもいいんだけど…。誰がなってもいいから、オレの家が代々継いでもいいってこと」
「ふぅん…」
「はぁ…。オレはこれから、どんな人生を歩むんだろ…」
「そんな、全てに悲観した人みたいな…。そんな後ろ向きじゃ、幸せもやってこないよ」
「うっ…。それもそうかも…。でもなぁ…」
まあ、村長さんになったら、村から離れられないよね。
でも、龍王がならなくていいんだったら、無理にならなくてもいいんじゃないかなって思う。
そんな簡単な話じゃないのかな…。
村の決まり事って難しいんだぞ…。




