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「まあ、あれだ。ほら、なんだ」
「全然分かんないんだけど…」
「要するにだな…」
「ただいま」
「あっ!母ちゃん!」
「おっ、やっと帰ってきたか」
「シュリ?なんだ、帰ってきてたの?」
「まあな」
「連絡くらい寄越してもよさそうなものなのに…」
「余計な気を使われるのが嫌なんだよ。知ってるだろ?」
「それでもよ。…あ、すみません。こんにちは、私は真理というものです。この度は、私たちの村へおいでくださり、ありがとうございます」
「い、いえ、ご丁寧に。こちらこそ、ありがとうございます」
「何を堅苦しい挨拶してんだよ。肩が凝る」
「母ちゃん、夕飯は何?」
「…龍王。お客さまに迷惑掛けたりしてないでしょうね?」
「してないよ!」
「どうせまた、自分は男の子だみたいなこと言って、からかってたんでしょ」
「からかってなんかないもん…。しかも、すぐにワリョウにバレちゃったし」
「ワリョウさん、でしょ。言葉遣いがなってないんだから」
「おいおい。客の前で小言はやめろよ」
「あっ、す、すみません…。お客さまなんて滅多に来ませんもので、つい…」
「いえ、大丈夫ですよ。私も、そんなお母さんになれるのかなって、ちょっと考えてました」
「あ、えっ、日向さんも、もしかして、お子さんが?」
「はい。まだお腹の中なんですけどね」
「へぇ、そうだったんですか。元気な赤ちゃんを生んであげてくださいね」
「はい、そのつもりです」
「あ、でも、龍王みたいなやんちゃ娘だと大変ですよ。全然言うこと聞かないし」
「えぇ、そうなんですか?」
「聞いてるもん!」
「ふふふ。でも、龍王ちゃんみたいな可愛い子だったらいいなって思います」
「可愛いですか、うちの子が?」
「可愛いじゃないですか。なんかチョコチョコしてて」
「褒められてるかんじがしない」
「こら、龍王」
「あはは、チョコチョコは冗談だよ。でも、龍王ちゃん、本当に可愛いですよ。それに、毛もこんなにツヤツヤですし」
「あぁ、それは、うちの姉貴が毎日手入れしてやってくれてるからだよ。今はこんなチビっこだからいいけどさ、そのうち、こんなでっかい刷毛で鋤くようになるんじゃないかなと思う」
「シュリのお姉さんって、さっきシエラ姉さんって言ってた人?」
「そうそう、ここの想者二人目。いや、私が二人目で、姉貴が一人目か?」
「えっ、想者って二人でもいいの?」
「想者に選んだ人が結婚したり、兄弟姉妹がいたりすると、二人以上になることもあるけど、基本的には一夫婦に一人かな」
「はい、そうですね」
「ふぅん…」
「シエラは、シュリと違っていつもここにいてくれるし、いつも一緒に遊んでくれるし」
「まあ、姉さんは世話焼きだからな。頼りないやつは、面倒を見てやらないことには気が済まないんだろうよ」
「オレは別に、頼りなくなんてないもん!」
「何言ってんだ、チビ助が。少なくとも、あたしよりデカくなってから言えってんだ」
「むぅーっ!」
「こらこら」
三人とも、なんだか楽しそう。
シュリがいなかったら寂しいって言ってた龍王の気持ちも分かる気がする。
…あと、シエラってどんな人なんだろ。
たぶん、龍王の言ってる風から、優しそうな人なんだと思う。
「ただいまー」
「あ、帰ってきた」
「えっ、今の、男の声じゃん…。シエラってまさか…」
「んなわけないだろ」
「今日も大豊作だったわよ。…あら、お客さま?」
「磯郎」
「あらぁ、シュリじゃない。お久し振りねぇ。何ヵ月振りかしら」
「三ヵ月くらいじゃないか、今回は」
「そうだったかしら。お客さまもこんにちは。私は磯郎っていうの。よろしくね」
「よろしく」
「ふふふ。あ、それで、真理。街でいろいろ仕入れてきたわよ。何か必要なものがあったら言ってちょうだい」
「そうねぇ…。うーん…」
「ねぇ、磯郎ってオカマなの?」
「ああ、オカマだ」
「えっ、なぁに?私の話?」
「そうだ。他にオカマなんていないだろ」
「やだわぁ。オカマじゃなくて乙女って言ってほしいわ」
「乙女…」
「そんな青髭こさえた乙女がどこにいるんだ」
「髭が濃くて困るわぁ。心は乙女そのものなのに…」
「はいはい」
「ねぇ、磯郎。面白いおもちゃ、何かあった?」
「あったわよぉ。おもちゃじゃないんだけど、龍の卵っていってね、特別に分けてもらったの。この封筒に入ってるんだけど」
「ふん。龍の卵か」
「龍の卵?封筒に入るほどちっちゃい卵?」
「そうよ。小龍っていって、すごく珍しい龍なんですって」
「鶉の卵くらいの大きさでしょ、封筒に入るなんて。そんな龍がいるの?」
「まあ、見てみなさいな」
「ホントにいるのかなぁ…」
「あ、そうそう。もうすぐ孵りそうな卵も混じってたみたいだわ。開けるときは、そっとね」
「封筒の中で孵った雛龍って、なんか可哀想…」
そう言いながら、龍王は爪で器用に封筒を開けていく。
半分ほど開けて、恐る恐る中を覗いてみると…。
「わっ!」
「ひゃっ!」
「孵ってる!孵ってるよ!」
「あはは、大成功」
急に封筒がバタバタと大きな音を立てたから、龍王は飛び上がって。
それに驚いて、日向も悲鳴を上げてたけど。
…龍王はもう一度中身を確認して、ため息をつく。
「なぁんだ…。ゼンマイバネのおもちゃじゃん…」
「面白かったでしょ?それ、あげるわ」
「えぇ…」
「もう、磯郎さん…。龍王にそんなイタズラ道具ばっかりあげて…」
「いいじゃない。面白いわよ?真理も欲しい?」
「いりません」
「そう。残念」
「ねぇ、シュリ。ゼンマイ上手く巻けない」
「誰か引っ掛けるのか?」
「んー、シエラ!」
「おぅ、なかなか面白そうだな。よし、仕込むか」
「うん」
「ほどほどにしなさいよ」
「分かってる分かってる。ほら、ルウェもこっちに来いよ」
「うん」
シュリはゼンマイを巻いて、また龍の卵を仕掛けなおす。
封筒の上からだと、確かに卵にしか見えないんだぞ。
…自分も、前に同じようなおもちゃで遊んだことがある。
あのときは、セトが作ってくれたんだけど。
あとで、姉さまにすごく怒られてた。
でも、自分は楽しかったんだぞ。
「ただいまー。遅くなっちゃった。すぐにごはん作るね」
「あっ、シエラ!お帰りなさい!ねぇ、これ、さっき見つけた龍の卵なんだけど…」
シエラって人が帰ってきたみたい。
龍王はすぐに、龍の卵入りの封筒を咥えていって。
…居間に入ってきた女の人は、シュリにすごく似てたけど、もっと優しいかんじの人だった。
こっちに気付くと、ニッコリと笑って、軽くお辞儀をして。
それから、龍王から受け取った封筒を開けて、物凄くビックリして腰を抜かしていた。




