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「輪廻転生について?」
「うん」
「信じたいは信じたいけど、死んだやつらの魂がどこに行くのかなんて、俺には分からないからな。なんとも言えないよ」
「輪廻転生かぁ。私も信じたいかな。今はもういない、あの人に会うために…」
「ナナヤ、誰か大切な人が死んだの…?」
「さあねぇ。とりあえず、自分の記憶に残ってて、なおかつ死んでる人は、まだいないかな」
「じゃあ、誰に会いたいの?」
「織田信長?」
「誰?」
「…冗談だよ、冗談!ほら、なんかあるじゃない、こういうの」
「あるの?」
「小説の読みすぎだな、こいつは…」
「……?」
どういうことなんだろ。
全然意味が分かんないんだけど。
「あいつらの魂がこの世界に戻ってきてるとしても、全くの他人だろうし、結局、俺には何も関係ないんだろうよ」
「そうなのかな…」
「どれだけあいつらを想ったところで、あいつらは二度と帰ってこないんだよ」
「…それってさ、どうなの。そりゃ、フゥの大切な人は二度と帰ってこないかもしれないけど、だからって、どうでもいいなんて思ってないでしょ。戻ってきてるなら戻ってきてるで、幸せな生活を送っててほしいとか思ってるんでしょ?」
「…大切な人を亡くしたことのないお前には、分からないことだ」
「そりゃ、私には分からないよ!でも、さっきフゥが言ったみたいに、私はたくさん小説を読んできた。小説に書いてある物語ってね、ただの空想妄想だけの話じゃないんだよ。私の好きな思想家の受け売りだけど。小説って、それを書いた人が垣間見た、他の世界で本当に起こってることなんだよ。小説をたくさん読むってことは、それだけたくさんの人と経験を共有するってこと。私自身は大切な人を亡くしたことはないけど、他の世界の誰かがそういう経験をしたのを共有したことがある。実質的な経験じゃないって言うかもしれないけどね、その思想家の本を読んでからは、私はいつも、小説に書かれてるのは、別の世界にいる自分自身の経験なんだって思って読んでる。だから、小説って、そんなに単純なものじゃないんだよ」
「ふん。…テスカトルの思想か」
「そうだよ。知ってるんなら、私の言ってることも分かるでしょ」
「………」
フゥは何も言わなくて。
でも、哀しそうな目で、ジッと遠くを見つめていた。
「なんだ、騒がしいと思って来てみれば」
「あ、チビ」
「夜の散歩か、ルウェ」
「うん」
「チビ、久し振りだね」
「おぉ、ナナヤか。元気そうでなによりだ」
「夜も活動してる鳥なんて、初めて見たよ。鳥目じゃないの?」
「妾は、どちらかと言えば、妖怪といったようなものに近いでな」
「神さまでしょ?」
「ははは、そうだな。ここの神の一人である。…して、どうした。何を言い争っておった?」
「言い争ってはいないよ。ただ、フゥが…」
「そうか。こいつがこのような目をするときは、家族との思い出に浸っているときだ。そして、このときは、自分に干渉されることを酷く嫌う」
「………」
「こういうときは、お前には分からないとか、そういうことを平気で言うからな」
「まさにそうだよ。だから、ちょっと文句を言ってやったってわけ」
「うむ、それがよい。孤独など、求めたところで何にもならない。孤独になるくらいであれば、傷を舐めてくれる仲間がいた方がよい。生温いなどと言われても、人にはその温かさが必要なのだよ。孤独に生きようとする者など、妾には自己陶酔に浸った滑稽な者にしか見えんよ」
チビはフゥの方を見て言う。
フゥは、相変わらず、どこも見てなかったけど。
…自分は、そういう繋がりを生温いなんて思わないな。
みんなとの繋がりって、すごく大切だもん。
フゥも、きっと分かってるはずなのに…。
「輪廻転生の話をしていたのか?」
「えっ?うん、そうだよ」
「魂の循環というのは、確かにあるものだ。草の種が、空気と地面の養分を使って大きくなり、種を残して枯れれば、また空気や地面へ帰る…という物質の循環と同じように、この世にある魂の総量は変化しないし、あの世と呼ばれる世界へ消えていったりもしない。昼に九十九神の話をしたが、神でさえ寿命が来れば死に、また新たな生として生まれ落ちる。不死鳥のように、新しい魂を呼び込み、定着させる術を持つ者たちもいるが、その者たちの魂も、決して循環から洩れることはない。輪廻転生は確かにあるのだよ。しかし、循環を逃れ、地上に残る者もいる。一時的なものでしかないのかもしれないが、遺してきたものの行く末を見届けたいという強い想いによってな。ほれ、そこにいる者たちのように」
「…嘘ばっかり並べ立てて」
「えっ!嘘なの?」
「ふむ。確かに、妾の作り話ではあるが、嘘とも言い切れんだろう?実際に、死んだあと、どうなるかということを体験したわけでもあるまいに」
「なぁんだ…。本当の話だと思って聞いてたのに…」
「ふふふ。妾の語りも、なかなかのものだろう?」
「ホントだよ…」
「………」
でも、本当に嘘だったのかな。
一瞬、自分は、フゥの隣に誰かがいるように感じた。
そりゃ、チビに言われたからかもしれないけど…。
「…俺のことには構わないで、お前たちの新しい場所で生きてくれ」
「えっ?なんか言った、フゥ?」
「………」
「えぇー。絶対に、なんか言ってたー」
「まあまあ、よいではないか。それよりも、明日は、ルウェやナナヤの友が訪ねてくるのであろう?早く帰って、早く寝た方がよいのではないのか?」
「ん?あっ、ホントだ。もうこんな時間なんだ。確かに、そうした方がいいかも」
「うむ」
「じゃあ、ルウェ、帰ろっか」
「うん。また明日ね、チビ、フゥ」
「ああ。待っているよ」
「………」
二人に向かって手を振る。
チビは身体を震わせて応えてくれたけど、フゥはそっぽを向いたままだった。
…その代わりに、小さな光が、どこからともなく飛んできて。
「あっ、時蛍」
「うん」
「でも、ひとつだけ?」
「ひとつだけなんだぞ」
「変なの」
小さな時蛍は、少しフワフワと漂うと、また消えてしまって。
何だったのかな。
…でも、なんとなく分かった気がする。
時蛍は想いの結晶なんだって。
そういうことじゃないかな。




