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「起きないねぇ。ちゃんと息してるの?」
「し、してますよ、たぶん…」
「それならいいんだけど」
そう言いながら、日向はそっとワリョウに近寄っていって。
なんだか安心したようなため息をついてるから、大丈夫なんだと思う。
「起こしちゃえば?」
「ダ、ダメですよ…。仕事で疲れてるんですから…」
「寝過ぎは身体に毒だって」
「ほとんど寝ない夜が続きましたので…」
「ふむ。睡眠時間は、きちんと取らねばならんぞ」
「この前の時蛍について、いろいろと纏めたり報告したりしないといけないことがたくさんあって…。あの、龍脈の研究者ですので、ずっと待ち望んでいたものが来たということで…」
「研究者というのは、難儀なものよの」
「はい…」
「まあ、興奮して寝られなかったってのは分かるわ。私でも、あの日は七時間くらいしか寝れてなかったもの」
「ちょうどいいくらいじゃない…」
「明日香が、ちょうどいいくらいだって」
「あら、そうかしら」
「ホントに…」
「まあ、生物には固有の体内時計があるって言うけどな」
「それが何か関係あるの?」
「人間が昼寝をしたくなるのは、体内時計がだいたい十二時間周期で、昼と夜の時間帯に睡眠の周期がやってくるからだそうだ。そのときに睡眠を取れば、それ以降の活動を、眠たくならずに効率よく進めることが出来ると言われている」
「ふぅん」
「まあ、昼行性の動物なら夜にたっぷりと睡眠時間を取り、昼寝は短くてもいいそうだが」
「シェムの体内時計は、何時間周期くらいなのでしょうか」
「さあな。とりあえず、夜更かしが続いて、今は爆睡しているようなやつからは、有効な観測値は取れないだろうな」
「周期が終わる頃に眠たくなるの?」
「それは分からないが、とにかく、ある一定の周期で眠たくなったりするのは確かだろう」
「あぁ、実際に時刻を指し示してるわけじゃないから、始めか終わりか真ん中かは分からないってことね…」
「そうだな。しかし、眠たくなる時間を始まりか終わりの時間にすることで、便利になることは多い。他にはない、特殊な事象だからな」
「そうねぇ」
「同じ生物内でも多少の個体差はあるし、取るべき睡眠時間もそれぞれだから難しいところではあるが、人間ならだいたい七時間から八時間と言われているし、龍ならば四時間から五時間と言われている」
「ふぅん。龍って、いろんな種類がいるように思うけど、同じくらいなんだ」
「正確に言えば、俺みたいな鱗龍なら四時間から五時間、日向やワリョウのような獣龍なら五時間から六時間だな。種族間でも、もちろんそれぞれ微妙に違うが、平均すれば四時間から五時間くらいらしい」
「ふぅん…。人間より短いってわけね」
「あの、私は、毎日八時間ほど寝ないと眠たいのですが…」
「個体差があると言っただろう。二時間でいいようなやつもいれば、十時間寝ないとダメなやつもいる。その程度の話だ」
「そ、そうですか…。安心しました…」
「でもさ、二時間って最早病気じゃない?」
「その可能性は充分にあるな」
「あるんだ…」
「何にせよ、自分に適した睡眠時間を取るのが、一番自分のためになるということだ。夫のためを想うのなら、いくら研究熱心だとしても、少し短くてもいいから、寝かせるべきだな」
「は、はい…。すみません…」
「鶉の睡眠時間は分かるか?」
「…自分の寝たいときに、寝たいだけ寝ろ」
「ふむ、それもそうだな。妾は、他の誰でもない、妾であるからな」
「そうだな…。でも、鳥の睡眠時間は、いろんな生物の中でも短い方だと聞くがな」
「そうか。ショウなど、妾より遅く寝て、妾より早く起きているようだからな。いつ寝ているのだろうと心配していたところだ」
「チビちゃんは、どれくらい寝てるの?」
「妾か?妾は一日九時間は寝ておる」
「随分と、遅く寝て早く起きるの幅が広いな…」
「そうかもしれんな」
自分は、最近どれくらい寝てるんだろ。
お薬を飲んでたときよりは、ずっとグッスリと眠れるようになったと思うけど。
やっぱり、寝ないのはよくないよね。
ワリョウにも、あんまり無理はしてほしくないな…。
「それにしても、世界が崩壊しても起きないんじゃないかしら」
「そうなったら、別の意味で起きなくなると思うけどな…」
「そうねぇ。私たちもグッスリ眠っちゃうかもしれないわね」
「永遠にな」
「フゥはさ、輪廻転生とか信じるの?」
「なんだよ、いきなり…。まあ…信じたいとは思うかな」
「こいつの家族は、みんな殺されてしまったからな」
「あ、そっか」
「………」
「輪廻の話は、どちらかと言えば仏教思想かもしれないが、死んだ者の魂がまた生を受けるという考え方は、仏教に限ったことではない。まあ、天国やら極楽浄土に生まれ変わるなどというものもあるようだが」
「私は、そんな天国とか極楽浄土に生まれ変わりたいなんて思わないな。苦しいことがあったって、辛いことがあったって、でも、だからこそ、この世界に生きる価値があるんだよ。その渦中にいたり、閉じ籠ってる間には分からないかもしれないけどさ」
「そうだな。まあ、極楽浄土に生まれ変わったとして、死者の一部しか行けないにしても、もう今となっては満員御礼状態であろうがな。この大地とて無限にあるわけではないのに、況んや極楽浄土をや、ということだ」
「あはは、せっかく望んだ場所に行ったのに、人口過密でギュウギュウなんてイヤよねぇ」
「…加えて言えば、何もせずともよい、食うにも住むにも不自由のない世界など、地獄よりも地獄と言えるだろうしな」
「あっ、ワリョウが起きた!」
「退屈は人を殺す、か。死んだあと、さらに殺されるのでは、死ぬに死にきれないな」
「ずっと起きないから、みんなで、死んだんじゃないかって心配してたんだよ」
「そうか」
「天華しか、死んだって言ってなかったけどね…」
「あのね、あなた。この神社の中に、シェムの集落があるんですって。チビちゃんが、また案内してくれるらしいの」
「うむ。日向が、お前と共に行きたいと言うでな」
「…そうか。待たせてしまったな」
「ううん。大丈夫だから」
「まあ、疲れて寝てちゃ、仕方ないよね」
「妾はいつでもよい故、都合がついたら報せよ」
「すまないな。世話を掛ける」
「そういうことは、言いっこなしだ」
チビが身体を震わせて首を傾げると、ワリョウはちょっとだけ笑っていたみたいだった。
二人の間で、それにどういう意味があるのかは分からないけど。
でも、やっと、シェムの集落に行けるようになったんだぞ。
楽しみだな。
「シェムの集落かぁ。また、どんなだったか教えてね」
「うん」
「それだったら、天華も来ればいいのに…」
「天華さんも来ればいいのにって」
「私はまた、自力で見つけるつもりだからね」
「そうなんだ…」
「さて、それはいいとして、次は何を話そうかねぇ」
「あっ、そういえば…」
リンネの話は途中で終わっちゃったみたい。
ちょっと気になってたんだけど。
また、聞けたらいいな。




