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「だから、もう、あんまりチビとも話せなくて…」
「ふむ、そうだったのか。寂しくなるな」
「うん…。ごめんね…」
「何、謝らずともよい。また待っているよ、ルウェが来るのを」
「………」
「まだ時間はあるのだろう?ゆるりと語らおうではないか」
「うん…」
チビの小さな背中を撫でてあげると、気持ち良さそうに目を細めて。
分かっていたはずなのに、どうして今になって、こんな気持ちになるんだろ。
自分は今、どんな顔してるんだろ…。
チビは、ずっと待っててくれたのに…。
「…当主さま。私からは何も申し上げませんが、ご無理はなさらぬように」
「分かっている。自分のことは、ちゃんと自分でやる」
「はっ。出過ぎたことを申しました」
「いや。お前には感謝しているよ」
「勿体なきお言葉でございます」
「そうか。では、もう言わぬ」
「………」
「冗談だ」
チビが小さく笑うと、ショウは少し身を屈めて、そのまま退がっていった。
気を遣ってくれたのかな。
でも、今は、それが寂しいような気もして。
「…さあ、沈鬱な空気はもういいわ。何か話しましょう」
「お前は、よく率先して空気を壊しにいけるな…」
「私がやらなかったら、フゥがやってくれるの?」
「いや…。やっぱり、お前にしか出来ないな…」
「フゥとは、もう随分と長く過ごしてきたから、なんとなく分かるぞ。フゥは、普段は大らかで細かいことも気にしないが、こういうときになると、時がそのまま解決するのを待つような小心者になる」
「そんなんじゃない…と言いたいところだが、まさしくそうだから何も言えないな…」
「ふふふ。しかし、お前も妾の身を使ってきた身だ。妾のことも、なんとはなしに分かるのではないのか?」
「ふん。暗い話や、重たい空気は嫌い。誰も考え付かないようなことをしでかして、みんなの驚いた顔を見るのが好き。まったく…。自分の身体に戻ってみると、あれはお前の性質だったんだと分かるようなことが多いな…」
「そうだな。妾もずっと眠っていた気でいたが、どうも違うらしい。やはり、不思議な術であるな、収魂というのは」
「はぁ…。一生眠ったままかもしれないような封印を、平気で使えるようなやつにはなりたくないと、つくづく思ったよ…」
「ははは。自分でやってみないことには分からない。そういうものだよ、何事も」
「俺は実験台ということか、まったく…」
「ふふふ。お前のお陰で、誰も知り得ないようなことを知ることが出来たよ」
「そうかよ…」
「では、次の封印を試してみようか」
「今度こそ、戻れなくなるぞ…」
「冗談だ」
「だろうな…」
「ふむ。お前も、妾のことがよく分かってくるようになったのではないか?」
「何年もひとつの身体で過ごしてきたからな…」
「ふふふ。そうであったそうであった」
チビ、楽しそうなんだぞ。
…だから、やっぱり、自分がこんな暗い気持ちでいちゃダメなんだ。
それは、ちゃんと分かってたはずなのに。
「ルウェちゃん、完全復活かしら?」
「…うん」
「ふふふ、そうか。妾としても、暗い表情のルウェに声を掛けるのは、どうかと思ってな」
「私は、ルウェちゃんなら、ちゃんと自分で立ち直ってくれると思ってたわ」
「むっ。妾も信じておったぞ、ルウェ」
「うん、分かってる。ありがと」
「うむ」
「それで、何の話がいいかしら?」
「なんでもいいんだぞ」
「じゃあ、日向ちゃんの尻尾の口についてね」
「…えぇっ!急に私ですか?」
「ふむ。シェムの尾口について聞くことなど、妾にはないが」
「えぇ、じゃあ、チビちゃんは知ってるの?」
「知っているとも」
「ふぅん…。シェムって珍しい龍だって聞いたけど」
「珍しいは珍しいだろうが、だからといって、誰も知らないというわけではないだろう。そもそもこの村は、もとはと言えば、シェムの集落だった」
「えぇっ!初耳よ、そんなの!」
「そうか。まあ、随分と昔の話だ。今はすっかり温泉街だろう」
「あっ、でも、時の龍脈が流れてるんですから、シェムの集落がここにあってもおかしくはないんじゃないですか?私たちは、ほら、時の聖獣ですし。こちらの世界の龍と、私たち聖獣の龍は、基本的には似た性質だと聞きますし。ここは、こっちのシェムにとっても、心地良い場所だったのかもしれません」
「ふぅん。でもさ、今はいないじゃない。どこに行ったのよ」
「ふむ。この神社は無駄に広いだけだと思ってはおらぬか?参拝客も少ないのに」
「えっ?その言い方だと、シェムの集落が、神社の敷地内にあるように聞こえるけど」
「そう言っているのだから、そう聞こえるだろう」
「えぇっ!シェムなんて、一回も見たことないよ!」
「もちろん、そうだろうとも。あやつらは、今はごく限られた者としか関わらず、ひっそりと自給自足の生活をしているでな」
「えぇ…。どこにいるのよ…。全然知らなかったけど…」
「鎮守の森の中だ。まあ、そのまま村の外の森まで繋がっているわけであるし。気になるのであれば、案内せんでもないが」
「へぇ…。この神社のことは、なんでも知ってるつもりだったけど、いやぁ、世界はビックリするほど広いものねぇ…」
「そうだな」
「あの、私、シェムの集落に行ってみたいです。こっちの世界のシェムにも会ってみたくて」
「うむ。では、あとで案内してやろう。いつがいいかな」
「いつでもいいです。チビちゃんの都合がいいときに…あっ、でも、旦那さまも行きたいと思いますので、旦那さまが起きてからでよろしいでしょうか?」
「よいよい。そうしよう」
「自分も行きたい」
「私も!」
「そうだな、一緒に行こうか」
「俺はいい」
「私もいいかなぁ。まあ、みんなで楽しんでらっしゃい」
「うん」
シェムの集落が、こんなに近くにあったんだ。
全然知らなかったけど、そう聞くと、なんだか日向やワリョウと会えたのも、偶然じゃないような気がして。
…この前の時祭りとかは見てくれたのかな。
見てくれてたら、嬉しいな。




