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フゥがまた散歩に行って、自分たちはお昼ごはんを食べていると、また澪がやってきた。
お弁当かな。
なんだか、ちょっと不機嫌そう。
「あ、来た来た」
「…神主に弁当を渡すなら、一緒に私の弁当も渡しておけ」
「えぇー。そんなことしたら、澪ちゃんと一緒にごはんが食べられないじゃない」
「いちいちここに戻ってくるのは効率が悪いだろう。ただでさえ忙しいというのに。この広い神社を移動する時間も勿体ない」
「そう言わずに。ほら、ルウェちゃんの隣が空いているわよ」
「………」
澪は、一度天華さんを睨み付けてから、隣にどっかりと座ってくる。
そして、不機嫌そうな顔のまま、お弁当の包みを開けて。
…お弁当の蓋を開けて、中のご飯に海苔でガンバレ!って書いてあるのを見て、もっと不機嫌そうな顔をした。
「ふふふ。ほら、ヒヨコおにぎりもいかが?」
「要らない」
「えぇー。一所懸命作ったのに。じゃあ、ルウェちゃんにあげる」
「ありがと」
「澪ちゃんにも、あーんってしてあげて」
「なんで?」
「面白いから」
「むぅ…。澪で遊ばないでほしいんだぞ…」
「………」
「あはは、ごめんごめん。ルウェちゃんの大切な澪ちゃんだもんねぇ」
「相変わらずだなぁ、天華は…」
「ルウェちゃん。私にもくれないかな、ヒヨコおにぎり」
「おっ、日向ちゃん。イケるクチだねぇ」
「い、いえ…。単純に美味しそうだなって思っただけですよ…」
「恥ずかしがらんでもよかよか!ヒヨコちゃんが好きなんは、みんな一緒たい!」
「どこの方言よ…」
「まあ、とにかく、日向ちゃんにあーんね」
「うん。日向、あーん」
「あーん」
日向の口には、ヒヨコおにぎりは小さすぎると思ったけど。
舌の上に乗せてあげると、ゆっくりと口を閉じて。
「んー、美味しいですね」
「でしょ。ルウェちゃんの愛情が詰まってるからね。今のあーんで注入されたわ」
「愛情は最高の調味料だって言いますしねぇ」
「そうそう。だから、澪ちゃんもどう?」
「………」
「天華さん」
「はいはい。愛されてるわね、澪ちゃん」
「………」
「しかし、ワリョウはよく寝るわねぇ。実は死んでるんじゃない?」
「そ、そんなはずは…。仕事続きで、すごく疲れていたので…」
「冗談冗談。さっき、尻尾の毛を貰ったとき、私を睨んで文句を言ってたから」
「し、尻尾の毛ですか?」
「ほら、これ。ルウェちゃんにあげるわね」
「何、これ?」
「ワリョウと日向ちゃんの尻尾の毛を編み込んだ、特製の腕輪よ」
「い、いつの間に私の毛も…」
「まあ、いつでもいいじゃない。旅の安全を祈願したお守りよ」
「ここは旅の安全にも御利益があるのですか?」
「いいえ。でも、人の想いが籠ったものって、不思議な力を持つって言うじゃない。九十九神の話とかあるでしょ?」
「九十九神は、物の想いに反応して集まってくる妖怪だ。誰かに大切にしてもらった物が、寿命を迎えるとき、最期にその持ち主の役に立ちたいと想ったときに、九十九神がそれに取り憑いて、恩を返すと言われている」
「へぇ。澪ちゃん、詳しいのね」
「私も初めて聞きました!素敵な話ですね!」
「妖怪の知識としては、これくらいは常識だ」
「えぇ、でも、私たちは知らなかったんだからさ、やっぱり、澪ちゃんはすごいんだよ」
「………」
「それにしても、恩を返してもらえるほど大切にしてるものってあったかしら。うーん…」
「ふん。恩返しをアテにして、打算的に大切に扱われたところで、恩を返したいと思う者はいないだろうな」
「それもそうかも。押し付けられた恩なんて、絶対に返したくないもんねぇ。まあ、これからは、ちゃんと物を大切に使わないとね。ありがと、澪ちゃん」
「………」
「でも、物の想いって言ってたけど、物が何かを考えたりすることってあるの?」
「ふむ。神に奉仕する身であるお主から、そんな言葉を聞くとは思いもせなんだな」
「あ、チビちゃん」
「チビ」
「チビだ」
「チビちゃんです」
「………」
「お前たちは、妾の名前を呼ぶのが好きなのか?」
「当主さま。この者…天華と関わることは、お身体の毒にしかなりません。どうか、お退がりくださいませんか」
「随分なご挨拶ね、ショウ」
「………」
「よいよい。それくらいでなければ、張り合いがないからな」
「しかし、当主さま…」
「控えておれ。だいたい、ショウは、妾のことを心配しすぎなのだ。そんなことでは、寿命を縮めてしまうぞ」
「はっ…。失礼いたしました…」
「さて、ルウェ。九十九神の話だったな」
「自分じゃなくて、天華さんなんだぞ」
「ふむ、そうだったな。ルウェの顔が目に入ったので、ついルウェの名を呼んでしまった。それで、天華。九十九神の話だったな」
「正確に言えば、物が何かを考えることがあるのかって話だけど」
「うむ。その話だが、万物あらゆるものには、神が宿っているという話は知っているだろう。八百万の神々の話だ」
「ええ、知ってるわ」
「そういうことだ」
「えぇ…。それで終わりなの?」
「これ以上、何を説明することがあるというのだ」
「…つまり、物にも神が宿り、大切に扱ってくれた者には相応の恩返しをしたいと思い、その想いに反応して九十九神が集まり、神の最期の願いを叶えてくれるということだ」
「へぇ…。神さまからの恩返しなんだ…」
「まあ、私はそう思うというだけで、実際に見たことがあるわけではないからな」
「ふぅん。でも、全ての物に神さまが宿ってるんだっていう考え方は素敵ね。そう考えたら、なんでもちゃんと使ってあげないとって思えるし」
「うむ。その考え方は、誰にとっても重要な考え方であろうな。全てのものに感謝し、大切に扱うというのは」
「家に帰ったら、ちゃんと恩返ししてもらえるように、ピカピカに磨いてあげないとね」
「だから、お前は…」
「はぁ…。天華が本気で言ってるのか、冗談で言ってるのか、分からなくなってきたよ…」
「天華は、冗談のような本気の存在だからな」
「ふふふ」
でも、さっきのは半分本気で、半分冗談なんじゃないかな。
天華さんだったら、恩返ししてもらうために大切に使う、なんてことはしないと思う。
本当に大切に使って、本当に恩返ししてもらえると思うんだぞ。
…自分も、そうしないといけないな。
何にでも感謝して、大切にする。
それが、一番だと思う。




