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「ヤーリェ、やめて!」
「………」
黒い塊が腕を掠めて飛んでいく。
当たった部分はジンジンと熱くなって。
「な、何なんですか、あれは!?」
「闇だな…。あの子から溢れているのか…?」
「埒が明かんな…」
「………」
(ルウェ!)
ヤーリェはまた黒い塊を放つ。
間一髪、悠奈が引っ張ってくれたから当たらなかったけど、それはまっすぐ自分に向かって飛んできていた。
(ルウェ!しっかりしてよ!)
「だって…ヤーリェが…」
(だから、あれは闇なの!ボク、言ったよね?闇には近付かないでって!)
「ヤーリェだもん…」
(……!)
悠奈が強い光を放って、伸びてきた闇を打ち払う。
でも、ヤーリェの闇はますます濃くなって。
「光が強くなると、比例して闇も濃くなる。弱い闇なら掻き消すことも出来るだろうが、強い闇を払うのに光を使うのは逆効果だ」
(じゃあ、どうすりゃいいのさ!)
「別の属性から叩くしかないか…」
「ダメ!」
「む?」
「ヤーリェをいじめちゃダメなんだぞ…!」
(ルウェ!まだそんなこと言ってるの!?)
「だって、だって…」
ヤーリェだもん…!
大好きな…ヤーリェだもん…!
「ヤーリェ!お願いだから、もうやめて…!」
「………」
「ヤーリェ!」
(……!)
今度は避けきれず、直撃してしまった。
お腹のところで強い衝撃が弾けて、思わず咳き込んでしまう。
でも、痛くなんてないもん…。
「ヤーリェは、もっと痛いんだよね…」
「………」
「ちっ!うちの姫さまに何しよんねん!」
「ルウェ!大丈夫!?」
「うぅ…。ゴホッ…。痛くない…」
「望!カイトや!カイトを呼べ!」
「え、え?カイト?」
「何か呼んだか」
「呼んだかやあらへんやろ!状況見ろ!」
「ふむ?あの脆弱な闇がどうしたというのだ」
「脆弱!?おっさんの転移で、やっとこさここまで引っ張ってきたんやぞ!?」
「それはお前たちの力不足なんじゃないのか」
「なんやと!?」
「闇の制御が出来ていないな。あの子は契約をしていないのか?」
「んなもん知るかい!」
「そうカリカリすることもあるまい」
「カイト、危ない!」
「む?」
ヤーリェが放った黒い塊は、カイトが一睨みすると一瞬で掻き消えて。
「それで、話の続きだが。闇には闇で対抗すればいいのではないか?」
「なんでカイトじゃダメなの…?」
「私では、ルウェの望む結末にはならんのでな」
「カイト…」
「私がやれることは、闇の娘とルウェがこれ以上傷付かないようにすることだけだ」
そう言って、翼を広げて何回か羽ばたく。
散った火の粉は、足下の草を焦がして。
「さあ。しばらくの間だけ相手をしてやろう」
「………」
ヤーリェが放つ黒い塊は、カイトの手前で全て掻き消えて。
軌道や大きさを変えても結果は同じだった。
「………」
「どうした。それで終わりか?」
「………」
「打ち止めらしいぞ。どうする、"日の御子"よ」
「そうだねぇ…」
「……!」
ヤーリェは、後ろに現れた何かに黒い塊を放つ。
そしてそれは確かにその何かに直撃したけど。
「ふぅむ。良きかな」
「……!」
「警戒することもなかろう。お前と同じ闇だ。仲良くしてやってくれ」
「なかなか良い闇を持ってるじゃないか」
(ウゥ…)
「ん?おぉ、ルィムナのところの使徒か。大和だったら、上手い酒を持ってくるんだがな」
(こ、こっちに来るな!)
闇の中から現れたのは、鋭い目の蒼い龍だった。
悠奈は唸りながら後退り、お兄ちゃんの後ろに隠れる。
「なんだ、つまらんな。私がそんなに怖いか?」
(ウゥ…)
「おい、そっちじゃなくてこっちだろう」
「あぁ、忘れてた」
「………」
蒼い龍はヤーリェの方に向き直り、ゆっくりと近付いていく。
「ふぅむ。今までよく抑えていたな。それとも、誰かに抑えてもらっていたのか…」
「…紅葉お姉ちゃん」
「む?話せたのか」
「論点はそこではないだろうに…」
「その紅葉という者が誰かは知らんが。とりあえず、しばらくは暴走しない程度に抑えておこうか。おい、そこの坊主」
「自分のこと…?」
「ああ。こっちに」
「うん…」
(あっ!ルウェ!)
蒼い龍のところに行くと、ヤーリェの前へ押し出された。
ヤーリェの瞳は真っ暗な闇に染まっていて、何も見ていないみたいで。
(ルウェ!危ないよ!)
「ほぅ。お前も良い光を持っているな。それに、闇との相性も良いみたいだ。もしかして、どこかで闇に触れたのか?」
「祐輔の闇に…うっ…」
「む。腹が痛むのか」
「痛くない…」
「いかんな。…手短に済ませる」
蒼い龍がそう言うと、身体が軽くなったような気がして。
そして、真っ暗になった。
「…ルウェ」
「ヤーリェ?」
「うん…」
真っ暗な中に現れたヤーリェ。
なんだか少し疲れてるみたいで。
慌てて手を取ってみると、とても冷たかった。
「えへへ…ルウェの手、温かいね…」
「うん」
「ありがと、ルウェ。ぼくのこと、信じていてくれて」
「だって、ヤーリェはヤーリェだもん…」
「うん。ありがと。それと、ごめんね。ぼく…ルウェに怪我させちゃった…」
「平気なんだぞ…。これくらい…。それより、ヤーリェは大丈夫なの…?」
「うん。大丈夫だよ」
そして、ヤーリェはそっと抱き締めてくれた。
ヤーリェの手は、もう冷たくなかった。
目が覚めると、すぐ前にクノお兄ちゃんの寝顔が見えた。
なんだか面白い顔だったから、少し頬っぺたを引っ張ってみる。
「腹の調子はどうだ?」
「あ。蒼い龍」
「私にはルトという名がある。それより、腹はどうなんだ」
「んー、大丈夫みたい」
「そうか。良かった」
ルトは、その大きな舌でそっと頬っぺたを舐めてくれて。
ザラザラしてて、ちょっと気持ちよかった。
「ヤーリェと契約したの?」
「いや、まだだ。今は消耗してるからな。まあ、今すぐしなくても、ルウェのお陰でしばらくは大丈夫だからな。万全の状態になってからだ」
「ふぅん」
「じゃあな。ゆっくり寝ろよ。また会おう」
「うん。お休み」
「ああ。お休み」
そして、ルトは静かな闇へと帰っていった。
じゃあ、お休みなさい…。