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望は馬車が止まり切らないうちに飛び降りて、中に入っていった。
「………。私たちもいきましょうか」
「ねぇ、誰が来てるの?」
「見てからのお楽しみですよ」
そう言って、クノお兄ちゃんは頭をそっと撫でてくれた。
…誰なのかな?
「さあ、行きましょう」
「うん」
「ワゥ」
「あ。明日香。お帰りなさい」
「あれ?追い越してましたか」
「………」
「途中のお肉屋さんで、ちょっとだけお肉を貰ってたんだって」
「へぇ~。…ルウェさまも、明日香の言葉が分かるのですね」
「うん!最初は分からなかったんだけど、ずっと一緒にいたら分かってきたんだぞ。クノお兄ちゃんも、きっと分かるようになるよ」
「ふふ、そうですね」
「明日香も一緒に来る?」
「ワゥ」
「では、行きましょうか」
「うん!」
クノお兄ちゃんと手を繋いで。
宿屋の中に入ると、お盆を持ったお姉ちゃんがちょうど目の前にいた。
「あ、クノさん。お客さまです」
「はい」
「食堂におられますよ」
「はい。ありがとうございます」
「いえ。では」
お盆を持ったお姉ちゃんは、ニッコリ笑いかけてくれて。
そして、廊下の奥へ歩いていった。
「お客さまだって」
「はい。誰でしょうね」
「食堂って言ってた」
「そうですね。食堂に行ってみましょうか」
「うん」
食堂の方へ歩いていくと、望が途中で立ち止まっていて。
「望」
「え?あぁ、ルウェか…」
「どうしたの?」
「…ううん。なんでもない。じゃあ、行こっか」
「……?うん」
「食堂ですよ」
「はい。分かってます」
明日香はそのまま歩いていって、突き当たりの角を曲がっていった。
自分たちも、あとを付いていくように。
「………」
「望、どうしたの?」
「………」
「ねぇ、望」
「えっ?あぁ、何?」
「望、なんか変なんだぞ」
「そうかな…」
「うん。すごく変。どうしたの?」
「なんでもないよ」
そう言って、先に歩いていく。
…クノお兄ちゃんのイライショを見てから、ホントおかしいんだぞ。
どうしたのかな…。
明日香が曲がった角を同じ方向に曲がって。
すると、すぐに誰かの声が聞こえた。
「明日香。待て」
「………」
「待てよ~…」
「………」
「よっしゃ。食べてええで」
気が付けば、走り出して食堂に飛び込んでいた。
そして、明日香のすぐ前にいた人に飛び付いて。
「お兄ちゃん!」
「なんやなんや。びっくりするなぁ」
「お兄ちゃん!また会えたんだぞ…!」
「…せやな。また会えた」
「ほぅ。これがあの時の坊主か」
…誰かの声が聞こえた。
そっちを向くと、やっぱり誰かがいて。
「…おじさん、誰?」
「はっはっ、おじさんはないだろう。俺はまだ三十代だ」
「三十代ってなぁ…。三十八にもなりゃ、充分おっさんやろ」
「……?」
なんだか見たことあるような、ないような。
…誰?
「あぁっ!あの時の!」
「おぉ、落とし穴に落ちた娘さんか!」
「なっ…!」
「よく見りゃベッピンさんじゃねぇか。お前、こんな可愛い娘二人に何してたんだ」
「何て…。護衛に決まっとるやろ。金に目が眩むような誰かさんとちごてな」
「そうだそうだ、ユールオの医者って厳しいんだなぁ。こっちは狼に噛まれて重傷だってのに、適当に包帯巻いてハイさよならだぜ?信じられるか?」
「望がほとんど治してくれたからやろ」
「あの」
「ん?」
「私宛に依頼を出したのはどちらですか?」
「あ、それはオレや。てか、こいつのこと知らんやろ」
「はい、知りません。それで、依頼の内容ですが」
「あぁ、もうええわ。自分で見つけられたし」
「そうですね」
「え?誰なの?」
「決まってるやろ」
お兄ちゃんは、そっと頭に手を乗せて。
ニッコリ笑って。
「ルウェや。な、ええやろ、望」
「…仕方ないですね」
「へへっ。またよろしくな」
「うん!」
ギュッと抱き締めた。
だって、何も言えなかったんだもん。
お兄ちゃんの膝の上に座ってると、おじさんはジッと見てきて。
「そんなやつの膝に座って嬉しいのか?」
「…どういう意味や」
「望ちゃん、俺の膝に…」
「座りません」
「なんだ、つまらん」
「加齢臭プンプンさせたおっさんの膝なんかに座るか」
「望ちゃん、私、そんなに匂いますかねぇ」
「そうでもないですよ」
「どうだ」
「香油で消してるだけやろ」
「ルウェ、こっちに来ないか?」
「ルウェ、呼ばれてるよ」
(えぇ~…。あんなおじさん、イヤ)
「お前じゃねぇよ。可愛い方のルウェ」
(ボクも可愛いもん!)
「自分でゆうたらあかんやろ…」
(むぅ~…)
「それにしても、二人ともルウェか。ややこしいなぁ」
(仕方ないじゃん。ややこしいなら、おっさんが勝手に名前でも付けたらいいじゃない)
「おい、動かざること山の如し」
「誰やねん…」
「そこのチビ狼に決まってるじゃないか」
(そんな名前、イヤだからね!)
(じゃあ、クーア!)
(それじゃ、クーアと被るじゃない…)
(あ、そっか)
「じゃあ、侵略すること火の如し」
「なんで逆から戻っていってんねん…」
「ルウェは悠奈、クーアは七宝!」
(………)
「どうしたの?」
(いや、びっくりして…。今、考えたの?)
「んー?分かんない」
(クーは七宝って名前、好きだよ)
(うん。ボクも。ユウナかぁ。どんな字?)
「えっと、悠に奈って書くの」
(………)
「あはは…。まずはそこからだね…」
「……?」
どこから?
悠奈は悠奈なんだぞ。