397
「本殿の裏の温泉、鶉がたくさん入ってたよ」
「ふぅん」
「たぶん、人間が入っちゃうと、鶉が入れなくなるから、禁止されてるんじゃないかな」
「そうなのかな」
「お祭りの日は、なんで入っても大丈夫なのかは分からないけど…」
「神主さん、なんで、お祭りの日は裏の温泉に入っても大丈夫なの?」
「ん?明日香と、そんな話をしてたの?」
「うん。…なんで、明日香だけ呼び捨てなの?」
「えっ?あぁ…。まあ、なんでだろうね…。ワンちゃんだからかな」
「ふぅん…」
「それで、お祭りの日だけど、鶉があの温泉に入ってるってことは知ってる?」
「うん。今、明日香が言ってた」
「そっか。それで、なんだけど、なぜかお祭りの日だけ、鶉が一斉に温泉に入らなくなるんだ。人間がいるいないに関わらず」
「ふぅん…」
「まあ、神さまが入ってるんじゃないかって話でね。だから、鶉たちも遠慮するんじゃないかって。まあ、人間も、選ばれた人しか入れないしね」
「そうなんだ」
「あ、そうそう。歳を取った何羽かの鶉は、お祭りの日も入るみたい。鶉にも、選ばれた鶉がいるのかな、なんて思ったりするんだけど」
「鶉もお祭りするのかな」
「ははは。まあ、どうだろうね。してるかもしれないね」
「うん」
きっと、してるんだぞ。
お祭りって楽しいもん。
鶉も、お祭りをしたくなるに違いないんだぞ。
「やっぱり、神さまみたいなのがいるんだよ!その日だけ入らないなんて、絶対そうだよ!」
「そうなのかな」
「うん!」
「明日香はなんて言ってるの?」
「絶対に、神さまみたいなのがいるんだって。その日だけ、ウズラが入らないから」
「へぇ。まあ、動物って、人間より感覚が鋭いからね」
「そうなの?」
「ほら。地震の前に、犬や猫が不安がったりとかあるでしょ?たぶん、そういうものの一種なんだと思うよ。人間には見えない神さまも、見えるんじゃないかな」
「ふぅん…」
「ルウェ、やっぱり私、もうちょっと調べてくる」
「えっ。あ、ちょっと、明日香」
明日香は急に立ち上がると、そのまま裏の出口から出ていってしまった。
もう…。
好奇心旺盛なんだぞ…。
「また調査かな?」
「うん。もうちょっと調べてくるって」
「ふぅん。まあ、じゃあ、ルウェちゃんだけに、少しだけ手掛かりを教えてあげようかな」
「手掛かり?」
「うん。実は、この神社、今は神さまはお留守なんだ」
「お留守?じゃあ、神さまはいないの?」
「お祭りの日、神さまが温泉に入ってるんじゃないかって言ったよね。本当は、神社の伝承によれば、その日にだけ神さまが帰ってくるんだって言われている。神さまは、旅に出てるんだって。ルウェちゃんと同じで」
「ふぅん…」
「それと、もうひとつ。かつて、神さまは、二人の人間と一緒に温泉に入ったことがあるんだって。それで、その人間が誰なのか、どこにいるのかと、ずっと探し回ってるんだって」
「かつてって、いつくらい?」
「さあね。でも、神さまが、まだこの神社にいらっしゃったときだろうね」
「そっか…」
神さまは、誰と温泉に入ったんだろ。
今もずっと、その人を探してるなんて、なんかちょっと寂しいかんじがする。
…神さまにとって、そんなに大切な人だったのかな。
いつか見つかるといいな。
いつか…。
七十八番の引き出しを開けて、おみくじを取り出す。
それを神主さんに渡すと、次は五番の棒を渡されて。
「ちょっとお待ちくださいね」
「可愛い巫女さんを雇ったものねぇ。実は、神主さんの娘さんなんじゃないの?」
「そうだったらよかったんですけどね」
「大繁盛みたいねぇ」
「そうですね。誰が噂を広めたんでしょうか」
「敏子さんに決まってるじゃない」
「でしょうね」
参拝客が急にいっぱい来て、みんながおみくじを引いていくから、とても大変だった。
五番のおみくじの次は、百三十二番で。
さっきからずっと、動きっぱなし。
「リスみたいで可愛いわねぇ」
「今日が初仕事らしいので、ゆっくりとさせてあげたかったんですけどね」
「神主さんが、おみくじを棚から出す役をすればいいんじゃないかしら?」
「ルウェちゃんが買って出てくれた役です。断ったら失礼でしょ?」
「そこは、大人の男として、代わってあげなさいよ」
「意欲的に取り組んでもらえるのは、非常に有難いことですので」
「そんなこと言ってたら、奥さんに嫌われるわよ?」
「妻には苦労を掛けています」
「もう。のらりくらりとかわしていくわね」
「ふふふ。喋るのも、私の務めですので」
五十八番のおみくじを渡すと、次のおみくじの棒はもうないみたいだった。
もとの椅子に戻って、一息つく。
「ヤゥトから来たんだって?」
「はい」
「偉いわねぇ。大変だったでしょ」
「大変だったけど、楽しいです」
「いい子なのねぇ。誰と旅してるの?お父さん?お母さん?」
「何言ってるのよ。ほら、今日からしばらく入ってくれる子たちと一緒なんでしょ?」
「あぁ。そういえば、そんなことも言ってたわね。よく働いてくれて、とても助かってるわ」
「奥さま方も、戻らなくていいんですか?」
「どうせ、この時期は、ほとんどお客さんも来ないし」
「そうそう。亭主に任せておけばいいのよ」
「でも、ゆったりと温泉旅行に行けるくらい、大金持ちになりたいものねぇ」
「そんなの、温泉街の小さな商店じゃ無理よぉ」
「そうねぇ」
「まあ、せかせか働くのがお似合いってことね」
「その割には、休憩時間が長いようですが?」
「あはは。言うわねぇ、神主さん」
神主さんの肩を叩いて、大笑いするおばさんたち。
いつも、こんなかんじなのかな。
「でもまあ、ルウェちゃんのお姉ちゃんたちばっかりに働かせるのも悪いし、もうそろそろ帰りましょうか」
「是非ともそうしてください」
「ふふふ。じゃあね、ルウェちゃん。また来るわ」
「ありがとうございます」
「またね」
そして、おばさんたちは、またペチャクチャと喋りながら帰っていった。
…すごく賑やかだったんだぞ。
「まあ、ルウェちゃんのお陰だね」
「何が?」
「うん、いろいろと。…神社が賑やかになったら、神さまも帰ってきてくれるかな」
「毎日お祭りをしたら、きっと、ずっといてくれるんだぞ」
「ふふふ。そうかもしれないね」
お祭りの日だけ帰ってくる神さまだもん。
毎日お祭りをやってたら、楽しくて、ずっとここにいてくれると思う。
「すみません。可愛い巫女さんに、おみくじを引いてもらえると聞いたんですが…」
「おみくじは、ご自身で引いてくださいね」
…またちょっと忙しくなりそうなんだぞ。
でも、これで、少しでも、神さまがずっといたくなるような神社になれたらいいんだけどな。
そのためにも、しっかりと働くんだぞ。




