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「本殿の裏の温泉、鶉がたくさん入ってたよ」

「ふぅん」

「たぶん、人間が入っちゃうと、鶉が入れなくなるから、禁止されてるんじゃないかな」

「そうなのかな」

「お祭りの日は、なんで入っても大丈夫なのかは分からないけど…」

「神主さん、なんで、お祭りの日は裏の温泉に入っても大丈夫なの?」

「ん?明日香と、そんな話をしてたの?」

「うん。…なんで、明日香だけ呼び捨てなの?」

「えっ?あぁ…。まあ、なんでだろうね…。ワンちゃんだからかな」

「ふぅん…」

「それで、お祭りの日だけど、鶉があの温泉に入ってるってことは知ってる?」

「うん。今、明日香が言ってた」

「そっか。それで、なんだけど、なぜかお祭りの日だけ、鶉が一斉に温泉に入らなくなるんだ。人間がいるいないに関わらず」

「ふぅん…」

「まあ、神さまが入ってるんじゃないかって話でね。だから、鶉たちも遠慮するんじゃないかって。まあ、人間も、選ばれた人しか入れないしね」

「そうなんだ」

「あ、そうそう。歳を取った何羽かの鶉は、お祭りの日も入るみたい。鶉にも、選ばれた鶉がいるのかな、なんて思ったりするんだけど」

「鶉もお祭りするのかな」

「ははは。まあ、どうだろうね。してるかもしれないね」

「うん」


きっと、してるんだぞ。

お祭りって楽しいもん。

鶉も、お祭りをしたくなるに違いないんだぞ。


「やっぱり、神さまみたいなのがいるんだよ!その日だけ入らないなんて、絶対そうだよ!」

「そうなのかな」

「うん!」

「明日香はなんて言ってるの?」

「絶対に、神さまみたいなのがいるんだって。その日だけ、ウズラが入らないから」

「へぇ。まあ、動物って、人間より感覚が鋭いからね」

「そうなの?」

「ほら。地震の前に、犬や猫が不安がったりとかあるでしょ?たぶん、そういうものの一種なんだと思うよ。人間には見えない神さまも、見えるんじゃないかな」

「ふぅん…」

「ルウェ、やっぱり私、もうちょっと調べてくる」

「えっ。あ、ちょっと、明日香」


明日香は急に立ち上がると、そのまま裏の出口から出ていってしまった。

もう…。

好奇心旺盛なんだぞ…。


「また調査かな?」

「うん。もうちょっと調べてくるって」

「ふぅん。まあ、じゃあ、ルウェちゃんだけに、少しだけ手掛かりを教えてあげようかな」

「手掛かり?」

「うん。実は、この神社、今は神さまはお留守なんだ」

「お留守?じゃあ、神さまはいないの?」

「お祭りの日、神さまが温泉に入ってるんじゃないかって言ったよね。本当は、神社の伝承によれば、その日にだけ神さまが帰ってくるんだって言われている。神さまは、旅に出てるんだって。ルウェちゃんと同じで」

「ふぅん…」

「それと、もうひとつ。かつて、神さまは、二人の人間と一緒に温泉に入ったことがあるんだって。それで、その人間が誰なのか、どこにいるのかと、ずっと探し回ってるんだって」

「かつてって、いつくらい?」

「さあね。でも、神さまが、まだこの神社にいらっしゃったときだろうね」

「そっか…」


神さまは、誰と温泉に入ったんだろ。

今もずっと、その人を探してるなんて、なんかちょっと寂しいかんじがする。

…神さまにとって、そんなに大切な人だったのかな。

いつか見つかるといいな。

いつか…。



七十八番の引き出しを開けて、おみくじを取り出す。

それを神主さんに渡すと、次は五番の棒を渡されて。


「ちょっとお待ちくださいね」

「可愛い巫女さんを雇ったものねぇ。実は、神主さんの娘さんなんじゃないの?」

「そうだったらよかったんですけどね」

「大繁盛みたいねぇ」

「そうですね。誰が噂を広めたんでしょうか」

「敏子さんに決まってるじゃない」

「でしょうね」


参拝客が急にいっぱい来て、みんながおみくじを引いていくから、とても大変だった。

五番のおみくじの次は、百三十二番で。

さっきからずっと、動きっぱなし。


「リスみたいで可愛いわねぇ」

「今日が初仕事らしいので、ゆっくりとさせてあげたかったんですけどね」

「神主さんが、おみくじを棚から出す役をすればいいんじゃないかしら?」

「ルウェちゃんが買って出てくれた役です。断ったら失礼でしょ?」

「そこは、大人の男として、代わってあげなさいよ」

「意欲的に取り組んでもらえるのは、非常に有難いことですので」

「そんなこと言ってたら、奥さんに嫌われるわよ?」

「妻には苦労を掛けています」

「もう。のらりくらりとかわしていくわね」

「ふふふ。喋るのも、私の務めですので」


五十八番のおみくじを渡すと、次のおみくじの棒はもうないみたいだった。

もとの椅子に戻って、一息つく。


「ヤゥトから来たんだって?」

「はい」

「偉いわねぇ。大変だったでしょ」

「大変だったけど、楽しいです」

「いい子なのねぇ。誰と旅してるの?お父さん?お母さん?」

「何言ってるのよ。ほら、今日からしばらく入ってくれる子たちと一緒なんでしょ?」

「あぁ。そういえば、そんなことも言ってたわね。よく働いてくれて、とても助かってるわ」

「奥さま方も、戻らなくていいんですか?」

「どうせ、この時期は、ほとんどお客さんも来ないし」

「そうそう。亭主に任せておけばいいのよ」

「でも、ゆったりと温泉旅行に行けるくらい、大金持ちになりたいものねぇ」

「そんなの、温泉街の小さな商店じゃ無理よぉ」

「そうねぇ」

「まあ、せかせか働くのがお似合いってことね」

「その割には、休憩時間が長いようですが?」

「あはは。言うわねぇ、神主さん」


神主さんの肩を叩いて、大笑いするおばさんたち。

いつも、こんなかんじなのかな。


「でもまあ、ルウェちゃんのお姉ちゃんたちばっかりに働かせるのも悪いし、もうそろそろ帰りましょうか」

「是非ともそうしてください」

「ふふふ。じゃあね、ルウェちゃん。また来るわ」

「ありがとうございます」

「またね」


そして、おばさんたちは、またペチャクチャと喋りながら帰っていった。

…すごく賑やかだったんだぞ。


「まあ、ルウェちゃんのお陰だね」

「何が?」

「うん、いろいろと。…神社が賑やかになったら、神さまも帰ってきてくれるかな」

「毎日お祭りをしたら、きっと、ずっといてくれるんだぞ」

「ふふふ。そうかもしれないね」


お祭りの日だけ帰ってくる神さまだもん。

毎日お祭りをやってたら、楽しくて、ずっとここにいてくれると思う。


「すみません。可愛い巫女さんに、おみくじを引いてもらえると聞いたんですが…」

「おみくじは、ご自身で引いてくださいね」


…またちょっと忙しくなりそうなんだぞ。

でも、これで、少しでも、神さまがずっといたくなるような神社になれたらいいんだけどな。

そのためにも、しっかりと働くんだぞ。

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