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「ここには、ここら一帯の温泉を統治されている、湯神さまが祀られております」

「お賽銭ないネー」

「ナディアは、もともとお参りする気がなかったんでしょ」

「そんなことないヨ」

「さっき来たときも、同じこと言ってたの」

「そんなことないヨ」

「あるの」

「お賽銭はみなさまのお心ですので、なくても問題はありませんよ。ただ、入れていただいたお賽銭は、神さまがより快適に過ごしていただけるよう、いろいろな費用として当てさせていただいております」

「給料とカ?」

「我々の給料は、また別の場所から出ますので、神社の修繕費や整備費として使わせていただいております」

「神主さんの給料は、どこから出てるノ?別のところって、神社ではタダ働きなノ?」

「ご奉仕させていただいてる以上、タダ働きならよかったのですがね。我々にも生活がありますので。我々の給料は、神道中央管轄本部という場所から出るものと、御守りや破魔矢等の売上の一部から戴くものの二つがあります」

「儲かるノ?おっきい神社なら、御守りもたくさん売れるよネ?」

「ナディア、さっきから下世話な質問ばっかりなの」

「いいんですよ。気になることはどんどん聞いてください。それで、儲かるかどうかということですが。正直申しますと、そこまで儲かるとは言えないでしょうね。小さな神社に比べて御守りもたくさん売れるでしょうが、諸費用もそれだけたくさん掛かりますので。なるべく節約しようとしているのですが、それでもギリギリのところです。中央からの給料が出ていなければ、神社は運営していけないでしょうね」

「中央はどうやって儲けてるノ?」

「氏子というのはご存知でしょうか。神社には、それぞれ管理している土地というのがありまして、この神社であれば、この温泉街の一帯ですね。そして、その管理している土地に住んでいて、神道を信仰されている方は氏子と呼ばれ、この神社の神さまのご加護の下にあります。氏子さんたちには、祭事やいろいろな場面でお世話になることも多いのですが、我々の給料に関わるものとして、寄付金があります。その寄付金は、半分を神社の諸費用に当てさせていただき、残りの半分は中央へと集められます。中央は、言わば銀行のようなものになっており、投資や貸金で貯蓄を増やし、その貯蓄を、それぞれ神社の配当に合った分だけ、分配されるのです。そして、残高は、投資に失敗したときなどのために取って置かれます」

「失敗したことあるノ?」

「今のところはないようですね。神さまのご加護のお陰です。まあ、失敗した場合は、中央含め、おそらく全ての神社で給料が下りないため、失敗出来ないというのもあるのでしょう」

「大変だネ」

「氏子さんから戴いた大切なお金を失った報いとしては当然だと、私は思います」

「フゥン…。寄付金を隠したりはしないノ?給料、少ないんじゃないノ?」

「中央と神社から、毎年それぞれ何人かを派遣して、審査委員会を作っているんです。だから、お互いに監視…というのもなんですが、不正のないように見張り合ってるのですよ。まあ、不正があれば、お互いに損をするわけですし。たとえば、神社側が寄付金をピンハネすれば、長い目で見れば、最終的な総所得は減ります。それに、寄付をした際に、氏子さん方はその委員会へも必ず通達をする決まりとなっており、委員会が月に一回ほど台帳を照らし合わせ、符合しない場所があれば、調査のあとに厳罰を課す権限も持っています。そして、委員会は、中央に対しても同様の権限を持っています。さらに、中央が貯蓄を横領すれば、万一投資に失敗した場合に自分の首を絞めることになります。失敗した責任は、もちろん中央が取ることになるので。給料がなくなるのはもちろん、負債を返済する分が足りないとなれば、身を切って返していかないといけません。まあ、なかなか上手いことになってるようです」

「でも、よく分かんないネ」

「ええ、私にも分かりません。しかし、神さまにお仕えするという心は、神社も中央も変わらないと思いますので。だから、疑うよりも、信じる方が、素敵だとは思いませんか?」

「そうだネ。ところで、裏の温泉には入っちゃダメなノ?」

「ナディア、話が突然すぎるの」

「裏の温泉ですか…。あそこは神さまがお入りになる温泉なので、ここのお祭りの日、先に応募された方の中で抽選に通った六人だけが、祭事を行うために入ることを許される、という決まりになっています。ここの神さまは女性だということで、かつては男性のみの募集でしたが、現在は男性三人、女性三人として募集しております」

「その祭りはいつなノ?」

「如月の最初の頃ですね」

「なんダ…。まだまだ先だネ…」

「応募なさってはいかがですか?選ばれるかもしれませんよ」

「応募?どうやるノ?」

「事務所に応募用紙がありますので。ご案内いたします」

「うん。ルウェたちも、温泉に入りたイ?」

「ナディア。温泉に入るのが目的じゃないの。ちゃんと、儀式とかをこなさないといけないの。分かってるの?」

「分かってるヨ。神さまに、ナディアの踊りを見せてあげるネ」

「全然分かってないの…」

「ははは。まあ、大丈夫ですよ。そんなに難しいことはしませんし、お祭りのある三日間は、選ばれたみなさんは神さまのお使いとして、自由に入ることが出来ますので」

「ナナヤが羨ましがりそうなの」

「そうだネ。ナナヤも呼んで、一緒に応募しよっカ」

「それがいいと思うの」

「では、また後日ということですね」

「うん。ごめんネ」

「いえ、大丈夫ですよ。お待ちしております」

「ふぅ。温泉に入る約束も出来たシ…」

「温泉に入る約束をするための応募をする約束をしたってだけなの」

「分かってるヨ」

「あ、あの…」

「ん?どうしましたか?」

「ここの神さまは、ウズラですか…?」

「神さまのお使い…つまり、神使は鶉ですね。境内の、特に鎮守の森の中をよく探してみてください。小さく蹲っていますよ」

「神使って、鶏じゃないノ?」

「鶏が神使のところもありますね。伊勢神宮などはそうなのですが。ここは鶉です」

「フゥン。ウズラの卵とかは、食べたりするノ?」

「向こうに鳥小屋があるのですが、そこで生まれた卵は戴くこともあります。炊き出しやお祭りで八宝菜を作るときなどに使わせていただいておりますが」

「そうなんダ」

「はい」

「ルウェ、聞きたいのはそれだけなノ?」

「うん…」

「そうですか。お二方は、質問はもうありませんか?」

「紫色の袴って、高位神職者の袴だよネ?」

「えっ。神主さん、偉い人なの?」

「まだまだ未熟者です。しかし、この色に相応しい神官になれるようにと、常に努力してまいる所存であります」

「立派だネ」

「ナディア、最初からずっと失礼なの」

「ははは。まあ、今日のように、お気軽にお声を掛けてください。出来る限り、対応させていただきますので」

「分かっタ」

「では…もうご質問がないようであれば、失礼させていただきたいのですが」

「わたしはないの」

「ナディアもないネ。ありがト」

「いえいえ。では、失礼いたします」


神主さんは、丁寧にお辞儀をして、どこかに歩いていった。

しばらく、三人でそれを見送って。


「じゃあ、お参りして帰ろっカ」

「そうだね」

「お賽銭の代わりに、お饅頭じゃダメかナ」

「怒られると思うの」

「そっカ…。じゃあ、お賽銭はなしで仕方ないネ」

「お饅頭だけで、今日のお小遣いを全部使っちゃうナディアが信じられないの」

「宵越しの金は持たないんだヨ」

「遅かれ早かれ身を滅ぼすの、そんな考え方では」

「まあまあ。今日だけ特別だヨ」

「今日だけ今日だけが重なって、結局は身を滅ぼすの」

「じゃあ、リュウに助けてもらおうかナ」

「嫌なの」

「えぇ…」


二人、なんだかいいかんじ。

お笑い芸人になれるんじゃないかな。

…だけど、神さまのお使いがウズラってことは、チビの仲間もいるかもしれない。

チビを助ける方法も、分かるかもしれない。

これだけ広い神社の中を探すのは大変かもしれないし、もしかしたら、いないかもしれない。

でも、ちょっとでも希望を持っていいんだったら…。

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