390
神社を出て振り返ると、もうそこは広場になっていた。
ナナヤと澪に連れられて、そのまま宿に戻る。
部屋にはまだ誰も帰ってなくて、明日香が相変わらず隅で日向ぼっこをしていた。
「ね、ルウェ。元気出してよ」
「………」
「今はいろいろ考えることがあるんだろう。放っておいてやれ」
「無理だよ、そんなの…」
「ふん。…難儀だな」
「そんな言い方ってないでしょ」
「ナナヤに対して言ったんだ」
「そうだよ、難儀だよ。でも、澪は心配じゃないの?可哀想だって思わないの?」
「心配はともかく、同情など何の役にも立たない」
「薄情だね、澪って。信じらんない」
「ふん。何を以て薄情と言うのかは知らないが、考え方の違いで相手を批判するなど、愚かだとは思わないか」
「それは…」
「私たちが喧嘩をすることこそ、全く意味がないことだろう。同情の是非など、どうでもいいことだ。ルウェのことを本当に心配しているのなら、私に突っ掛かってくるな」
「………」
澪はナナヤを睨み付けてから、部屋を出ていってしまった。
ナナヤも、なんだか居心地悪そうにしていて。
「あっ、私…。ちょっと散歩してくるね…」
「うん。行ってらっしゃい」
「行ってきます…」
結局、自分と明日香しか残らなかった。
部屋の中は、なんだか急に静かになったような気がして。
「何かあったの?」
「うん…。ちょっとね」
「そっか」
明日香は窓の外を見て、眩しさに目を細める。
それから、のっそりと立ち上がって、こっちに歩いてきて。
「だいじょーぶだよ。何があっても。みんなと一緒に乗り越えていける」
「うん…。でも、あの場所にはもう行けないし…」
「あの場所?」
「神社があったんだ…。チビが封印されてる…」
「封印?穏やかじゃないね」
「チビは強力な妖怪で、でも、神さまで…」
「ふぅん…。その場所、どこにあったの?」
「広場のところ…」
「じゃあ、ちょっと行ってみようよ」
「でも…。もう行けないし…」
「行けないかどうかは、行かないと分からない。違う?」
「………」
「じゃあ、行こう」
明日香が服の裾を引っ張るから、行くしかなかった。
行っても無駄だと思うけど…。
だけど、行ってみないと分からないってのも、合ってるとは思う。
「でも、なんでチビなの?」
「ちっちゃいから。ナナヤが付けたんだぞ」
「ふぅん…」
明日香は、何か妙に納得したような顔をして。
何に納得したのかは分からないけど。
…とにかく、部屋を出て、さっきの広場に向かうことにする。
広場にはリュウとナディアがいて、何か話しているみたいだった。
その二人に近付いていって。
…やっぱり、もうあの神社には行けないのかな。
チビは…。
「あ、ルウェ。こっち来て、一緒にお饅頭食べようヨ」
「たくさんあるの」
「うん…」
「元気ないネ。どうしたノ?」
「チビが…」
「チビ?」
「ここに神社があって、チビが封印されてたんだ…。それで、明日香と二人で、もう一回見に行こうってことになったんだけど…」
「神社は、街の隅っこの方にあったネ」
「うん。結構立派な神社だったの。ルロゥのには負けるけど」
「全然立派な神社じゃなくて、どこにでもあるような、普通なかんじ。でも、奥行きは結構あって、裏に温泉があるんだぞ」
「あの神社にも、裏に温泉があったネ。しかも、すごく広かったシ。神さまが入るお風呂だから、特別な日以外は入湯禁止とか言われたけド」
「ちょっと入ってみたかったの」
「そうだネ」
「でも、ルウェが探してる神社ってどんなのか知らないけど、行ってみてもいいと思うの。何か分かるかもしれないし」
「うん、いいネ。もう一回頼んだら、入れてくれるかもしれないネ」
「それは無理だと思うの」
「えぇ…。まあ、行こっカ」
二人は椅子から立ち上がると、ついてくるように合図をして。
…何か手掛かりがあるかもしれない。
同じ街の神社だし。
「望とエルは、どこに行ったのかナ」
「どこかの温泉に入ってると思うの」
「美人の湯かナ」
「美人の湯に入ったからといって、美人になれるわけじゃないの」
「お肌ツルツルだヨ」
「それは、皮膚の表面が溶けてるの」
「へぇ。溶けてるんダ」
「だから、入りすぎたり、擦り過ぎてもダメなの」
「まあ、ナディアは、美人の湯に頼らなくても、充分美人だけどネ」
「………」
「冗談だヨ、ジョーダン
「でも、ナディアは確かに、結構美人だと思うの」
「そう…かナ。なんか嬉しいネ」
「ホントだよ」
「ありがト、リュウ」
「お饅頭ばっかり食べてたら、太ると思うけどね」
「うっ…。男は、少しぽっちゃりしてるくらいが好きなんだヨ、たぶん」
「それは、太ってる人の言い訳なの」
「あぁ、これが飴と鞭なのネ…」
ナディアは、顔に手を当てて空を仰ぐ。
それでも、お饅頭を食べる手は止まらないけど。
…そのうち、本当に太っちゃうんだぞ。
「…ちょっとは元気出た?」
「えっ?」
「暗い顔、少し明るくなったと思うけどネ。ナディアの尊い犠牲によっテ」
「本当のことを言っただけなの」
「やっぱり、リュウってば辛辣ネ…」
「みんな、隙が多すぎるの」
「その隙を突いてくるあたり、リュウも恐ろしい子ネ…」
「そんなことないの」
「どの口が、そんなことを言っちゃうのかナ…」
自分を励まそうとして、やってくれてるのかな。
でも、そうでなくても、二人の姿を見てると元気になれる気がした。
…でも、今のチビには、こんな友達もいないんだと考えると、そっちは哀しかった。
二つがぶつかり合って、混ざり合って。




