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「ゆで卵は、固茹で派?半熟派?」

「なんで?」

「ほら、温泉卵」

「温泉卵って、ゆで卵なの?」

「茹でてるのには変わりはないと思う」

「全然違うよ。ゆで卵は高温で茹でるから、先に白身が固まって、充分火を通せば、黄身も固まる。温泉卵は、黄身が固まる温度と白身が固まる温度の間で茹でて、黄身だけ固まらせたものだよ。黄身の方が、低い温度で固まるからね。で、ちょうどそれが温泉くらいの温度で、温泉で卵を茹でてたらそういうのが出来たから、温泉卵って言うんだよ」

「はいはい。蘊蓄をありがと。でも、虎が喋ったらダメだからね」

「いたっ!何も殴ることないじゃない…」


蓮華は、不満そうに唸って。

でも、ナナヤはそんなことはお構い無しで、横に並んでる店の中を眺めていた。


「炭酸煎餅だって。美味しそうだね」

「うん」

「さっきから、そんなのばっかじゃん。なんか買いなよ」

「蓮華、お金持ってる?」

「持ってるわけないじゃない…」

「私も持ってないから買えないね」

「なんで持ってないのよ」

「宿に忘れてきた。でも、お風呂はこの札だけで入れるし」

「お風呂しか眼中にないわけ?嫌だねぇ」

「何がよ」

「年寄り臭い」

「ふん。温泉の良さが分からないなんて、いくらピチピチでも可哀想だよ。頭が」

「頭は関係ないでしょ。財布は忘れるのに、温泉に入るための札は忘れないって思考回路が年寄り臭いって言ってるの」

「年寄りは両方忘れるよ」

「それは偏見でしょ。両方忘れる人もいるし、両方忘れない人もいる」

「それを言うなら、温泉に入ることしか頭にないピチピチの若者もいるし、温泉なんて全く興味ない年寄りもいるじゃない」

「はぁ…。もう分かったよ…」

「蓮華が言い出したことでしょ」

「はいはい…。ホント、軽口も通じないんだから…」

「ルウェ、こんなのは放っといて、温泉でも入りにいこうよ」

「いいけど」

「そんなぁ…」


ナナヤは蓮華を置いて、さっさと行ってしまう。

相変わらず、ナナヤの方が強いんだぞ。

…と、ナナヤは急に立ち止まって。

鳥居?

神社の方を見ている。


「こんなところに神社なんてあったんだ」

「神社?」

「うん。昨日は気付かなかったけど」

「えぇ…。それって、危ない神社なんじゃないの…?」

「じゃあ、蓮華が先に行ってよ。一番強いでしょ」

「嫌だよ…。怖いし…」

「なんで神社が怖いのよ。私は行くからね。行こ、ルウェ」

「うん」

「あ、待ってよ…」


三人で神社に入っていく。

蓮華はずっとビクビクしてるけど。

でも、どこにでもあるような、普通の小さな神社だった。


「普通の神社だね」

「うん」

「昨日までなかった神社が、いきなり現れるなんて、絶対変だよ…」

「昨日までなかったなんて言ってないでしょ。気付かなかっただけだよ、たぶん」

「たぶんってねぇ…」

「せっかくだから、お参りしていこっと」

「お賽銭は?」

「お金持ってないんだもん。仕方ないじゃん」

「呪われるよ、絶対…」

「大丈夫大丈夫。そんな度量の狭い神さまなんていないって」

「いやいや…。意味が分からないから…」

「私にとっては、蓮華の方がよっぽど意味分からないよ」


そう言いながら、ナナヤはガラガラと鈴を鳴らして。

自分も鳴らしてから、二回お礼をして、二回手を叩く。

…お願いすることは別にないけど。

とりあえず。

それから、最後に一回礼をして。


「家庭円満を願われても困る。妾は子宝安産の神なのでな」

「ひやぁっ!」

「なんじゃ、大きな声を出して」

「何これ、ヒヨコ?」

「妾のどこがヒヨコだと言うのじゃ。妾はこの神社に祀られておる神であるぞ」

「ふぅん」


…よく分からないけど、何か小さな鳥が、お賽銭箱の上に座っていた。

ヒヨコじゃなくて、ウズラ…かな。

たぶん。


「しかし、久しぶりの客じゃのう。まあ、ゆっくりしていけ」

「なんか可愛いね」

「うん」

「ちょっと…。危ないよ…」

「何が危ないのよ」

「噛まれるって…」

「お主は、図体がでかい割に臆病なのだな。妾を見習うがよい」

「………」

「私はナナヤって言うんだけど、あなたはなんて名前なの?」

「妾か?ふむ、何だったかな。まあ、好きに呼ぶがよい」

「じゃあ、チビね」

「うむ」

「いいんだ…」

「好きに呼ぶがよいと言ったのは妾なのでな。どういう呼ばれ方をしても、文句は言えんよ。それに、悪くはない名前だ」

「チビは、ここで何してるの?」

「何、とはどういうことか。見ての通り、ここでこうして、誰かが来るのを待っておるのだ」

「えぇ…。そうなんだ…。で、誰か来るの?」

「最近は、とんと来ぬようになったな。だから、お主たちが来てくれて、妾は嬉しいよ」

「そっか…」


鳥の表情ってよく分からないけど、チビは何か笑ってるようなかんじがした。

でも、チビも、ずっと一人で待ってたのかな。

…チビもって、他に誰がそうだったのかは分からないけど。

でも、それは、たぶん、寂しい。


「…お前たち、ここで何をしているのだ」

「あ、澪」

「それは私たちの台詞かな。昨日も帰ってこなかったじゃない」

「………」

「まあ、いいけどさ」

「…そのウズラ」

「チビだよ」

「うむ」

「………」

「何?」

「いや…なんでもない。私は宿に帰っている。心配を掛けてすまなかったな」

「心配なんてしてなかったけどね」

「それならいい」


澪は、一度だけチビの方を見て、そのまま神社を出ていった。

…でも、澪、どこにいたのかな。

社の裏から出てきたみたいだったけど。


「変わっておるな、あの者は」

「まあね。本当の姿は、すごく大きな龍なんだよ」

「ほぅ。また見てみたいものだな」

「そうだね。また今度だね」

「うむ」


チビは頷くと、毛繕いを始める。

カイトもよくするけど、やっぱり大切なことなのかな。

…澪が言い掛けてたことは気になるけど。

今は、とりあえず、気にしないことにする。

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