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「あれ、お赤飯だ。どうしたんだろ?」
「お祝いだヨ」
「えっ?誰の?」
「ナディアの」
「あ、そう…」
「ユゥク、ちゃんと言っておいてくれたんダ」
「変なお願いしたんじゃないでしょうね…」
「全然変じゃないヨ」
「どうだか…」
「それにしても広いね。三十畳だって?」
「うん」
「桐華さんが、広い部屋の方がいいって言ったらしいよ?自分が泊まるわけでもないのに」
「ふぅん。まあいいじゃん。こんな部屋、普通じゃ泊まれないよ。やっぱり、団長の権限ってやつなのかな」
「この時期、ここらへんはあんまり混まへんから、割とどんな部屋でも空いてんで」
「なんだ…。特別扱いされてるんだと思っちゃったじゃない…」
「でも、食事も豪華だよね。さすが、ユンディナ旅団の宿ってかんじ」
「まあ、客が来んからゆうて、適当なもんは仕入れられへんしな」
「宿泊代、高くなりそうだね」
「混まん時期は、お客さんが来てくれるだけでも有難いゆうて、かなり値引きとかすんで。混む時期と変わらん品質とか応対やのに、料金は半額以下とかな」
「ふぅん。よく知ってるんだね、やっぱり。さすが団長の補佐ってかんじ?」
「そんなことないよ。桐華姉ちゃんと一緒にいたら、お茶の知識ばっかり増えていくし」
「そうなんだ…」
「どちらかと言えば、今のは遙姉ちゃんに教えてもらったことやしな」
「ふぅん。まあ、とりあえず、ごはんにしよっか」
「うん」
望が、お赤飯を分けていく。
何もお祝いじゃないのにお赤飯なんて、変なかんじだったけど。
「でも、ごはんってこれだけなノ?」
「あとからまた来るんだよ。これは先付けって言って、まあ…前菜だね」
「フゥン。よく分からないけド。でも、よかっタ。これだけじゃ、お腹空くもんネ」
「そりゃそうだよ。いつも食べてる量よりも少ないじゃない。残りもそのうち来るから、先に食べとこうよ。はい、ナディアの分」
「ありがト。でも、なんで分けて出すノ?」
「さあ?机の上がいっぱいにならないようにじゃないの?あとは、ゆっくり出すことで、じっくり味わってもらったり、会話を楽しんでもらったりとかもあるんじゃないかな」
「フゥン…」
「まあ、深く考えないことだよ。じゃあ、いただきますしよっか」
「うん」
「いただきます」
「いただきまーす」
先付けは、何か小さな器が三つくらいあって、中にそれぞれ違う料理がちょっとずつ入ってて、なんか、すぐに食べ終わってしまいそうだけど。
ナナヤなんかは、一口ずつで食べてしまって、もう何も残ってなかった。
早すぎなんだぞ…。
とりあえず、どれも美味しそうで迷う。
どうせ全部食べるんだけど。
どれから食べようかな。
行灯の火がチラチラと揺れる。
夕飯、美味しかったんだぞ。
もうお腹いっぱい。
「三十畳もあるとさ、どこに寝るか迷うよね」
「まあ、どこでもいいんじゃない?」
「それはそうだけど…」
「桐華姉ちゃんは、ホンマ、大きいもんとか、広い空間に、無駄に憧れてるしな」
「そんなかんじだよね」
「だから、すぐにこういう部屋とか薦めるんやけど。でも、自分の部屋は、六畳くらいしかないねんで。遙姉ちゃんに止められてるゆうんもあるけど」
「ふぅん。まあ、私たちも六人だし、この部屋でも一人あたり五畳…ん?」
「なんか忘れてる気がするね」
「あ、澪だよ、澪。夕飯のときもいなかった」
「あぁ…。どこ行ったんだろうね…」
「さあ…。ルウェ、昼に何かあった?」
「うーん…。澪が、カイトに起こられてた」
「へぇ。なんで?」
「よく分かんないけど」
「…あ、カイトから、ちゃんと話は聞けた?」
「うん…」
「そっか。よかった」
「そ、それでね、ユゥクお兄ちゃんからも、下着を貰ったんだ…」
「そうなんだ。よかったじゃない。じゃあ、いつ来ても大丈夫だね」
「うん…」
「あーあ。ルウェも、月のものに悩まされるときが来るんだねぇ」
「ナナヤは、全然悩んでるようには見えないけど」
「そうかなぁ。悩んでるよ、たぶん」
「そう…」
「ナナヤお姉ちゃんは楽天家だから、悩むくらいなら別のことに転換すると思うの」
「おっ、リュウ、なかなかよく見てくれてんじゃん」
「能天気だって言われてるようにも聞こえるけどね…」
「まあまあ。とりあえず、私はそんなに痛むこともないし。そこまで悩むほどのことでもないってのもあるかな」
「いいなぁ。私なんて、頭が痛くなったりするときもあるから大変だよ」
「痛みは主観でしか測れないから、もしかしたら、同じくらいの痛さかもしれないの」
「それはそうだけどさ…」
「まあ、自分が一番辛いんだなんて思わないことだね」
「そんなことは思ってないけど、ナナヤよりも絶対に私の方が辛いよね…」
「心の持ちようだよ、こういうのは。まだ何十年と付き合っていかないといけないのに、こんなことでクヨクヨしてたら、絶対に損だもん」
「えぇ…。辛いものは辛いよ…」
「毎月大変でしょ、そんなこと考えてたら。精神が擦り減っちゃうよ」
「私は、ナナヤみたいに楽天家にはなれないなぁ…」
「そんなことないよ。何だって、後ろを向いてたら、後ろ向きにしか進めないんだよ。無理にでも前を向いて、前に突き進んでいれば、いつかは自然に前に進めるようになるし」
「うーん…。そんなものなのかな…」
「そんなものだよ」
ナナヤは、望の肩を叩いてニッコリと笑う。
望の方はまだ複雑な顔をしてたけど。
「で、何の話から、こんな話になったんだっけ?」
「澪ちゃうん?」
「あぁ、澪ね。たぶん大丈夫だから、先に寝ちゃおう」
「えぇ…」
「明日になったら帰ってくるって。今はあんまり、誰とも関わりたくないんでしょ」
「そうなんかな…。でも、そんな適当な…」
「いいのいいの。じゃあ、私はもう寝るから」
「ホンマ、能天気と言うか、何と言うか…」
ナナヤは、もう布団に入って目を瞑っていた。
自分たちも、何もすることがないし、それぞれで手持ち無沙汰にしていて。
ナディアの月光病の話も聞いておきたかったけど、ナナヤも寝てるし、澪もいないし、今日はもう話す気はないみたいだった。
…まあ、いっか。
また明日にすればいいんだぞ。
自分も布団に横になると、すぐに眠たくなってきて。
お休みなさい…。




