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「もうそろそろだよ。見えてきた」
「お風呂あるかなー」
「あるといいね」
「桐華もユゥクも知らないの?」
「普段は寄らないしねぇ」
「寄ろうよ」
「ぼくは、お風呂に入らなくても平気だしねぇ」
「桐華の話なんて聞いてないよ」
「僕も、汚いのは嫌だけど、経費削減のために寄らないかな」
「えぇ…。三大旅団なんでしょ?」
「気ままに旅をするのと、旅団を経営しながら旅をするのとでは、全然違うんだよ」
「そりゃそうだけどさ…」
「まあ、最近は、道の駅って言っても、旅団とか組合の支援で施設が充実してきてるところも多いからね。お風呂もあるかもしれないよ」
「ホント?楽しみだなぁ」
「まだあるって決まったわけじゃないからね」
「分かってる分かってる」
でも、少しは希望が持てて、ナナヤは嬉しそうだった。
上の窓から外を見て、鼻唄なんか歌ったりして。
「ん?なんだ?」
「何?」
「ほら、誰か走ってきてるじゃないか」
「あぁ、そうだね。食後の運動じゃない?」
「食後にあれだけ猛烈に走ったら、肝臓が悲鳴を上げるよ」
「何なんですか?」
「うん。なんか、猛烈に走ってくる人がいて…。わっ、危ない!」
「わわっ!」「な、何?」
急にガクッと揺れて、馬車が止まる。
そして、馬が文句を言うように鳴いていた。
…でも、みんなが転けてる中、なぜか、澪と明日香だけは普通に座っていて。
「いたた…。何?」
「キミ、危ないだろ。何やってるんだ」
「この先に、ミチノエキ、あるヨ。寄っていかないカ?」
「客引きですか?」
「そうみたいだね…。道の駅は、客引きなんてしないんだけど…」
「来るなら案内するネ!」
「外国の人?」
「どうも、そうらしいねぇ…。まったく、無謀なことをするんだから…」
「イイ馬だネ。ミチノエキにも、イイ馬いるヨ!」
「あのねぇ、キミ。馬車の前に立ちはだかったりして、轢かれでもしたらどうするんだ」
「みんな優しいからネ。ナディアが轢かれる前に止まってくれるヨ」
「はぁ…」
「寄る?寄るなら、案内するヨ!」
「あのねぇ。案内って、もうあそこに見えてるじゃないか。してもらう必要なんてないよ」
「そうカ?ナディアは、ここに来るまでに十分くらいかかったナ」
「普通に歩いてそれくらいだからね…」
「まあ、なんでもいいじゃないカ。行こう行こう」
「あ、ちょっと」
「まあいいじゃん。どうせ行くつもりだったんだし」
「そうだけどさ…」
よく分からないけど、外国の人が、必要のない案内を道の駅までしてくれるみたい。
馬がゆっくりと歩きだして、ユゥクお兄ちゃんはため息をついていた。
…ここからは馬の陰になって見えないけど、どんな人なのかな。
サンみたいな子かな。
ちょっと楽しみ。
外が少し賑やかになってきたあたりで、馬車がまた止まる。
それから、幌の後ろ側が開いて。
「さあ、お客さま。到着しましたヨ!」
「あ、わざわざすみません」
「イヤイヤ。これも、ナディアのオシゴトですからネ」
「お仕事ってねぇ、ナディア」
「あ、御者さんのオシゴト、取っちゃいましたネ。ゴメンナサイ」
「そういう意味じゃないよ、まったく…」
「ン?」
「まあ、みんな、降りてきなよ」
「はぁい」
ユゥクお兄ちゃんに言われて、一番近い望から順番に降りていく。
自分と明日香が一番最後で、ナディアって子が手を取ってくれて。
「アナタが最後かナ?」
「うん」
「白いオオカミさんも一緒ネ」
「………」
「はぁ、疲れた」
「疲れタ?じゃあ、お風呂に入って、ゆっくり休んでいくといいヨ」
「えっ、お風呂あるの?」
「あるヨ。一番奥にあるから、着替えだけ持っていけば、あとは全部揃ってるから」
「やった!じゃあ、入ってくるね!」
「あ、ナナヤ、待ってよ。私も入る」
「支配人はどこかな」
「支配人室にいるんじゃないかナ」
「その支配人室はどこにあるの?」
「ンー。右…かナ?」
「…自分で探すよ」
「そう?ゴメンネ」
「………」
ユゥクお兄ちゃんは、かなり疲れたような顔をして、道の駅の中に入っていった。
どうしたのかな。
よく分からないけど。
「…私は少し散歩に出てくる」
「この辺は森ばっかりだけどネ。ミチノエキの裏に回ったら、お風呂場、覗けるヨ」
「ふん。人間の裸になんぞ興味はない」
「そう?残念ネ。今、さっきの人たち以外にも、カワイイ女の子、入ってるのニ」
「………」
クルリと後ろを向いて、澪はさっき来た道を引き返すように歩いていった。
どこに行くんだろ。
まあ、澪の好きなところに行くんだよね。
たぶん、お風呂じゃないと思うけど。
「…ところで、ナディア」
「ン?」
「これ、欲しかったんじゃないのかな。お小遣い」
「バレちゃったかナ?」
「旅の資金がなくなったとかでしょ?仕方ないなぁ。遙から、ちょっと余分に預かってるからあげるよ。あとね、次の街までなら送ってあげるから、こんなところで無認可の客引きなんてやらないで、街でしっかり働きなよ?」
「ハァイ。分かりましタ」
「…じゃあ、ぼくは、ちょっと中でのんびりしてくるから。四人で、ちゃんと仲良くしなよ」
「ハイハーイ」
桐華お姉ちゃんが中に入ると、あとは四人…明日香も入れて五人だけが残った。
それから初めて、ナディアをよく見ることになって。
まず、肌が日焼けしたみたいに黒くて、背はリュウより少しだけ高かった。
それから、目は金色で、キラキラ光ってるように見える。
「ン?どうしたのかナ?」
「ううん。自分の知り合いの外国の人とは違うなって思ってただけ」
「どんな人なのかナ?」
「金髪で赤い目をしてて、肌が白いんだ」
「そっカ。ナディアは褐色だからネー。珍しいかナ?」
「珍しいっちゃ珍しいなぁ。うちも、ナディアみたいな人、見たことないし」
「あんまりいないんダ、このあたりには」
「うん、まあ」
「アナタたち、お名前ハ?」
「あ、うちはエルやで」
「わたしはリュウなの」
「自分は、ルウェなんだぞ」
「エル、リュウ、ルウェ。オオカミさんは、なんて名前なのかナ?」
「明日香なんだぞ」
「へぇ、アスカ。みんな、イイ名前だネ」
「うん。ありがと」
「まあ、立ち話も何だから、中に入ってゆっくり話そうヨ」
「せやな」
ナディアに手を引かれて、建物の中に入っていく。
…そういえば、馬車を降りてからずっと、ナディアの手を握ってたな、なんて。
どんな子なのかな。
楽しみなんだぞ。




