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遠くの方から誰かの声が聞こえて、馬車が停まった。
なんだろうと思ってたら、声が近くなってきて、桐華お姉ちゃんが返事する。
「なぁに?」
「この度、国の方針転換により、このあたりに関所を設けて、通行税を取ることになりました。お納め願えますか?」
「えぇー、通行税?そんなの聞いてないけど。どこが集めてるの?」
「旅団天照です」
「ふぅん…」
「天照が集めてるんだ」
「ぼくは聞いてないよ。遙も何も言ってなかったし」
「あの、払わなければ通行不可となりますが…」
「いつから集めてるの?」
「一ヶ月ほど前からですが…」
「国からの勅命書とかあるはずだよね。見せてくれない?あと、天照の団員証と。疑うわけじゃないんだけどね。確認だよ、確認」
「はぁ、分かりました。少々お待ちください」
そして、足音が遠ざかっていく。
…天照が集めてるのに、桐華お姉ちゃんが聞いてないなんて、ちょっとおかしい気がする。
何なのかな。
「ねぇ、怪しくない?」
「怪しい怪しい。エルは何か聞いてるの?」
「うちも、なんも聞いてへんで。まあ、十中八九、偽者やろうな」
「でもさ、相手も運が悪いよね。ご本人登場なんてさ」
「なんだ。詐欺師の類か?」
「そうだよ。関所が出来たとか言って、旅人からお金を巻き上げるんだよ」
「ふぅん…。人間は、よくそんなことを思い付くのだな」
「まあねぇ。楽してお金を手に入れたいとか思うんでしょ」
「まったく。人間は、オカネというものに踊らされているのだな」
「そうだね。人間は欲深い生物だし」
「ふむ」
澪は顎に手を当てて、首を傾げる。
癖なのかな。
なんか、ちょっと面白い。
「お待たせしました。こちらです」
「はい、どうも。じゃあ、逮捕だね」
「はい?」
「まず、勅命書は必ず、毎月変わる指定された色の紙に書いて、指定された色の紐で結ばないといけないんだよ。偽造を防ぐためにね。一ヶ月くらい前に発行されたんだったら、これはどっちの色もハズレ。開くまでもなく偽物ってわけ。次に、旅団天照の団員証は、こういう首から掛けるやつじゃないからね。紋章はだいたい合ってるけど、よく今まで誤魔化せてきたね。まあ、そういうわけです。ちなみに、ぼくが旅団天照の団長だよ」
「ふん。嘘ですね。私は確かに旅団天照の団員で、この勅命書を受けました」
「あのねぇ。じゃあ、国に確認取ってみようか。そしたら、すぐに分かることなんだよ」
「そうやって、税を払わずにここを通るおつもりですか?」
「自首すれば、ちょびっとだけど、罪も軽く出来るんだよ?」
「罪を犯していないのに、罪に問われるはずもありません」
「分からない人だなぁ」
「分からないのはあなた方でしょう。渋らずに、きちんと税を支払えば済むことでしょうに」
「税じゃないでしょ」
「仕方ないですね。どうしても支払わないと言うのであれば、その荷物を差し押さえさせていただきますよ」
「関所では、違法物の差し押さえはあっても、税としての荷物の差し押さえはないんだよ。ただそこを通行出来ないってだけ。覚えておきなよ」
「これも国の方針です。取り掛かりなさい」
ざわざわと、周りが騒がしくなる。
それから、人の足音が近付いてきて。
「山賊の類だね。みんなお縄についてもらうから」
「まあ、ここまでくれば、もういいでしょう。そうです、私たちは山賊と呼ばれる人間ですよ。あなた方を確実に取り囲むため、本当にご本人かどうかは知りませんが、少々時間稼ぎをさせていただきました。しかし、中にいるのも数人でしょう。その程度で…」
鈍い音がして、誰も喋らなくなった。
…何があったのかな。
あんまり想像したくはないけど。
「山賊って認めたね?じゃあ、武力行使が許されてるから、覚悟しなさいよ」
「桐華。それは、武力行使をする前に言うんだよ」
「あれ?そうなの?」
「…か、掛かれーっ!」
「まったく…。荒っぽすぎるんだよ、桐華は…」
「いいじゃんいいじゃん」
それから、馬車が少し揺れたかと思うと、また鈍い音が聞こえてきた。
たぶん、桐華お姉ちゃんが馬車から飛び降りたんだと思うけど。
「ど、どうしよう…」
「まあ、ゆっくり待ってたらええんとちゃう?」
「えぇ…」
「私も加勢してこようか」
「やめときやめとき。桐華さんが暴れ始めたら、全部終わるか、遙さんに殴られるかしやな、絶対に止まらんから」
「私も行けば、早く終わるのではないのか?」
「巻き込まれて、傷とか開いてもあかんし。まあ、待っとき」
「うむ…」
エルの話を聞いてると、今までの桐華お姉ちゃんが崩れていくような気がした。
でも、それだけ強くて、自分たちをちゃんと守ってくれるってことだよね。
そう考えると、ちょっと安心。
…外からは何かいろんな音が聞こえてきたけど、馬車は揺れもしないで。
それから、何分と立たずに、すっかり静かになった。
「弱い弱い。こんな弱いのが本当に天照の団員なら、犬の護衛すら出来ないよ」
「………」
「まあ、牢屋の中で、しっかり反省することだね。しばらく出てこれないだろうし」
「…すみません」
「謝るなら最初からしない。これ、鉄則」
「………」
「ユゥくん、お願い」
「もう出しといたよ」
「うん。ありがと」
それから、パンパンと二回手を打つ音が聞こえて。
全部終わったみたいだった。
「わぁ、貯め込んでるねぇ。しかも、小銭ばっかり。セコいなぁ。でも、追い剥ぎじゃなくて、ちゃんと関所っぽいことをやってたんだね」
「ちょっと、桐華。桐華が泥棒みたいになってるよ」
「調査だよ、調査」
「まったく…。みんな、怪我はなかった?」
「怪我する要素がなかったの」
「うん」
「あはは、そっか。それはよかった」
「何人くらいいたんですか?」
「んー、十五人くらい?大した人数じゃないよ」
「充分大した人数ですよ…」
「まあ、桐華はまだ聖獣とも契約してないしね。でも、熊だし、戦うのも好きだし」
「ホントに…。ヒヤヒヤさせないでくださいよ…」
「まあまあ。桐華がいれば、道中の心配はないって分かったでしょ?」
「それはそうですけど…」
「あ、この山賊、賞金付きで指名手配されてるやつらじゃん。やったね」
「桐華のお小遣いにはならないと思うよ」
「えぇ…」
話してるかんじは、いつもの桐華お姉ちゃんで安心した。
たぶん、戦いのことになったら人が変わるとかいうやつなんだぞ。
…でも、人が変わっても、優しい桐華お姉ちゃんには変わりはないから。
自分たちを守ってくれた。
だから、大丈夫。




