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「面倒だな、人間の女というのは…」
「でも、ちゃんとやっていかないといけないことだし。まだまだあるんだからね」
「ふむぅ…」
澪は腕組みをして唸り始める。
でも、すぐに、望に足を叩かれて。
「胡座を掻かないの」
「しかし、これが一番楽なのだが…」
「胡座くらい、いいと思うの。わたしもやるし」
「ダメだよ、リュウ。はしたないでしょ」
「澪はそんなことを気にしないといけないような、お淑やかな女の子ってかんじじゃないからいいと思うの」
「………」
「お淑やかにしなくちゃダメ。せっかく美人に変化してるんだから」
「望お姉ちゃんは拘りすぎなの。望お姉ちゃんだって出来てないこと、たくさんあるよ?」
「だから、澪にはちゃんとしてほしいんだよ」
「自分が出来てないことを、他人に強制することは出来ないの」
「でも…」
「まあまあ。女の子らしく振る舞う基礎くらいは、だいたい教えたんだし、今はそれでいいんじゃないの?」
「もう…。ナナヤまで…」
「気楽にしたらええと思うよ。うちらかて、そんな気ぃ張って生活してるわけちゃうし」
「むぅ…」
「ややこしいな…」
「澪のやりたいことやればええやん。ただ、女の子として生活するんやったら、最低限のことはやってもらわな困るけどってこと」
「最低限…?どこからどこまでが最低限なのだ?」
「まあ、人前で服脱がんとか、ガン飛ばさんとか…」
「ガントバサン…?初めて聞いたが…」
「眉間に皺を寄せたり、喧嘩を売るような目で睨み付けないことってやつだよ。まあ、あんまり女の子が使うような言葉じゃないとは思うけどね」
「うっ…」
「いろいろな言い方があるのだな…」
「そうだね」
「…胡座は掻いていいのか?」
「まあ、そんくらいはええんちゃう?立つときは、ちゃんと服の裾とか整えなあかんけど」
「ふむ…」
「旅袴だったらそんなに乱れないと思うけどね。あと、これも人前ではあんまりやらない方がいいかな。人前では、なるべく正座か、少し崩すくらい」
「そうか…」
そう言いながら、早速胡座を掻く。
それから、また顎に手を当てて、何かを考えるように眉間にシワを寄せて。
「考え事をするときに、眉間に皺を寄せる癖を直さないとね」
「む?寄っているか?」
「寄ってるよ」
ナナヤが澪の眉間を揉むと、シワは消えていった。
でも、すぐにまた出てきて。
…意味ないんだぞ。
「寄せすぎて戻らなくなったかな?」
「む?」
「あれ?この姿でも三つ目なんだね」
「うむ。まあ、いくら変化といえど、身体の根本的な構造は変えられないからな。ただ、人間は三つ目ではないから、こうやって隠しているわけだが」
そう言って、前髪をおでこに掛ける。
…確かに、目をピッタリと閉じて、こうしていれば、全然見えないんだぞ。
「まあ、お前たちの前でなら、開いていてもいいかもしれないな」
「誰かに見つからないようには、注意してなさいよ」
「分かっている」
首を傾げて、ついでに前髪を横によけると、金色の目を開く。
…相変わらず、綺麗な目なんだぞ。
「綺麗だよね。なんか、澄み通ってるというか」
「うむ…。この目は、相手を魅惑してしまう力があるんだ。私にも制御することは出来ない。天性の自衛能力だと思うし、私も出来るだけ目を合わせないようにするが、あまり見つめないようにしないと、惹き込まれてしまうぞ」
「惹き込まれるって?」
「主に対する龍のように、私に忠を尽くすようになったりだな。まあ、一時的な効果ではあるが、人によっては中毒になる者もいるようだ。…私は、お前たちを隷属させたくはない」
「えぇ…」
「自分は、見つめてても大丈夫なんだぞ」
「えっ、ホントに?」
「ルウェは、瞳の魔力というか、そういうものに対抗する力があるんじゃないだろうか。私も、なぜルウェが他の者と違うのかは分からない。…まあ、最初はともかく、あまりしげしげと見るものでもないだろう。この目と、目を合わせてじっくりと見つめ合わない限りは、即効性があるわけでもない。普段の会話等をする分には、なんら問題はないだろう。ただ、私も目を合わせないようにしたり、閉じるようにはしておくが、お前たちも、私と面と向かうときは、なるべくこの目を見ないようにしてくれないか」
「分かった分かった。でも、よかった。盗み見すれば大丈夫なんだね」
「…あまり気分のいいものではないがな。見たいのであれば、致し方ないだろう」
「あはは、冗談冗談」
「………」
ナナヤは澪の背中をバシバシと叩いて。
…まあ、ナナヤの場合は、冗談なのか本気なのか、よく分からないときがあるけど。
「でもさ、やっぱり、お淑やかに振る舞うべきだよ。澪、すごく可愛いもん」
「…望姉ちゃん。時代は動き続けてるもんやで」
「えっ?」
「その話は、もうとっくの昔に終わってるの」
「えぇ…」
…望、今の話、ちゃんと聞いてたのかな。
ちょっと不安だけど。
「そういえば、その身体では、月のものとかあるのかな」
「人間のこの年頃の娘にあるのであれば、あるだろうな」
「へぇ。男なのに?」
「そういったものは関係ない。術式による変化というのは、キトラも言っていたと思うが、ある情報をもとにして、その情報のほぼ完全な複製を作るというものだ。だから、変化する個体が男であろうが女であろうが、情報が女のものであれば、精神以外は女になる」
「…情報って何よ」
「記憶などだな。上位の者になれば、人間や龍といった漠然としたものから、自分の思う通りの姿を作ることが出来るらしいが。私は、変化自体が苦手だから、記憶の中の、もともとの私の姿に似た誰かに変化することしか出来ない」
「ふぅん…。じゃあ、それは実在した人の姿なの?」
「そうだな」
「へぇ…。龍人って実在するんだ…」
「龍がいて人がいれば、龍人もいるだろう」
「そんな適当なものなの…?」
「さあな」
澪は首を傾げて、少し翼をはためかせる。
それから、金色の目をこっちに向けて。
「まあ、とにかく、女らしく振る舞えるよう、ある程度は努力しよう」
「頑張ってね」
「うむ」
女らしくって、自分でもどうすればいいのかは分からないけど。
…自分も、女の子らしく振る舞った方がいいのかな。
ちょっと考える。




