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カタカタと音がする。
何の音かは分からないけど。
もう一度寝返りを打って、目を開ける。
「起きたか」
「………」
「どうした?」
誰だっけ。
なかなか思い出せない。
でも、ゆっくりと分かってきて。
青い目と金色の目。
それから、長い尻尾。
「澪…」
「ああ」
「うーん…」
「まだ眠いか?」
「うん…」
「夜明けまで、まだもう少し時間がある。それまで寝ていればいい」
「ん…」
目を瞑ると、誰かが優しく撫でてくれた。
…澪は寝ないのかな。
澪だって、まだ眠いはずだし…。
でも、そんなことを考えているうちに、意識はゆっくりと遠退いていった。
また目が覚めた。
少しだけ、鳥の声も聞こえる。
だけど、車輪の音は聞こえなくて、澪も近くにいないみたいだった。
「………」
起きて周りを見回してみると、確かに昨日乗った馬車の中なんだけど、誰も乗ってなかった。
一度伸びをしてから立ち上がって、外に出てみることにする。
ホロの後ろのところを少し開けて周りの様子を確認すると、近くから川が流れる音がして。
「む。起きたか」
「あ、澪。おはよ、なんだぞ」
「おはよう。近くに川がある。顔を洗ってこい」
「うん」
「朝ごはんも、もうすぐ出来る頃だろう。同じ川原で作っているよ」
「うん」
馬車を降りて、川の音を聞く。
それから、澪の手を取って。
「行こ?」
「む。御供をせよとのことなら、行くとしようか」
「御供じゃないんだぞ。そんなの、全然友達っぽくないし」
「トモダチ…。私には、まだ理解出来んな。トモダチとは、どういうものなのだ?」
「こうやって、一緒に顔を洗いに行くものなんだぞ」
「むぅ…」
なんか、唸り方が凛に似てると思った。
でも、そんなことは、今はどうでもいいんだぞ。
澪の手をもう一回引っ張ると、渋々といったかんじで立ち上がって、ついてきてくれる。
「なぁ、ルウェ」
「何?」
「今更ではあるが、ルウェは私を怖いとは思わないのか?」
「なんで?」
「昔、封印されていたほどの身だし、ルウェたちとは違い三つ目だ。そんな奇々怪々な生物と、お前たちはどうして恐れることもなく、むしろ付き合おうとするのだ」
「澪なんて、全然怖くないもん」
「………」
「澪って、優しい目をしてる。それは、きっとみんな分かってること。昔に何があったとか、自分たちとは違うところがあるとか、そんなの、仲良くなるためには何の邪魔にもならないんだぞ。…澪は、みんなと仲良くしたくないの?」
「そんなことはないが…。よく分からないのだよ。一晩中考えても、答えは出なかった。どうして、お前たちは、私と対等に渡り合えるのか。どうして、恐れないのか。トモダチとは、いったい何なのか」
「一晩中考えてたの?」
「む?いや、まあ、途中で眠りこけてしまっていたかもしれないが…」
「よかった」
「何がだ」
「そんなことを考えてて、寝られなかったとしたら、大変だもん。たぶん、そういうのって、考えても分からないことだもん」
「ふむ…」
澪が首を傾げたところで、茂みを抜けて、川原に出る。
ちょっと向こうの方で、みんなが火を起こして、ごはんを作っていて。
「あ、ルウェ。起きたんだ」
「うん」
「もうちょっとで出来るからさ、顔でも洗って待ってなよ」
「分かった」
望の言う通りに、川の横まで行って、顔を洗う。
水はとても冷たくて、お陰ですっかり目も覚めた。
ついでにうがいもしておく。
それが終わったら、澪が手拭いを渡してくれて。
「ありがと、なんだぞ」
「礼を言うこともない。主が顔を洗ってていれば、横で手拭いを備えて待っているのは、従者の当然の義務だ」
「だから、澪は従者なんかじゃないって、何回言ったら分かるの?」
「む…。すまないな…」
「うん」
「しかし、難しいな…。トモダチという関係では、こんなこともしてはならないのか?」
「そう言ってんじゃないでしょ、ルウェは」
「あ、ナナヤ。おはよ、なんだぞ」
「おはよー。それでね、澪。ルウェが言ってるのは、従者として当たり前とか、そういうことを言うのをやめろってこと。まあ、そんなことを思ってる時点で、もうダメなんだけど。でも、口に出して言うのはもっとダメ」
「ふむ…」
「友達ってのは、主従関係とは違うものだよ。まあ、すぐには分からないかもしれないけどさ。とりあえず、そういう考えは捨てるこったね」
「ふむ…」
顎に手を当てて、首を傾げている。
…そんなに考えるようなことでもないと思うけど。
まあ、澪には難しいことなのかな。
「さ、そんなことはあとにして、朝ごはんにしようよ」
「うん」
「さすがだね、やっぱり。旅の道中って言っても、旅団の朝ごはんって豪華だよねぇ」
「そうなの?」
「だって、お米が食べられるんだよ?干飯じゃなくて、炊きたての。それに味噌汁まで付いてさぁ。まあ、魚は朝から釣ったんだけど」
「ふぅん」
まあ、望の野草料理じゃなかったらなんでもいいんだぞ。
でも、確かに、美味しそうな匂いが漂ってきて。
澪の手を引っ張って、ナナヤと一緒にみんなのところに行く。
「あ、来た来た。じゃあ、私は配膳し始めるね」
「うん、よろしく」
「はい。澪はこっちのお粥ね」
「うむ」
「ルウェはこっち」
「ありがと、望」
「はい、どうも。でも、身体が小さくなったら、食べる量も減るってことはさ、小さくなってる方がかなり得なんじゃないの?」
「まあ、生きるのに必要な力も少なくなるし、得と言えば得かもしれないが、その分、この姿では、本来の二割も力を発揮することは出来ないだろうな。普通の龍人と比較しても、四分の一にも満たないだろう」
「龍人の力の四分の一が、龍の力の二割程度ってことは…龍の八割くらいの力があるの、龍人って?誤差を含めたら、九割くらい?」
「まあ、そうだろうな。純粋な龍には劣るが、龍と大差ない力を持っている」
「さすが、伝説になるだけあるよね…」
「…ところで、これを食べる匙が欲しいのだが」
「あ、やっぱり?」
「望は、私を何だと思っているんだ…?」
「ごめんごめん。違うって。匙のことを知ってるのかなって思っただけ」
「まったく…」
「人とあんまり仲良くなかったような話をしてたからさ」
「ふむ…」
望から匙を受け取ると、早速食べ始める澪。
それを見つけて、ナナヤは素早く頭を叩いて止める。
「な、何をするんだ…」
「こらこら、ナナヤ。病人に乱暴しちゃダメだよ」
「みんなで一緒に食べるときは、みんなが揃ってから食べること。食べる前には、必ずいただきますと言って、食べ物に感謝すること。分かった?」
「むぅ…。言葉にせずとも、きちんと感謝はしている…。言葉に出さないと、お前たちは感謝出来ないのか?」
「言葉にしなくても感謝出来るんだったら、言葉にして感謝したっていいでしょ。たった数音を発する力も捻出出来ないほど弱ってるんじゃないでしょ、今は」
「うむ…。しかしだな…」
「文句があるなら食べなくてよし!」
「あっ…」
ナナヤは、澪からお粥を奪うと、そのまま向こうに持っていってしまった。
それを見て、ユゥクお兄ちゃんは苦笑いをしていて。
「あはは…。厳しいね、ナナヤは。あんまり逆らわない方がいいと思うよ」
「むぅ…」
「まあ、いただきますくらいは言おうね」
「ふむ…」
澪がお腹をさすると、グゥと虫が鳴いた。
それから、哀しそうにため息をついて。
…まあ、澪はいただきますを知らなかったみたいだし、もうちょっと優しくしてあげてもよかったかもしれないんだぞ。
「お腹が鳴ったね。胃が食べ物を求めて活発に動いてる証拠だよ。ちょっと、見せてみて」
「腹をか?」
「今お尻を見ても、何も分からないでしょ」
「うむ…」
澪は服の前を開けて、お腹を見せて。
ユゥクお兄ちゃんは、どこからか聴診器を取り出して、音を聞いている。
…赤黒い傷跡は、まだ澪の白い肌に浮かび上がっていた。
いつになったら治るのかな。
早く治ってほしいんだぞ。
「ちょっと、澪」
「ん?なんだ、望」
「もとは男か知らないけどね、今は女の子の身体なんだから、簡単に人前で着物をはだけさせちゃダメだよ」
「む…。そうか…」
「まあまあ。診察をしてたんだから」
「ユゥクさんも、仕事熱心なのは結構ですけど、時と場合を考えてください」
「はい…」
「まったく…。はい、ちゃんと着直して。服を脱ぐときには、周りに誰もいないことを確認しなさいよ。あと…まあ、いろいろ注意事項はあるけど、追々話していくから。とにかく、今は女の子の身体だってことを忘れないで」
「うむ…。しかし、人間は、いろいろと面倒事が多いのだな…」
「女の子は特にね」
「男の姿の方がよかったかもしれんな…」
「一週間は解けないんでしょ。まあ、慣れだよ、慣れ。女の子の身体でも問題なく生活出来るように、いろいろ教えてあげるから」
「よろしく頼む…」
「うん。任せて」
着物を直しながら、澪はため息をつく。
…女の子って、そんなにいろいろ考えないといけないことがあるの?
自分は、あんまり考えたことないけど…。
まあ、澪と一緒に話を聞いてたら分かるかな。




