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「なんで、こんなもんが落ちてくるんやろなぁ」

「さあな。それに、傷のことも気になる。見たところ、昨日今日ついたものではないはずなのに、古傷が開いたとかでもなく、治ったような様子もない。ついさっきまで、傷の原因となったものが刺さっていたようなかんじだった」

「よぅ分かるなぁ、そんなこと」

「今までの経験からの憶測に過ぎない」

「この三つ目が開いてるところを見たいな。きっと格好いい」

「そんなものは、この者がなんとか今を生き延びて、回復に向かったあとの話だ」

「早くよくならないかな」

「…お前のその言葉を素直に喜べないのは、私が至らないからだろうか」

「大丈夫だよ。凛のは、ただ好奇心が言わせてるだけだから」

「そうか…」

「ところで、結局、これは何なの?」

「聖獣でも、影でも、黄昏の子でもない。それに、どちらかと言えば、この者はこの世界の気配がする。この世界に住んでいる龍か、あるいは…妖怪の類なのだろう」

「妖怪にも龍がいるの?」

「聖獣にも影にも、龍はいる。薫が聖獣の龍の例であろう。それに、露風や那由多は聖獣の狼であるし、影の長も狼だ。キトラは黄昏の子の狼であるし、そういったものと同じことだ。妖怪にも送り狼だとか、字は違うが、読みがそのままの大噛みなどもいる。大きく噛むと書くのだが。いずれも、姿は狼だ」

「ふぅん…」

「世界が近いと、住人も似てくるのやもしれん。これは、あくまでも仮説だが。まあ、妖怪はこの世界の住人であるから、普通の龍と妖怪の龍は同じ起源を持っているのかもしれないな」

「妖怪と妖怪じゃないのって、何が違うの?」

「さあな。もしかしたら、同じものなのかもしれん。私も、そのあたりのは知らない」

「えぇ…」

「人間が妖怪と名付けたものは、奇妙な現象や生き物だけでなく、畏怖を含んだものも多い。前者は小物妖怪によるものだろうが。先程、雪葉が体験したような」

「えぇ…。あれって本当に妖怪だったの…?」

「たとえ本物の妖怪の仕業でなくとも、奇妙な現象を体験したのであれば、それも妖怪と名付けるに相応しいだろう」

「本物の妖怪だったの?違うの?」

「どう考えるかは、お前の自由だ」

「えぇ…」

「とにかくだ。龍というのは、人間や他の生物と比較にならないほどの力を持っている。その力を畏怖して、龍を妖怪と形容したとしても、不思議ではないということだ」

「ふぅん…」


何かよく分からないけど、結局、この龍は妖怪なのかな、違うのかな。

銀太郎の説明だと、どっちでもいいようなかんじだったけど。

まあ、そこはあまり重要ではない気もする。


「何にせよ、今一番重要なことは、この者をどうするかということだ」

「どういうこと?」

「人は滅多に来ないとはいえ、この者をいつまでもここに寝かせておくわけにはいかないだろう。見つかれば、誤魔化しは利かないぞ」

「でも、移動も出来ないんでしょ?」

「だからこそ、対策を考えねばならないのだろう」

「ルウェが私をここに連れてきたみたいに、転移の術式を使うっていうのは?」

「出来ないことはないだろうが、この大きさでは、何人のクーアの手練れを連れてきたものか、皆目検討がつかない。現実的ではないな」

「工事中という立て看板を作るってのはどうだ。名案だろ」

「ここで何の工事をすると言うのだ。それに、興味本意の野次馬が集まってこないとも限らない。変に好奇心を駆り立ててはならない」

「じゃあ、もう何もしない方がいいんじゃないの?こんなのがいるって知られなかったら、誰もここには来ないよ」

「万が一ということがあるだろう」

「でも、他に出来ることがないじゃない。文句があるんだったらね、銀太郎が何か妙案を出してくれたらいいんだよ」

「そうだな。まあ、たとえば、この者を消してしまうとかだな」

「消す?意味が分かんないよ」

「白霧の術式というものがある。氷の聖獣の得意とするところではあるが…」

「銀太郎さま。私も、ちょうどそれを考えていたところです」

「やはり、露風が使えるか」

「見える者には見えるという不完全なものではありますが、大半の人間の目に映らなくなる程度には扱えます」

「なんだ…。取って置きがあるんじゃない…。なんでさっさと言わないのよ…」

「取って置きは、最後まで取っておくものだ。それに、露風が白霧を使えるという確信はなかったし、更なる妙案が出るかもしれないだろう」

「それはそうかもしれないけど…」

「まあ、そういうわけだ。露風、頼む」

「はい」


露風は一歩前に出ると、何かを念じるように目を瞑った。

すると、どこからか霧が立ち込めてきて、目の前を真っ白にしていく。

何秒も経たないうちに、すぐ隣に座ってた凛も見えなくなって。


「…ルウェ」

「誰…?」

「お前は覚えていないだろうが、私は覚えている」

「何を…?」

「…礼を言わせてくれ。ありがとう」

「……?」


霧の中に、何かの影が見えた。

それはゆっくりとこっちに近付いてきて、そして。


「…もう大丈夫なの?」

「いや、私はもうしばらく眠る。…この地にまた帰ってこられたことを、私は嬉しく思っている。ただ、それを言いたかっただけだ」

「そう。よかったね」

「ああ…」


二つのトンボ玉のように青く光った瞳と、ひとつの金色に透き通った綺麗な瞳が、自分をジッと見つめていた。

その瞳を見てると、なんだか吸い込まれそうで。

…でも、龍は、急に金色の目を閉じてしまった。

そしたら、今の不思議な感覚も消えてしまって。


「…この目は、人を幻惑してしまう」

「ゲンワク…?」

「私は、この目が嫌いだ」

「どうして?とても綺麗なのに…。ねぇ、もう一回、よく見せて」

「………」


龍は少し考えるように目を瞑って、次は金色の目だけを開けてみせてくれた。

今度は、よく見えるように頭も下げて。


「やっぱり、綺麗なんだぞ」

「…お前は、囚われてしまったのか?」

「……?」

「………」

「…自分は、好きだよ」

「…ありがとう」


大きな鼻先を抱き締めると、金色の瞳がすぐ傍で見つめていて。

とても優しい目だった。

…だけど、霧が少しずつ薄くなってきていて、龍の姿も消えかかってる。

そして、そっと手を離すと、霧が一気に晴れて景色が戻ってきた。


「わっ、本当に消えた!」

「消えたわけではない。そこにいるけど見えない、というだけだ。まるで、目の前に霧が掛かったようにな」

「へぇ」

「しかし、無闇に近付いたりするなよ。ちゃんとそこにいるのだから。確認するのも禁止だ。躓かれたりしたら大変だからな」

「えぇー」

「ちょっとくらいだったらいいだろ」

「お前らな…」


自分には、相変わらず龍が見えていた。

ルロゥのときもそうだったけど。

…早く元気になって、またあの目を見せてほしいな。

ゲンワクされたんじゃなくて。

あの優しい目を見ていたら、自分も優しい気持ちになれるから。

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