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何か音が聞こえた。
目を開けてみると、クノお兄ちゃんがいなくて。
「クノお兄ちゃん…?」
呼んでみても返事はなかった。
まだ周りは真っ暗で何も見えなかったけど、廊下の光が戸の隙間から洩れてきていて。
「おはようございます」
「おはよう。で、どうだったの?」
「はい。今夜、夜盗にあったのは二件のようです」
「そう。それで?」
「警察や私たちの目を全く掻い潜っての犯行でした。しかし、偵察の一人が真の鍛冶屋から出てきた犯人を目撃しています」
「お手柄ね。それで?」
「すぐさま、この子を逮捕したのですが…」
「どうしたの?」
「はい。犯行のことを全く覚えてないと言うんです。盗品もどこにも見当たりません」
「ふぅん…。なるほどね…」
「タルニアさま、何か思い当たる節があるのですか?」
「まあねぇ」
真お姉ちゃんのところに泥棒が入ったの?
大丈夫だったのかな…。
「さあて、今日は忙しくなりそうねぇ」
「はい」
「じゃあ、ご苦労さま。あと少ししかないけど、朝までゆっくり休みなさい」
「はい。では」
クノお兄ちゃんはそっと戸を開けて入ってきて、音も無く閉める。
そして、静かに歩いてきて。
「あ、ルウェさま。起こしてしまいましたか」
「うん」
「それは申し訳なかったです。やはり、場所を変えるべきでしたね…」
「ううん。いいの」
「そう言っていただけるとありがたいですが、配慮に欠けていたのは事実ですから」
「うん。それで、犯人の子は?」
「あぁ、話も聞いていたのですか。…この子ですよ」
ゆっくりと、抱いていた子を下ろす。
暗くてよく見えないけど、その子は静かに息をしていて。
「疲れと心労でしょうか、取り調べ中に眠ってしまって。一緒に寝てあげてください」
「うん」
誰かは分からないけど、この手はとても温かい。
それに、望やクノお兄ちゃんと同じような、ホッとする匂い…。
さっきより、もっと大きな音がする。
薄く目を開けてみると、部屋の中は日の光で明るくなっていて。
(ウゥ…。ルウェから離れろ!)
「起こしちゃ可哀想」
(うっ…)
「ふぁ…。なんでお前はそんな威嚇しとるんや」
(だ、だって、闇だよ?危ないよ!)
「なんでや」
(危ないから!)
「理由になっとらんわ。しかも、お前が騒ぐからルウェも起きとるし」
(えっ)
ルウェはこっちを向くと、大きく目を見開いて。
(ル、ルウェ…。ごめん…。起こしちゃったね…)
「ううん。ちょうど起きる時間だったんだぞ」
(うぅ…。それもこれも、全部お前のせいなんだからな!)
「…ふぅん」
(見てよ!この態度!ねぇ!)
「お前のアホみたいにギャンギャン吠える態度も考えものやけどな」
(兄ちゃんは、こいつの味方なの!?)
「お前みたいな喧しいやつより、この子みたいな静かな子の方がええわ」
そう言って、お兄ちゃんはルウェの頭をはたく。
そして、ルウェは不満そうな呻き声を洩らしながら消えてしまった。
「はぁ…。ホンマ、うるさいやっちゃ」
「ルウェ、起きられる?」
「うん」
身体を起こすと、窓からの光がちょうど顔に当たって。
朝か…。
「おはよう」
「おはよう、ヤーリェ」
「なんや、知り合いか」
「うん。前に一回だけ会ったんだぞ」
「そうか」
ヤーリェはそっと頭を撫でてくれた。
それが気持ち良くてヤーリェをギュッと抱き締めると、優しく背中を叩いてくれて。
「仲良しやなぁ。ホンマに一回しかおうてへんのか?幼馴染みかなんかとちゃうん?」
「違うよ」
「ふぅん…」
「それより、朝ごはん、食べにいかない?」
「あぁ、せやな。食べにいこか」
さあ立ち上がろうと思ったとき戸が開いて。
そこにはクノお兄ちゃんがいた。
「みなさん、朝ごはんですよ」
「今、行こうとしてたとこや」
「そうですか。では、冷めないうちに…」
「ちょっ、どけ!あんた邪魔!」
と、廊下の向こうの方から怒鳴り声が聞こえてきて。
急ぐ足音は部屋のすぐそこで止まる。
「クノお兄ちゃん!た、大変や!ルウェは?ルウェはどこ!?」
「とりあえず落ち着け。それと、ルウェさまは…」
「あっ!ルウェ!ホンマごめん!」
クノお兄ちゃんを押し退けると部屋に雪崩れ込んできて、いきなり謝る。
…セトが姉さまによくやる、ドゲザってやつなんだぞ。
ごめんなさいの一番すごいのって葛葉は言ってたけど…。
「どうしたの…?」
「もう、ホンマ、ウチ、どうしたら…」
「クノの言う通り、まずは落ち着け。話はそれからや」
「これが落ち着いてられるか!ルウェの大切な万金が盗まれたのに!」
「だからこそ落ち着け。慌ててもしゃーないやろ。ほなら、朝ごはん食べにいこか」
「はぁ!?」
「真。この件についてはタルニアさまからお話がある。だから、な?」
「くぅ…」
真お姉ちゃんは床をバンバンと叩くと、手をグッと握る。
真お姉ちゃん…。