表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
357/537

357

「心配?」

「うん…」

「大丈夫大丈夫。明日になったら、元気になってるって」

「うん…」

「…連れて帰れなかったのは残念だけどさ、明日また会うって約束したんだし。大丈夫だよ」

「うん…」


ナナヤは石鹸を流して、湯船に浸かる。

二人で入っても、お湯は溢れなかった。


「ルウェは細こいねぇ。リュウみたいに、ちょっと肉を付けた方がいいんじゃない?」

「リュウが聞いたら怒るんだぞ」

「そうかな。私は、リュウくらい、ほんのちょっと太ってる方がいいと思うんだけど」

「だから、ナナヤも太ってるの?」

「わ、私は太ってないよ…」

「でも…」


望と比べても、ナナヤは太ってると思った。

それとも、望が細いの?


「ルウェもね、しっかり食べないと、いい女にはなれないよ」

「いい女?」

「そ。男どもを魅了してやまない、いい女」

「お兄ちゃんも、いい女になれって言ってた」

「そう?じゃあ、期待の新星だね」

「……?」


いい女って何なんだろ。

ナナヤの説明を聞いても分からなかったけど。


「ナナヤは、いい女なの?」

「えっ?私?私はどうかな。顔にこんな傷痕こさえたいい女なんて、いないと思うけどなぁ」

「顔に傷痕があったら、いい女じゃないの?」

「…私はね、内面も合わせていい女なんだと思うんだけど、男ってなかなかそうじゃないみたいだね。内面は二の次で、まずは外見だからね。まあ、私は内面も怪しいところだけど」

「傷痕なんて、関係ないんじゃないの?」

「私自身は、乗り越えようとしてるんだけどね。周りの誰もが、傷痕なんて関係ないなんて思ってるとは限らないでしょ?だから、私はその部分で、他の普通の人よりも不利な点を持ってるってわけ。まあ、私が僻んでるだけかもしれないけどね」

「ナナヤ自身は、どう思ってるの?」

「うん…。乗り越えようとしてる。さっきも言ったけどね。これが私なんだって。この傷痕は、もう消えることはないんだから。好きになるしかないってね。でも、自暴自棄になってるわけじゃないよ。本当に、傷痕も含めて、ちゃんと好きになってきてる。…ルウェたちのお陰だよ。こんな私でも、受け入れてくれる人がいるって知ることが出来たから。あの暗い洞穴の中では、分からなかったこと」

「自分は、ナナヤのこと、大好きだよ。みんなも、きっとそう」

「ふふふ。ありがと」


そっと、抱き締めてくれた。

とっても温かくて。

…それから、やっぱり、ナナヤはちょっと太ってると思った。



行灯の火も消えた、月の光だけの暗い部屋。

あの子のことが心配で、なかなか寝付けなかった。

エルはもう眠ってるみたいで、ゆっくりとした寝息だけが聞こえてくる。

部屋の隅で丸くなってる明日香は、相変わらず暗闇にぼんやりと浮かび上がるように見えて。

今日は、その隣に露風も寝ている。


「寝られないの?」

「…うん。リュウは?」

「わたしは、ルウェが寝たら、寝ようかな」

「…ごめんね」

「謝ることなんてないよ。寝ないのは、わたしの勝手だもん」

「………」


明日香が、少し動いた。

起こしちゃったかな。

でも、それも一瞬だけで。


「…リュウ」

「何?」

「一緒に寝てもいい?」

「うん。いいよ」

「………」


枕を持って、リュウの寝台のところに行く。

真ん中の、リュウが寝てたところが、ほんのりと温かかった。


「さっき話してた、黄昏の子っていう子が心配なの?」

「うん…」

「そっか」

「………」

「見に行きたいけど、夜も遅いから無理だね」

「うん…」

「………」

「見に行っちゃダメかな…」

「ダメなの。危ないの」

「でも…」

「この街は平和だけどね、だからといって、何も起こらないとは言えないの。その子の様子を見に行った途中で何かあったら、一番哀しむのはその子なんじゃないかな」

「………」

「今日はもう寝て、明日すぐに会いに行けばいいの。それじゃダメ?」

「ダメじゃないけど…」

「うん」


そして、ナナヤは頭を撫でてくれて。

…それで安心出来たわけじゃないけど。

でも、目を瞑るには充分だった。



夢?

それとも現実?

目の前には、暗い森が広がっている。

聖獣の世界でも、影の世界でもない。

どちらかと言えば、自分たちの世界に近いと思った。

でも、どこにいるのかも分からない。

ひとつだけ分かるとすれば、自分がここにいるということだけ。

…たぶん、これは夢だと思う。

だけど、はっきりとした夢。

これも、あの黄昏の子の力なのかな。

明日香と喋られるようになったのも、あの子のお陰だって言ってた。


「誰だ、そこにいるのは」

「誰?」

「私が聞いているんだ。お前から答えろ」

「自分はルウェなんだぞ」

「ルウェ?ふん、知らないな」

「自分も、あなたのことを知らない」

「私は…名乗るような名を持ってはいない」

「名無しの権兵衛?」

「なんとでも呼べばいい」

「あなたはどうしてここにいるの?」

「それは私の聞くところだ。ここは私の領域だ。誰も立ち入られぬ。それなのに、お前はここにいる。どうやって入ってきた」

「分かんない。気が付いたら、ここにいた」

「おかしなやつだ。…しかし、結界に綻びや穴があるわけでもなさそうだ。お前がどうやって入ってきたのか、どうやって出るのか、知ることが出来そうにもないのは口惜しいな」

「なんで?」

「私も、この忌々しい場所からはおさらばしたいのだがな。しかし、封印を解こうとするだけでも、この美しい毛を焦がすことになる」

「…自分で美しいとか言うの?」

「う、五月蝿い!そういうことは、実際に見てから言え!」

「でも、どこにいるか分かんないし」


声も森の中を反響していて、どこから聞こえてくるのかなんて分からない。

近くにいるのか、遠くにいるのか。

それも分からない。


「少しくらいなら妖術も使える。案内してやろう」

「えっ?」


地面の近くに、小さな火が灯った。

吹いたら消えそうなくらい小さいけど、それがいくつも森の奥へ伸びていってて、何か道標みたいになってる。

…それに沿って、歩いていってみる。

火を数えていると、ちょうど百個のところで終わっていて。

後ろを振り返ってみると、今まで数えた火はいつの間にか消えていた。


「百物語というのは知っているか?」

「知らない」

「つまらん小僧だな」

「何なの?」

「妖怪を招くには、それなりの儀式が必要だということだ」

「招かれたのは自分なんじゃ…」

「ええい、細かいことを気にするな!」

「………」


なんでもいいけど…。

でも、そんなことを話してるうちに、百個目の火が消えた。

そしたら、どうしてか、森の中がぼんやりと明るくなって、目の前にあった大きな樹の前に、誰かが現れた。


「どうだ。私の姿は」

「………」

「ふふふ。息を飲むほど美しいか?」

「…自分で言うの?」

「………」


その子は、確かに綺麗だった。

髪も、目も、尻尾も。

でも、一番気になったのは、お腹のところに刺さっている、大きな剣だった。

そして、よく見てみれば、血が滲んで着物もボロボロだし、その子自身もボロボロで。


「…案内までしておいて悪いが、あまり見ないでくれないか。情けないだろう。ここで、一人でずっとこうしているのだ。ここには虫さえ来ない」

「…寂しくないの?」

「もう慣れた。ここに封じられてからどれだけ経ったのかも、もう分からない」

「………」

「同情されるのは好かんな。やはり、ここに来させるべきではなかったか。もう去りなさい。目が覚めれば、私のことも綺麗さっぱり忘れているだろう。…久しぶりに誰かと話をすることが出来て楽しかった。お前が去っても、思い残すことはないよ」

「そんなの、ダメなんだぞ」

「何だと?」

「独りぼっちなんて、絶対にダメ」


こんなの、自分のワガママかもしれないけど。

でも、イヤだ。

剣の柄を握って、一気に引っ張る。

すると、剣はあっさりと抜けて。


「お前…!私がなぜ封印されたかも考えずに…!」

「なんで封印されたかなんて知らないけど、あなたは、こんな酷いことをされるような人じゃないと思う。だから…」

「お前はバカだ…!」

「バカかもしれない!でも…。でも、一緒に帰ろうよ」

「………」


あの子が何か言ったような気がしたけど。

目の前が一瞬暗くなって、そのまま真っ暗になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ