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「なんかもう、感覚が麻痺してきたかんじだよ。雷を操る虎はいるし、喋る鳥もいるし。あぁ、次は巨大な狼なんだなって」
「おっきな狼は、ルロゥにもいたんだぞ」
「そうだね。でも、とりあえず、宿には連れて帰れないね」
「うん…」
ナナヤは、起き上がれなくてまだ寝転んでる黄昏の子のお腹を撫でる。
…明日香は、チユの術式とかいうのを使ったみたい。
チユは水のコウトウな術式で、なんとかかんとかって言ってたけど、全然分からなかった。
姉さまがよく使ってくれてた手当の術式のジョウイらしいけど、姉さまは知ってたのかな。
「とりあえず、この子はなんて呼んだらいいのかな」
「………」
「声が出ないのでは仕方ないな。我々聖獣でも、病気などで力が弱くなると、術式を使えなくなったり、声の出なくなる者はいるが」
「ちょっとだけ出てたのにねぇ。さっさと聞いとけばよかったかな」
「そういえば、蓮華も、痺れたときは雷を撃てなかったよね」
「術式もね、集中力が必要なの。全身が痛くて集中出来なかっただけで、私は病気のときとかに撃てないわけじゃないよ」
「そっか。残念」
「何よ、それ」
「風邪でも引いたら大人しくなるのかなって思ったのに」
「最近そんなのばっかりじゃない!」
「私の中での、蓮華の株は下がりっぱなしだよ。見境なく雷撃するところとか。まあ、自分一人でペラペラ喋らなくなったのは評価するけど」
「うっ…。仕方ないじゃん!雷って格好いいでしょ!」
「自分の雷に感電する蓮華は格好よくない」
「うぅ…」
「まあ、とにかくだ。とりあえずでもいいから、何か呼び名を付けた方がいいと思うのだが」
「そうだねぇ…」
「暫定の名前だから…暫定ちゃん」
「却下。可愛くないし。名前を付ける才能ないね、蓮華は」
「じゃあ、ナナヤが付けなさいよ」
「うーん…。黄昏…暁…。あかつき…。小豆ちゃん」
「何それ。派生が無理矢理だし。それに、どっちかって言うと、大豆か空豆じゃない」
「大きいからこそ、小さくて可愛い名前を付ける。そうすることで、均衡が取れるんだよ」
「じゃあ、黒でいいじゃん。白いんだし」
「安直だねぇ」
「意味が分からないよ!結局、自分が付けたいだけじゃん!」
「そうだよ。悪いか」
「開き直った!」
「これこれ…。やめなさい」
ナナヤと蓮華が喧嘩を始めて、収拾がつかなくなってきた。
…銀太郎じゃなくてカイトがいたら、大きいから二人を止められるかもしれないけど。
どこに飛んでいったのかな。
「治癒は強い術式だ。これ以上負担が掛からなければ、明日にも快復して声が出るようになるだろう。一日足らずの仮の名前なのだから、もう少し楽に考えてだな…」
「甘いね、銀太郎。仮の名前でも、本気で付けてあげないと。たった一日足らずでも、この子はその恥ずかしい名前で呼ばれるんだよ?」
「恥ずかしいかどうかは、お前たちの匙加減に依るものだろうに…」
「…そういえば、明日香が知り合いみたいだったけど、名前も知ってるかも」
「明日香、明日香!」
早速呼んでる。
広場で訓練をしてた明日香は、こっちを振り向くと、少し首を傾げて。
手招きをすると、走ってきてくれた。
「何?」
「明日香。この子の名前、知ってる?」
「えっ?うーん…。そういえば、聞いてなかったなぁ…」
「なんて?」
「聞いてなかったんだって」
「そっか…」
「それならば、仕方ないな」
「もう終わり?」
「うん。ありがと」
「何も力になってあげられなかったけどね」
そう言って尻尾を振ると、また広場の方へ戻っていった。
凛と雷斗に文句を言われてるみたいだったけど。
「さぁて、勝負だねぇ」
「ふん。望むところだよ」
「はぁ…。すまないな、こんな者たちばかりで…」
「………」
黄昏の子は、パタリと尻尾を動かす。
たぶん、気にしてないよの合図。
それから、また目を閉じて。
…疲れたのかな。
しばらくすると、ゆっくりと息をしていた。
そんなことは気にしないで、ナナヤと蓮華は何かやいやい言い合ってるけど。
「お前はいいのか?」
「ナナヤと蓮華が付けたいなら、そうすればいいんだぞ。自分は、どっちでもいいし」
「そうか」
「うん」
もう一度、広場を見る。
凛は車椅子の扱いがすっかり上手くなって、もう自由自在に走り回っていた。
普通に走るより、もしかしたらずっと速いかもしれない。
でも、雷斗に突っ込んでいったり、危ない走り方もしてる。
その度に怒られてるけど、全然気にしてないみたい。
…と、露風がこっちに気付いて、歩いてくる。
「どうしたのだ?」
「どうもしないよ。ただ見てただけ」
「そうか」
「楽しい?」
「…そうだな。久しぶりに思いっきり走れて気持ちいいよ」
「よかった」
「ルクエンさまが休暇をくれた理由が、やっと分かったような気がするよ」
「理由?」
「毎日、山積みになっている仕事をこなすことだけが、私に出来ることだと思っていた。でも、こうやって息抜きすることも、大切なことなのだな」
「ふふふ」
「なんだ。何が可笑しい?」
「エルって子がいるんだけどね、その子も、毎日仕事ばっかりしてたんだって。でも、ルイカミナで休暇を貰って。最初は、自分は要らないようになったんだって泣いてたんだけど、でも、本当はそうじゃなくて。休暇を貰った理由が分かったら、その休暇を楽しめるようになったんだ。それが、今の露風に似てる気がして」
「ふむ。確かに似ているな」
「うん」
「休暇の本当の意味、か」
手を伸ばして、頭を撫でてあげる。
露風は、尻尾を振って応えてくれて。
…今日一日だけでも、かなり変わった気がする。
最初は、もっとトゲがあるかんじだったけど。
明日香に会ったのもあるのかな。
今は、そんなトゲは感じない。
「…ところで、あの二人は何をしているのだ」
「この子の、声が出るまでの名前を付けようって、喧嘩してるんだぞ」
「下らないな…」
「うん。でも、二人は本気みたいだし」
「まあ…放っておくのが一番だろうな」
「そうだね」
露風も、呆れたようにため息をつく。
…喧嘩してるうちに、声が出るようになるんじゃないかな。
そんな気もする。




