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「それぞれの世界には、それぞれの住人がいるということだ。この者は、黄昏の世界の住人というわけだが」
「なんで、クノお兄ちゃんや流は、この子を攻撃したの?」
「…黄昏の子は、忌子とも言われ、不吉の証とされている。もともと、黄昏の子は聖獣と影の間の子とされ、それは本来は有り得ないものとされている。聖獣と影では血が交わることはないからな」
「でも…そんなの…」
「事実、ルウェはこの者に近付くことにより、眠っていた力が覚醒したり、逆に力を奪われたりしていただろう?」
「奪われる…?」
「何回にも渡っていたから、一回一回は微々たるものであるし、すぐに回復するものであるから、被害はないと言ってもいいかもしれないが、この者が声を得、姿を得たのはなぜだと思う。お前が黄昏の世界に行く度に、この者がお前から存在の力を得て、自分のものにしていたと考えるのが、一番妥当であろう」
「そんなの…。それくらい…」
「しかし、全くと言っていいほど繋がりを持たぬ者から存在の力を得るというのは、私たちには出来ないことだ。認識されて初めて、力を得ることが出来るのだからな。そういう力も含め、忌子として恐れられ、永き眠りという形で封じられてきた。それは、聖獣の世界でも、影の世界でも同じだ。しかし、扉を開けたことにより、眠りが妨げられたのであろう。それが、迅たちの意図するところであったかは分からないが、少なくとも、ルウェとの接触は予期せぬ事態であっただろうな」
「………」
「目覚めかけた忌子をまた封じる。古い伝承に縛られた悪しき風習とも言えるかもしれないが、迅も流も、長としての務めを果たしたということだろう。この者やルウェを、苦しめようとしてやったことではない、ということを、理解してやってくれ」
「それは…分かるけど…」
「すまないな」
「でも、この子は傷付いて、死にかけたんだよ?そんなのって…」
「…そうだな。扉が開き、聖獣と影との交流が再開した今、そういった風習もきちんと検証し、見直されるべきだったかもしれないな」
「………」
「ままならぬことよ。長というのは、皆を守る責もある。しかし、新しい希望の芽を摘むことは、誰にも許されることではない。そして、この者は、伝承通りの忌子なのか、新しい芽だったのか。…それを決めるのを、あいつらはお前に託したのかもしれない」
「……?」
カイトは、一度身震いをして、火の粉を落とす。
ずっと黙っていた銀太郎も、眠っている黄昏の子の方へ跳ねていって、顔を覗き込んで。
…最後のはどういう意味だったんだろ。
決める…?
何を…?
「しかし、お前の力はどうなっているのだ。いくら転移を使ったところで、自分より遥かに大きなものを、さらに世界を跨いで転移させるなど、クーアですらなかなか出来ないことだぞ。それを、未熟な七宝の力を借りるだけで易々とやってのけるとは…。なぁ、カイトよ」
「分かっていたことなのだから、改めて驚くことでもないだろう。これだけの力を持つのは、私も吉野以外には知らないが」
「うむ…。それもそうか」
「でも、ここに連れてきたのはいいけど、これからどうすればいいの?迅お兄ちゃんとか流から隠れて過ごさないといけないの?」
「さあ、どうすればよいのだろうな」
広場の方を見る。
みんな、まだ昼寝してるから、誰もいないけど。
でも、あそこで遊ぶみんなの中に、この子もいたら…と思う。
きっと、もっと楽しくなる。
…そうなるためには、どうしたらいいのかな。
自分には、何が出来るのかな…。
「…ねぇ」
「なんだ」
「黄昏の子は、この子の他にもいるの?」
「あと一人だけいる、とは伝え聞くが。黄昏の子と、暁の子。この者がどちらか、また、本当に呼び分けられているのか…というのは、私は知らないが」
「あの世界で、たった二人で眠っていたの?」
「そうだろうな」
「…寂しかったんじゃないかな」
「そうかもしれないな」
「………」
「心配するな。黄昏の子が起きてきたのなら、暁の子もじきに動き出すだろう。…また、お前が救ってやればいい」
「救う…?自分は、何も救ってなんかない…」
「いや。お前はたくさんのものを救ってきたよ。この旅の中でな」
「………」
カイトの言うことは、ときどき分からない。
自分は、何も救ってなんかこなかった。
この子だって…。
「これからを変えるのは、私たちではない。新しい世代…お前たちなのだ。人間、聖獣、影を再び繋げたお前たちであれば、今まで繋がりのなかった黄昏を繋げることも出来るやもしれぬ。…私は、そう信じている」
そう言って大きく羽ばたくと、カイトは音もなく空へ舞い上がっていった。
…黄昏との繋がり。
今まで、繋がることのなかった世界。
二人だけで眠っていた。
寂しくないように。
みんなで笑っていられるように。
そんな世界を、いつか作れるのかな。
いつか…。
「ルウェ」
「銀太郎…」
「今までやってきたようにやればいい。ここでの一歩は、ほんの小さなものかもしれないが。だけど、確実な一歩だ。思い悩むことはない。出来ることをするだけなんだから」
「出来ること…って、何なのかな…」
「自分の想いに従え。私は、ここ何日かしか見ていないが。でも、お前は、それでも前へ進んでいける。自分を信じて、思うようにやってみなさい」
「………」
「あいつほど思慮深くはないのでな。あいつの言葉を借りる形になったが」
「…うん」
「私からはそれだけだ」
そして、銀太郎は凛のところまで飛んでいくと、おでこを突つき始めた。
ついでに、枕の蓮華も突ついて。
「うーん…。痛いぞ…。誰だ…。蓮華か…」
「地味に痛いからやめて、凛…」
「もうそろそろ起きろ。夜、寝られなくなるぞ」
「ぎんたろーか…。あっちへ行け…」
「起きるんだ」
「むぅ…」
凛は銀太郎を捕まえると、そのまま身体を起こして。
蓮華も、眠たそうに欠伸をしていた。
「…私だけ起こされるのは、ふびょーどーだ」
「それならば、みんなを起こすことだな」
「うむ…」
頷くと、手近にいた雷斗の背中を叩き始める。
銀太郎、たぶん、凛がこうやってみんなを起こすのが分かってたんだぞ。
だから、一番先に起こして。
「痛っ!おい、らいと!バチバチさせるな!」
「ウゥ…」
「はぁ…。まったく…」
凛が乱暴に起こすから、銀太郎もため息をついて。
…まあ、自分も一緒に起こすんだぞ。




