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「ほんなら、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
「しっかし、どいつもこいつも薄情やのぉ。見送りに来たんはルウェだけかいな」
「まあ、まだ朝も早いしねぇ。陽も昇ってない。桐華なんて、殴っても蹴っても起きないよ」
「二人での門出なんか、おっさんといた頃以来やな。なんや、ずっと昔みたいな気もする」
「今回は美女との旅だね。嬉しい?」
「…いや、やっぱり、こいつらの方がええかな」
「えぇ~」
「な、ルウェ」
「うん」
「まあ、さっさと仕事を終わらせて、さっさと帰って。それから、また一緒に旅をすればいいじゃない。お金もしこたま儲けてさ」
「しかし、ようあんな仕事引き受けたな。ホンマに裏取れたんか?」
「当たり前じゃない。その情報をいち早く掴めなかったのは悔しいけどさ」
「あのおっさんは、儲け話にだけは耳早いからな」
「ホントだよ」
「ねぇ」
「ん?なんや?」
「仕事は、いつ終わるの?」
「そうだねぇ。この人のやることは少ないけど、最後までいてもらうことになるから、結構掛かっちゃうかもね」
「そう…」
「大丈夫大丈夫。うちの優秀な隊員が迅速に最短期間で終わらせてくれるよ」
「どんな仕事なの?」
「秘密なんだけどね。…誰にも言っちゃダメだよ?」
「うん…」
「ある国の秘宝を悪者から奪還し、無事に送り届けることよ」
「そうなの?」
「おいおい…」
「ふふふ。まあ、心配しないで。うちの旅団の任務完全遂行率は十割十分十厘だから」
「ふぅん…」
「お前、割とゆうことデタラメやな」
「桐華のが移ったかな?」
「はぁ…。まあ、ほんなら、ルウェ。行ってくるわ」
「うん」
「次の街行くときは、手紙くれよ」
「うん。分かってるんだぞ」
「変なもん食って腹壊すなよ」
「大丈夫だよ」
「心配性だね」
「まあな」
「…でも、時間だよ」
山の向こうから太陽が顔を出す。
お兄ちゃんは、眩しそうに目を細めて。
それから、もう一度こっちを見て、頭を撫でてくれた。
「ほんならな。行ってきます」
「行ってきまーす」
「うん、行ってらっしゃい」
手を振って、お兄ちゃんと遙お姉ちゃんは馬に飛び乗る。
そして、朝日に向かって駆けていった。
…行ってらっしゃい。
何かもう一度眠る気になれなくて、なんとなく川原の広場まで来てみる。
いつもなら、誰かしらがいる広場は、誰もいないと急に広く大きく見えた。
「ルウェ」
「明日香」
「眠れない?」
「寝たくない」
「そっか」
「明日香は?」
「私は、ルウェを追い掛けてきただけ」
「じゃあ、お兄ちゃんの見送りにも来てあげたらよかったのに」
「ううん。私が起きたときには、もう出発したあとだったから」
「そっか」
「ごめんね」
「いいんだぞ、そんなの。寝てたんだったら仕方ないもん」
「うん…」
「もうちょっとこっちに来て?」
「うん」
もう結構明るくなってきてたけど、まだ空気は冷たい。
明日香を抱き締めると、とても温かくて安心出来た。
「ルウェ?」
「何?」
「見ててあげるから、寝ててもいいよ」
「見ててあげるって、ここは別に危険じゃないんだぞ」
「あ、そうだね。つい」
「…自分たちは、いつ旅に出るのかな」
「望に聞いてみる?」
「うん。またあとで」
「そうだね。…不安?」
「ううん。もう慣れたよ」
「そっか」
「………」
「無理はしなくていいんだよ?」
「ううん。旅は楽しいから」
「楽しいけどね。私なんかは、狼だから必要以上に関わりを持たないからいいけど、ルウェは友達がたくさん出来たでしょ?辛いなら辛いって言ってもいいんだよ?」
「大丈夫なんだぞ。もう辛くないから」
「そう…?」
「うん。心配してくれてありがと、なんだぞ」
頭を撫でてあげると、顔を舐めてくれた。
それが嬉しくて抱き締めると、獣の甘い香りがして。
…安心出来る匂い。
明日香の背中に顔をうずめて、目を瞑る。
さっきまでは眠れなかったけど、今なら眠れる気がしたから。
目が覚めた。
だから、寝てたってことが分かって。
起き上がって周りを見回してみると、ここは不思議な世界だった。
「雪…。でも、冷たくない…」
冷たくない雪の積もった冬の森の中で、すぐ横に小さな川が流れていた。
そういう景色は別に不思議じゃないんだけど、でも、どこか不思議なかんじがした。
「起きたか、人の子よ」
「誰?」
声のした方を振り返ると、黒い狼がいた。
少し上を見ると、真っ白な鷹が木の枝に泊まっていて。
「なぜここに来た」
「これ、露風よ。客人に威嚇するでない」
「しかし、ルクエンさま」
「ルクエン?」
「貴様!口の聞き方には気を付けろ!」
「露風。この者は聞き返しただけであろう。それに、私は敬称を付けられることなど望んではいない。御主が勝手に付けているだけであろう」
「ル、ルクエンさま…」
「露風が失礼を働いたな。赦してやってほしい。ところで御主、ルウェであるな?」
「えっ?うん…」
「聞いているよ、クノから」
「クノお兄ちゃんから?」
「ああ。あれとは昔からの友人でな。たまに合っては、ジジイ同士の他愛ない会話をしているというわけだ。その話の中に、最近は、ルウェという人間の女の子の話が出てくるようになった。それが、御主ではないかと思ってな」
「うん、そうだよ」
「ふふふ。噂通りの可愛らしいお嬢さんであるな。…露風」
「はっ」
ロフウは短く返事をすると、森の奥へと駆けていった。
…黒いから雪の中では目立つはずなのに、なぜかすぐに見失ってしまって。
「どうしたの?」
「どういう繋がりでここに来たのかは分からないが、せっかくだから、お土産を持って帰ってくれないか?」
「お土産?なんで?」
「いろいろ理由はあるが、嬉しいのだよ。あんな堅物と話をしていてはな、退屈なのだ」
「分かるんだぞ」
「ふふふ。御主も、退屈な友を持つのか?」
「うん。薫っていうんだけど」
「ふむ。薫。そういえば、迅のところのクルクスが、そんな名前を貰ったと言っていたな」
「たぶん、それなんだぞ」
「ほぅ。御主は、相当な力の持ち主なのだな。迅の言っていた通りだ」
「自分ではよく分かんないんだぞ」
「そうか」
「ルクエンさま。お持ちいたしました」
「うむ。ルウェにやってくれ」
「はっ」
ロフウは、ルクエンの泊まる木の下から、こちらに向かってくる。
そして、目の前で止まると、綺麗な飾りの付いた小さな刀を置いて。
「昔、フラリと立ち寄った人間がいてな。その者の忘れ物であるが、私たちには扱えないものなのでな。納めてくれ」
「小刀?」
「そうだろうな」
「ふぅん…」
手に取ると、思ってたよりずっと軽かった。
それから、何か分からないけど、変なかんじもする。
…とりあえず、鞘に入れてから懐に仕舞って。
「ありがとう。よければ、もう少し話をしていってくれないか?」
「ルクエンさま…!」
「不満があるのであれば、御主は下がってよいぞ」
「はっ、あ、いえ…」
「どうだね、ルウェ?」
「うん。いいんだぞ」
「そうか。すまないな。どれ、少し寒かろう。露風、温めてあげなさい」
「はっ」
ロフウは自分を囲むように丸くなって。
…別に寒くはなかったんだけど、ロフウの毛はとても温かかった。
それに、明日香にも似た、獣の匂いがして。
だから、なんだかとっても安心出来た。




