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「なんや、ルウェ。こんなとこまで来て」

「望に、お兄ちゃんがここにいるって聞いたから」

「聞かんでも、いつでもここにおるけどな」

「お兄ちゃん、ここに来てから全然一緒にいなかったし」

「そういや、そうかもしれんな。なんやかんやで飯んときくらいしかおうてへんしな」

「うん」

「…この部屋は客室よりちょい冷えるから、場所変えよか」

「うん」


お兄ちゃんが立ち上がると、向こうにあった書き物机の上にある紙がチラリと見えた。

何かな。

手紙かな。


「ん?気になるか?」

「えっ?うん…」

「ほんなら、見せたるわ」

「いいの?」

「あかんもん見せんやろ。ほれ」

「あ、うん…」


紙を見てみると、何かふにゃふにゃとした細長い落書きみたいなのが、手紙みたいに綺麗に縦に並んでいて。

…何なのかな、これ。


「かなり達筆やけどな、これも字ぃや」

「タッピツ?」

「字ぃ上手いっちゅーこっちゃ。これは、天照からの正式な依頼書や。おっさんの儲け話に乗るから、交渉とか手伝いよろしく。報酬はたんまり渡しますって書いたある」

「ふぅん…。報酬は、お兄ちゃんもコウショウしたの?」

「ん?ちょっとだけな。旅団のでっかい仕事なんやし、ちょっとくらい多めにくれてもええんちゃうんかって副団長に直接ゴネたったら、やっとこさ引き上げよった。まあ、お前らにええ旅させたいし。節約節約なんは変わらんけどな」

「そっか。お兄ちゃん、ありがと」

「お礼なんてゆうなよ。オレは、お前らのニコニコしとる顔さえ見といたら満足やねん。そのために動いてるだけやし」

「うん。でも、ありがと」

「…ちょい照れるな」


お兄ちゃんはそう言いながら、自分を抱き上げて。

それから、部屋を出る。


「いつもより高いんだぞ」

「ルウェはちっこいからな」

「むぅ…」

「はは、その怒った顔も可愛いで」

「もう!」

「なんや、短気なとこが望に似てきたか?」

「お兄ちゃんが怒らせてるんだぞ」

「そうかそうか。ふふふ」

「むぅ…」

「しっかし、なんやこうやってルウェとゆっくり話すんのも、久しぶりかもしれんなぁ」

「そうかも」

「オレ一人だけ男やしな。あんな女の花園みたいなところにはなかなか入れんし」

「ハナゾノ?」

「せやな、花園」

「ふぅん…」

「まだ分からんでええよ、そんなこと。こんなん俗っぽいしな」

「……?」

「でも、ルウェは、旅始めたときより、ちょっと大きなったんちゃう?心なしか、重なってるかんじもするし」

「そうかな?」

「ああ。まあ、ええ女になれよ。ほんで、いつか祐輔と結婚して、子供もぎょーさん生んで。祐輔は誠実で優しいやつやし…」

「お兄ちゃんは、子供欲しい?」

「オレか?オレは、相手探しからやな」

「いないの?」

「おらんな。まあ、そのうち見つかるやろ。のんびりしとったらええわ」

「そっか…」

「オレかてまだ二十越えたとこやしな。まだまだ機会はあるて」

「早く見つかるといいね、お嫁さん」

「せやな」


薄暗がりの廊下を進んでいく。

柱のところにある、ゆらゆらと揺れる蝋燭の火が、壁や天井に不思議な影を作っていた。


「…また望とかと相談したらええけど、オレがおらん間の道中、用心棒とか連れといた方が安心やろ?女子供だけで旅するんも危ないし」

「明日香も薫も蓮華もカイトもいるんだぞ」

「まあ、せやけど…」

「だから、心配しなくていいんだぞ」

「…そうか。ほんなら、安心して行ってくるわ」

「うん」

「でも、金もようけ入るんやから、無理すんなよ」

「うん。分かってる」

「腕っ節がええんは、天照にぎょーさん揃とるからな。そいつらやったら、安うで雇えるし。なんやったら、女でもええねんで」

「うん。大丈夫だから」

「そうか?」

「心配しなくていいって言ったんだぞ」

「せやな…。せやけど…」


お兄ちゃん、すっごく心配性なんだぞ。

心配してくれるのは嬉しいけど、やっぱり、安心して仕事に集中してほしいし。


「まあ、せやな…。お前らやったら上手くやれるよな」

「うん。だから、ね?」

「分かった。お前らのために、一所懸命働いてくるわ」

「うん」


それから、お兄ちゃんに頭を撫でてもらって。

お兄ちゃんの手は、大きくて、とっても温かかった。



行灯の火が消えて、エルが寝台に寝転ぶ音が聞こえる。

…結局、寝る間際までお兄ちゃんといっぱいお喋りした。

もっと話してたかったけど、欠伸が出てしまって。


「…寂しい?」

「寂しくないよ。いっぱい話してきたから」

「ルウェ…。誰と話してるん…?」

「明日香」

「ほうか…。ふぁ…」

「お休み、エル」

「お休み…。ルウェも、はよ寝ぇや…」

「うん」


エルはそのまま寝返りを打つと、すぐに眠ってしまったみたいで。

リュウも、ぐっすり眠ってるみたいだった。

…少し目を開けてみると、寝台のすぐ目の前に明日香が座っていて。

夜の暗闇の中で白く浮かび上がっていた。

なんだか不思議なかんじだったけど、どうしてもまぶたが重くて閉じてしまう。


「明日香は、寂しくない…?」

「私にはルウェたちがいるから。それに、お兄ちゃんは、また帰ってくるしね」

「うん…」

「でも、望が一番寂しいみたい。みんなの前では隠してるけど」

「そっか…。望…」

「だいじょーぶだよ。望は強い子だもん。だいじょーぶ」

「うん…。ふぁ…」

「あっ、もう眠いよね。ごめんね、話し掛けちゃって」

「ううん…」

「お休み、ルウェ」

「お休み、明日香…」


明日は、お兄ちゃんが仕事に行って、それを見送る。

それから、凛と雪葉が、またあの広場で待ってて。

…だから、今日とはお別れ。

明日のために。

お休みなさい。

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