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「他のみんなはどこに行ったの?」
「明日の朝市に備えて、もう寝てるわぁ」
「ルウェさま。喋りながら食べるのは行儀が悪いですよ」
「お姉ちゃんも堅苦しいお兄ちゃんも、食べながら喋ってるよ?」
「むっ…」
「あらぁ、一本取られたわねぇ」
「タ、タルニアさま…」
「楽しく食べるのが一番よぉ。ねぇ、堅苦しいお兄ちゃん?」
「タ、タルニアさま!?」
「堅苦しいお兄ちゃん」
「ルウェ。堅苦しいお兄ちゃんじゃなくて、クノさんでしょ?」
「クノお兄ちゃん?」
「そうそう」
「"遥かな大地"クノ。みんなを支えてくれる、頼もしくて優しいお兄ちゃんよぉ」
「クノお兄ちゃんはすごいんだな!」
「あ、いえ…ありがとうございます」
クノお兄ちゃんはキョロキョロといろんなところを見たり、耳をパタパタさせたり。
お姉ちゃんは、それを見てニコニコしていて。
「おぉい、酒が足りんぞ~」
「呑みすぎです」
「んなことぉ、あらへぇん。酒~。長之助ぇ、酒持ってこぉい」
「望ちゃんの言う通り、呑みすぎだよ~。明日どうなっても、オイラは知らないからね~」
「酒持ってこんかぁい。全然足りんぞぉ」
「ちょっと五月蝿いわねぇ」
「放り出してきましょうか」
「そうねぇ。頼めるかしら?」
「お安い御用です」
そう言って、クノお兄ちゃんは席を立って。
「んぁ?なんやなんや~。やるんかぁ?」
「お静かに願います」
「あぐっ…」
…何か殴ったようにも見えたけど。
グッタリとしたお兄ちゃんを、そのまま部屋の外へ連れ出していった。
「クノは容赦ないね~。オイラも気を付けないと」
「あなたはお酒を呑まないでしょう?」
「まあ、そうだけどね」
「あ、そういえば、長之助さんって分隊なんですよね?」
「そうだよ~」
「なんで分隊を作るんですか?一纏めにした方が、一度に運べる荷物も増えるんじゃ…」
「そうねぇ。馬車の数も増えるし。でも、人数が多くなると動きにくくなるのよ。宿も大きく取らないといけないし、道中の食料もたくさんいる。そうすると、扱える正味の商品総数なんて、さして変わらないのよぉ」
「へぇ~」
「それなら、分隊を作って各地方で細々した商売や医療をする方が効率的でしょ?一度に扱う量が減っても、全体をみれば増えてる。それに、せっかくの"治安維持認定"なのに、いざというときにいなかったら意味ないから。だから、いろんなところに分隊を作っておくのよぉ」
「なるほど」
「まあ、この仕組みはユンディナ旅団が作り出したものなんだけどねぇ」
「ユンディナ旅団ですか」
「ええ。あの子たちはなかなか頭脳派だわねぇ」
クーア旅団、ユンディナ旅団、旅団アマテラス。
全部の国でチアンイジニンテイを受けた、三つの旅団。
よく分からないけど何かすごい旅団、なんだぞ。
「ただいま戻りました。よく眠っていたようなので、部屋に運んでおきました」
「そう。お疲れさま」
「クノお兄ちゃんは、いつもそんなに堅苦しいの?」
「ル、ルウェ…」
「そうよぉ。いつもこんな調子」
「タルニアさまの側近として当然です」
「疲れないの?」
「いえ。タルニアさまのためですので」
「もっと楽にしてても良いのにね~」
「長之助は楽にしすぎだと思いますが」
「あれぇ?」
「ふふふ。クノは緊張しすぎよぉ」
「……!」
お姉ちゃんが頬っぺたに触ると、クノお兄ちゃんは真っ赤になって大きく後ろに下がった。
…どうしたの?
「タ、タルニアさま!」
「ふふふ。さあ、ルウェちゃん、望ちゃん。たくさん食べられたかしら?」
「うん!」「はい。ありがとうございます」
「ふふ、お礼なんて良いのよ」
お姉ちゃんは頭を撫でてくれた。
望はなんだか恥ずかしそうにしてたけど、自分は嬉しくて。
だから、お姉ちゃんを抱き締めた。
クノお兄ちゃんは机に向かって、カリカリと何かを書いていた。
「それ、何?」
「これは本日の収支報告です。こっちは例の偽旅団の調査報告ですね」
「ふぅん。見せて~」
「はい。では、ここに座ってもらえますか?私も書き物をしないといけないので」
そう言って、膝を叩く。
正座してたのを崩して、胡座をかいてくれた上に座ると、優しく頭を撫でてくれて。
「ふふ、懐かしいですね」
「何が?」
「私には妹がいまして、昔はこうやってよく膝に乗せていたんですよ」
「今は?」
「今は妹も大きくなりましてね。それに、もうクーア旅団にはいませんから」
「え?なんで?」
「この街で鍛冶屋をしてるんですよ」
「真お姉ちゃん?」
「あれ?知ってたんですか?」
「うん。名札を作ってもらってるんだぞ」
「朝の万金ですか?」
「うん」
「そうですか。真の腕は確かです。クーア旅団として、それは保証しますよ。期待してあげてくださいね」
「うん!」
真お姉ちゃんなら大丈夫。
きっと、良い名札を作ってくれるんだぞ。
「それにしても、ルウェさまは温かいですね」
「そうなの?」
「ええ。月の光のように温かいです。きっと、心も温かいのでしょうね」
「えへへ。クノお兄ちゃんも、温かいんだぞ」
「ふふふ。ありがとうございます」
クノお兄ちゃんのほっこりとした温かさを感じながら、カリカリと何かの文字が書かれていく音を静かに聞く。
「お姉ちゃんのこと、好きなの?」
「はい。好きですよ」
「結婚、しないのか?」
「タルニアさまは、私には勿体無さすぎるお方です」
「このままで良いの?」
「ええ。一緒にいさせてもらえるだけで幸せですから」
「苦しくないの?」
「苦しいです。胸の奥が熱くなります。でも、私にとっては高嶺の花。憧れを持ったとしても、決して手は届かないんです」
「それで諦めるんかい」
「あ、起きてらしたんですか」
「アホゆうな。お前がガツーン殴るさかい、気絶しとったんやろ」
「それはそれは」
クノお兄ちゃんは、机から目を逸らさずに書き物を続けていて。
…喋りながら書くなんて、すごいんだぞ。
「…高嶺の花でもな、泥だらけ傷だらけになって取りに行くんがムカラゥ魂や」
「私はムカラゥ出身ではないので」
「それにな、ターニャは高嶺の花なんかやない。手を伸ばせばすぐ届くところにおるんや。勝手に花の周りに壁作って、手が届かんフリをしとるんはお前や」
「………」
「…タルニアも待っとるんとちゃうかな。クノが自分からゆうてくるときを」
「…そんなこと…ありえないです」
「………。ほぅか。ほなら好きにしたらええ。ただし、あとになって後悔するんはクノだけやないかもしれん、てことだけは覚えとけよ」
「………」
クノお兄ちゃんは何も言わず、ただ紙の上に鉛筆を走らせているだけだった。
もうそれ以上は誰も喋らず、本当にその音だけになって。
…そして、その音も止まる。
「さあ、ルウェさま。寝ましょうか。もう夜も遅いですから」
「うん」
立ち上がろうとすると、もう一度、頭を撫でてくれる。
そしてそのまま抱き上げて、布団まで運んでくれた。
お兄ちゃんは壁に向かってもう眠っていて。
「お休みなさいませ、ルウェさま」
「クノお兄ちゃんはどこで寝るの?」
「そこの布団です」
「自分も、そっちで寝ていい?」
「ええ。では、一緒に寝ましょうか」
「えへへ」
また運んでもらって。
クノお兄ちゃんと一緒に布団に潜り込む。
「…お休み、ルウェ」
「うん。お休み、クノお兄ちゃん」
ゆっくり肩を叩いてくれた。
クノお兄ちゃんはとても温かくて、とても甘い匂いがして。
なんだか…とっても安心出来るんだぞ…。