345
いつもの広場では、もう雪葉と那由多が待っていて。
那由多は、明日香の姿を見つけると、すぐに駆け寄ってきた。
「待ってたよ!」
「………」
「あ、来た来た。おはよ、ルウェ」
「おはよ、雪葉。凛は?」
「今日は寝坊してるみたいね。まあ、起きたら来るだろうから」
「ふぅん…。雪葉は、今日は仕事はないの?」
「えっ?あぁ、うん。今日はお休みだね」
「そっか」
「まあ、お休みならお休みで、家事とかもしないといけないんだけどね。…ナナヤは、今日は来てないの?」
「うん。今日は、リュウが来るよ」
「へぇ、そうなんだ。リュウって可愛いよね」
「そうかな?」
「可愛いよ~。抱き締めたら、すごく柔らかいし」
「そうなの?」
「ルウェも、今度やってみたら?」
「えぇ?うーん…」
リュウって、そんなに柔らかかったかな。
柔らかくないことはないけど…。
「明日香お姉ちゃん、早く!」
「………」
「でもさぁ…」
「…ワゥ」
「分かったよ…」
「明日香と何話してるのかな」
「分からないんだぞ」
「望は分かるんだよね?」
「明日香の声は聞こえるみたい」
「ふぅん。いいよね、そんな力があったらさ」
「うん」
自分も、たまに聞こえるけど。
なんで聞こえるのかは、よく分からない。
でも、明日香の声が聞こえると、それだけでなんか嬉しくなる。
「望に秘訣とか聞いてみよっかなー」
「秘訣なんてあるのかな」
「さあね。でも、ああいう力って、誰しも持ってるものだってよく言うじゃない」
「そうなの?」
「たぶん」
「………」
「まあいいじゃない。そんな力が使えたらいいなぁ」
「…そうだね」
そういえば、朝、何か夢を見た気がする。
どんな夢かもあんまり覚えてないし、なんで今思い出すのかも分からないけど。
でも、その夢に、何かがある気がして。
「どうしたの?」
「今日、何か夢を見た気がする」
「夢かぁ。私はしょっちゅう見るけど、朝になったら忘れてることが多いかな」
「うん。自分も」
「なんかね、夢を思い出すおまじないって聞いたことあるんだけど、忘れちゃったな」
「どんなかんじの?」
「んー。呪文は覚えてるんだけどね。メユタミウヨキって」
「メユタ…?」
「メユタミウヨキ。今日見た夢をひっくり返してあるだけなんだけどね。この呪文を唱えながら、何かをしたら思い出すとかなんとか。まあ、迷信だと思うけど」
「ふぅん…」
「何かやってみる?呪文を唱えるだけでも」
「うん」
「じゃあ、メユタミウヨキ」
「メユタミウヨキ」
「何回か言ってみて」
「メユタミウヨキ、メユタミウヨキ…」
今日見た夢。
メユタミウヨキ。
どんなだっただろ。
もう一度、思い出してみる。
「聞こえる?」
「何が?」
「私の声が」
「私…?まあ、聞こえるよ」
「見える?」
「だから、何が?」
「私の姿が」
「ルウェ?何か変だよ?」
「えっ?あぁ…。今、夢を思い出してた」
「思い出せたの?」
「ううん…。ぼんやりとだけ…」
「ぼんやりとでも思い出せたならいいじゃない。もうちょっと頑張れば、はっきり思い出せるかもしれないよ」
「うん。でも、やっぱりやめとく」
「なんで?」
「覚えてないんだったら、たぶん、今は思い出しちゃいけない夢なんだと思う。なんか、そんな気がするから」
「…そっか。じゃあ、仕方ないね」
「うん。ごめんね」
「謝ることはないよ。ルウェが決めたことなんだし。まあ、ちょっと気になるけど」
そう言って、頭を撫でてくれる。
…思い出しちゃいけない、というか、内緒にしておきたい夢。
自分に何かを聞いてた人が、それを望んでるような気がして。
自分には、まだ見えなかったあの人が。
「ルウェ?」
「えっ?」
「無理して思い出そうとしちゃダメだよ。余計に奥に逃げちゃうからね」
「うん。大丈夫」
「そう?それならいいけど。…それより、あの二人は何してるのかな」
「…穴掘りじゃないの?」
「そうなんだけど…。モグラでもいるのかな」
「聞いてみたら?」
「えぇ…。別にいいよ…」
「でも、狩りの練習はしないのかな」
「待ってるんじゃないの?ほら、二人じゃ出来ないしさ」
「あっ、そうかもしれないんだぞ。ちょっと呼んでみる」
「いいの?」
「何が?」
「みんな、忙しいんじゃないの?」
「忙しかったら、ちゃんと忙しいって言うから」
「そうなんだ」
「寝てたら、何も返事は返ってこないけど」
「そうなんだ…。そんなこと、あるの?」
「悠奈とか七宝とか琥珀は、まだ子供だから、よく寝てるんだって」
「ふぅん。寝る子は育つ、か」
「たぶん。だから、薫しか返事がないときも多いし」
「呼び掛けってさ、どうやるの?」
「えっ?普通に、おーいってかんじで…」
「名前とか呼ぶの?」
「呼ぶときもあるよ」
「でも、ここにいないときはどうするの?聞こえてるの?」
「声に出しても聞こえないと思うけど、みんなのことを思い浮かべながら呼び掛けたら、返事してくれるよ」
「ふぅん…。私にも出来るかな」
「分からないけど」
「まあ、契約してないから無理かな」
「やってみないと分からないんだぞ」
「それもそうだけどさぁ。普通に声を出して呼んでも聞こえるくらい傍にいるのにねぇ」
「試してみようよ」
「えぇ…。なんか恥ずかしいし…」
「無理だったとしても、誰にも聞こえないんだぞ、心の声なんて」
「そうだけどさぁ…」
「もう…。じゃあ、自分がやってみるんだぞ」
「えっ?そ、それなら、私がやるよ」
「どっちなの?」
「うっ…。やりゃいいんでしょ…」
「………」
雪葉は目を瞑って、しばらく静かにしてる。
それから、ゆっくりと目を開けて、広場の向こうにいる那由多の方を見て。
「ほら、ダメじゃない」
「そうかな」
「そうだよ」
と、雪葉が川の方へ目を逸らしたとき、那由多が耳をピンと立てて振り向いた。
それから、明日香に何かを話して、こっちに走ってくる。
「雪葉、呼んだ?」
「えっ?」
「あれ?空耳かな…。明日香お姉ちゃんも、何も聞こえなかったって言ってたし…」
「聞こえたの?」
「あっ、やっぱり、呼んだんだ。でも、なんでボクだけに聞こえたのかな…」
「…念波を飛ばしたんだよ」
「えっ?ネンパって?でも、契約してなくても聞こえるんだね」
「たぶん、雪葉は、そっち方面の力が強いのかもしれないね」
「あ。明日香お姉ちゃん。そっち方面って?」
「術式を使ったり、操ったりする力だよ」
「明日香と何を話してるの?」
「えっ?あぁ。雪葉は、術式を使ったりするのが上手いのかなって」
「そうなの?」
「そうなの、明日香お姉ちゃん?」
「まあ、今のが本当に念波だったらって話。雪葉と那由多の心が通じていて、それでお互いに共鳴しあったんだったら、それは特別な力じゃないけどね」
「ふぅん…」
「ねぇ、なんて?」
「本当にネンパなら術式が上手いってことになるけど、私と雪葉の心が通じていて、お互いに共鳴したんだったら、特別な力じゃないんだって」
「へぇ…。どっちなのかな」
「どっちでもいいんじゃないかな。でも、私は、心が通じ合って共鳴したんだっていう方が素敵だと思うけどね」
「うん。私もそう思う」
「なんてなんて?」
「共鳴しあってるって方が、素敵だと思うって」
「まあ、確かにそうだね。私も、そっちの方がいいかな」
「うん」
二人の心が共鳴しあって。
うん、そっちの方が素敵。
…でも、明日香がなんかそんなことを言うなんて、ちょっと意外かもしれない。
いつも無愛想で無口なのに。
なんか、ちょっと、明日香がいつもより可愛く見えた。




